第二十四章 思わぬ再会
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目的の場所が近づくにつれて、優樹はそわそわと落ち着かない気持ちになった。
まばらに人が見えてくるにつれ、ついきょろきょろとあたりを見回してしまう。
その様子を見て、男の一人が笑う。
「やはり人里は珍しいですか? 山の上から見る景色とはまた違うでしょう」
「あ、いえ⋯⋯できたら、この姿⋯⋯人目にそう触れたくないと思いまして⋯⋯」
「安心してください! どこからどう見ても人の子にしか見えませんよ! 誰が見ても、あなたの正体を見破る者はいないでしょう!」
まあ、元々人間ですからね、という言葉は飲み込んでおく。
「それでは、私は若君と直接交渉できるよう話をつけてきますので、しばし外でお待ちください」
優樹は緊張が高まるのを感じた。
どうしよう⋯⋯とうとう館まで着いてしまった。
「その⋯⋯那須家の若君とは、一体どのような方なのですか」
外でともに待ってくれている男に声をかけると、男は快活に笑顔を浮かべた。
「それはもう、このあたりでは有名ですよ。幼き頃より弓に優れていて、神童と名高かったですから。直接顔を見たことがない者でも、那須家の若君の話は耳にしたことがあるはずです」
弓に優れた、那須家の若君。
同じ名字のまったく違う家系、という期待がじわじわと崩れ去っていく。
「いやあ、すみません。お待たせしました。なんでも若君はいま鎌倉にいて不在だったようで⋯⋯けれど、代わりに当主業をつとめている方と話ができるよう、取りつけてきましたので、ご安心を」
戻ってきた男が口にしたことに、優樹はほっとしたような、がっかりとしたような不思議な心地を覚えた。
そのことに、自分でも困惑する。
「その、あなたのことをお話したら、いますぐにお会いしてくれるとのことでしたが、どうも二人きりで話をしてみたいとのことでして⋯⋯」
何はともあれ、正体を隠そうと気を張らなくてすむ。
あとは、うまく話をつければ──。
優樹は案内された先にいる若い男を見て、言葉を失ってしまった。
「私は那須十郎
優樹は礼をとる姿勢をとりながら、だらだらと冷や汗が止まらなかった。
穏やかな微笑みも、女人を思わせるような顔立ちと雰囲気も、自分の記憶と変わらないものだ。
どうして、この可能性に思い至らなかったのだろう。
自分も名乗らなくては、と思うも、混乱で頭が働かない。
「お初に、お目にかかります⋯⋯」
本名は名乗れない。ならば、なんと言えば──。
「あなたを連れてきた者より、あなたは⋯⋯男体山に現れた神、と聞きました。そして、奥州へ行くために力を借りたいとの話も。ですが、失礼ながら私の目にはあなたはただの人の子に見える。正体のわからない者を、なじみの者たちに混ぜるわけにもいきません。できたら、あなたの本性が少しでもわかる証を見せていただくか、お話をしていただくかできませんか」
よかった、とりあえず自分の正体はばれていないようだ。
だが、どうしよう、と優樹は思った。
彼らが自分のことを神様だと勘違いしたのは、人が隠れられない場所から突然現れたこと、神聖な場所だったこと、神に捧げ物をする瞬間だったこと。
そして目の前で体が小さくなったのを見たからだ。
神性を示せ、と言われても無理だ。
「それ、は⋯⋯」
「できないかい? ──優樹殿」
優樹は言葉を失い、十郎を見返した。
「その羽織物の下からのぞける着物、君が着ていたものと同じだ。その体の丈に合っていない。まるで元々はもっと体の大きい者が着ていたものを、無理に着付けているようだ」
いや、白を切り通せばまだ──。
「あと、動揺したときにそれを隠そうとする表情の癖も一緒だね」
「⋯⋯⋯⋯」
十郎は笑みを深めた。
「もうだめか、と観念したような顔も一緒だ」
優樹は息をついた。
「⋯⋯お願いします。領地には⋯⋯家には迷惑をかけませんから、見逃してください」
「⋯⋯心外だな。安心しなよ。君を鎌倉に突き出そうなんて考えてもいないから。⋯⋯無事だとこの目で確認できて安心した。ずっと心配していたんだよ」
十郎の言葉に、知らず詰めていた息を吐き出す。
「まあ、色々聞きたいことはたくさんあるけれど。その姿のこととか。⋯⋯だが、それは追々聞くとしよう。単刀直入に聞こうか。どうして奥州に行きたいんだい」
優樹は押し黙った。
