第二十五章 髪型と顔立ち
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「ほら、壺太郎、早くこちらにおいで」
「⋯⋯かしこまりました」
慣れない呼び名にぐぐぐ、と言葉を飲み込みながら、優樹は十郎のあとに続いた。
「ここ最近、怨霊の出没が増えていてね。猫の手も借りたいくらいだけれど⋯⋯君はずっと戦に参加できていなかったし、加えて今はその体だからね」
優樹は飾り程度に腰から下げている刀を見た。
戦えなくはないが、全力は出しきれないだろう。
身の丈に合っていないとは、まさにこのことか。
「もっと小ぶりのものがあれば、なんとか戦えるとは思うんですけど⋯⋯」
「まあ、我が那須家の男たちだってそうやわじゃない。今は郷の巡回を増やして、なんとか被害を最小限に抑えている。怨霊が増えると、治安が悪化してあぶれものが群れをなして悪さをしようとしたり⋯⋯そういった輩も抑えなきゃいけないけれどね。あぶれものを出さないためにも耕作量を増やしたり⋯⋯本当にやることは山積みだよ」
十郎は歩きながら額を手で押さえた。
横顔からは少し疲労がにじんでいるように見えた。
「まあ、君にはとりあえず家事手伝いをしてもらって良いかな」
山奥で暮らしていたが親が怨霊に襲われ独り身となり、今は奥州平泉にいるという兄弟を訪ねようとしている。
哀れに思った郷の者に連れられ、商隊が出立するまでの間は那須家の館に預けられることとなった。
というのが優樹もとい壺太郎の設定となった。
ふと、思い出したかのように十郎は立ち止まり振り返った。
しゃがみこむと、あごに手を当てながらじっと優樹の顔を見つめる。
「な、なんですか⋯⋯」
「君、出会った頃より髪が伸びたよね。その年齢の時分もそのくらい髪を長くしていたのかい?」
「こんなには⋯⋯長くなかったと思います。体が縮む前の長さと同じくらいだと思います、けど」
「不思議だね。体は縮んだのに、髪は縮む前と同じくらいの長さ、か。⋯⋯実に不思議だ。これも龍神のなせるわざなのか」
そう言いながら、十郎は優樹の前髪をさらった。
びっくりして優樹は後ろに下がるも、十郎はふたたび手を伸ばしてきた。
「なんです、いきなり」
「いや、顔見知りに会う可能性もあるから、髪型を変えた方が良いかとも思ってね。着物の方は、こちらで丈に合う物を用意するとして。まあ⋯⋯君が会ったことのある那須党の主だった者たちは、今は与一について鎌倉にいるし、他の者たちも郷の巡回にあたっていてそう会うこともないだろうけれど⋯⋯」
「さすがにこの姿を見ても、他人の空似だと思うとは思いますけど⋯⋯」
「なあ、そうなんだけれどね⋯⋯じっとしていなさい」
言いながら、十郎は優樹が後ろでくくっていた組み紐を解き、優樹の前髪の分け目を変え始めた。
そして、後ろ髪をひとまとめにするように何度も手で梳き始める。
「うん、これで大丈夫だ」
満足気にうなずいた十郎とは裏腹に、優樹は落ち着かない気持ちで後頭部に手をまわした。
頭のだいぶ高い位置に髪がくくられている。きっとポニーテールのようになっているのだろう。
首筋がすうすうとする。
「今後はこの髪型で過ごすようにしなさい」
「別に髪型でそう変わるものでもないと思いますけど⋯⋯」
「主人の言うことはちゃんと聞くものだよ──壺太郎」
にやり、とした笑みに、優樹はんぐぐぐぐ⋯⋯とふたたび言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、今日もよろしく頼むよ」
「はい」
優樹は元気良く返事をすると、桶を両手で持ち上げた。
邸の近くを流れている小川──といってもだいぶ距離があるが──そこまで歩いて、水を汲みに行く。
一度汲みに行って大だらいへと水を移すと、ふたたび小川へと向かっていく。
夏の日差しも相まって、汗が体からあふれていく。
もう何度かもわからない往復で、ようやく大だらいがなみなみと水でいっぱいになると、優樹は息をついた。
手ぬぐいで汗をぬぐうも、あとからあとから汗が噴き出してくる。
高く括っていた髪をほどき、後ろ髪に風を通すように手で払った。
「おつかれさん、今日はだいぶ暑いから疲れただろう」
背後からかかってきた声に、振り返る。
声をかけてきたのは、お里さん、という恰幅の良い三十代くらいの女性だ。
彼女は優樹のお目付け役兼世話係のような人である。
優樹は十郎に言われた通り、家事手伝いをしていた。
その指示を出してくれているのが、彼女であった。
彼女は優樹の姿が九歳前後に見えることもあってか、よく気にかけて面倒をみてくれていた。
「暑さで倒れるといけないからねえ。ちゃんと水をとるんだよ。あと、しばらくは木陰で休んでいると良い。仕事だってそう急ぎのもんでもないんだからね。日も長くなっているし、少しゆっくりすると良いよ」
「ありがとうございます」
優樹が張りついた前髪をかきあげながら返事をすると、お里はおや、と優樹の顔をじっくりと見つめた。
「あんた⋯⋯そうやって髪を下ろしていると⋯⋯」
優樹は無意識に口元を手ぬぐいで隠した。
⋯⋯いや、追われている身だとばれるはずがない。
強張る体を、不自然にならないように意識して動かす。
「なん⋯⋯ですか?」
「い、え⋯⋯ねえ⋯⋯」
お里は困ったような、泣きたいような顔で笑った。
「知っている子の小さい頃の姿に似ていたから、少しね。そんなはず、ないとわかっているんだけど⋯⋯垂れ髪にすると女の子みたいだから、なつかしく思ってね⋯⋯」
後ろを向いたお里は、慌てたように目元をこすったように見えた。
「さあてと、私も休憩しようかね。まったくこう暑くっちゃあかなわないよね。汗が出てたまったもんじゃない」
優樹は後ろ髪を高く括り直し、前髪を手櫛で整えると、お里の後に続いた。