どこまで話せば良い。九郎たちがそこに向かうかもわからない。
それに、そのことを素直に話すことで、回り巡って九郎一行が平泉にいると鎌倉方に知れるのが早まる可能性はないだろうか。
「当ててあげようか。九郎殿たちと落ち合えるかもしれないから、でしょう?」
十郎は笑みを深めた。
「考えればわかることだよ。西から東へと至るまで、九郎殿たちへの追捕の命は行き渡っている。平家の大部分、本元を叩いたいま、もはや平家に与する者はそういないだろう。
「あ、あの⋯⋯こちらの表情と対話するのやめてくれませんか⋯⋯」
優樹は思わず袖で口元を隠したが、十郎はそれさえも見通すかのようにじっくりと見つめてきて笑みを深めた。
「君が自分の口でちゃんと話してくれれば、私だってそんなことはしないよ。君の願い、叶えるのに協力しても良いよ⋯⋯と言いたいところだけど、交易商が向こうへ行くのは、まだもう少し先になるはずだ。だから今すぐに、というわけにはいかない」
「いえ、それでも、力を貸してもらえるのなら⋯⋯」
愉快そうに優樹を見つめながら、十郎は頬杖をついた。
「いいよ、人里に迷い込んだ子犬には、手を貸さないとね」
その後、十郎からは今までの経緯を根掘り葉掘り聞かれた。
「なるほどねえ、龍穴を通ってきた、と」
「たしかなことはわからないですけど、そうなんじゃないかと思っていて」
「話を聞くかぎりではそう思うほかないね。君は実際に遠く離れた場所にたどりついた⋯⋯しかも時間も進んでいた」
「体のことはわかりません。気がついたら子どもみたいに縮んでいて⋯⋯」
「いいよ、信じるよ。龍神の伝承については、色々聞いていたからね。龍穴というのは聞いたことがなかったけれど、実に興味深い。もしかしたらその洞穴というのは、時と空間が歪んでいるのかもしれないね。だから、そこを通ってきた君にも影響が出て、体の時が逆行した⋯⋯なんて想像も膨らむ」
十郎はとっくりと優樹を見つめ、息をついたかと思うとのどの奥で笑うような声を出した。
「それにしても、私を見たときの君の顔、思い出しても笑っちゃうね。あんな驚いたように⋯⋯食い入るように見つめてきては、何か思うところがあるとバレてしまうだろうに。⋯⋯那須家に来たからには、てっきり私か与一にでも助けを求めに来たのかと思ったんだけれど、知らないふりだからね」
「⋯⋯まさか、案内される先が那須家だとは思わなかったんです。伝手があると案内してもらえただけなので」
気まずそうにする優樹の姿を見つめながら、十郎は先ほど案内人の男と交わした会話を思い出す。
『ああ、十郎様でしたか。若君は⋯⋯与一様はいらっしゃらないんですね』
『こう! 急に! 祠から人が現れて! な、なんだこのお稚児さんは! と!』
『刀をたずさえ、怨霊を果敢に倒していくお姿! けれど、力を消耗されたのか急に体が縮んだのです!!』
にわかには信じられない話だが、真剣に、興奮したように話すその内容には興味が引かれた。
『それで、最初はそう思わなかったのですが⋯⋯背丈が縮んで幼くなった姿を見て、ふと思い出しましてね。十郎様はもしかしたら、そこまで関わりになっていなかったかもしれませんが⋯⋯ほら、あの──に顔立ちが似ていると思いまして』
その言葉に、十郎は息を飲み込んだ。
『それもあって、若君に会わせたいと思ったんですが⋯⋯』
奇縁だ、と思った。
どうしてこうも──。
いや待て、と思った。
男の言う──に似た、稚児姿の者とは。
「──優樹殿に違いない、と私は一目でわかったというのにね」
くすくすと笑えば、優樹はさらに居心地悪そうにした。
「それは、十郎さんが特殊ですよ。普通、他人の空似だと思いますって」
「あんなに京では語らった仲だというのに、つれないことを言うね、優樹殿?」
優樹は何か言いたそうにもごもごと口を動かす。
「そ、の⋯⋯一応追われている身なので、その名前では呼ばないでもらえると⋯⋯」
「それもそうだね、じゃあ、子犬」
「⋯⋯あの、まさかそれを名前にしろとは言いませんよね」
「そのまさかだよ、気に入らないかい? じゃあ壺太郎でどうだい」
「⋯⋯まあ、いいですよ、子犬よりかは⋯⋯」
「昔、郷の皆で可愛がっていた迷い子犬がいてね。よく壺なんかに顔を突っ込んでは抜けなくて暴れていた姿を見て、私はひそかに壺太郎と呼んでいた」
「却下です」
「そんなことが言える立場だと思っているのかい──壺太郎」
んぐぐ、と優樹は言葉をのどの奥に戻した。