第二十章 貴船神社の怪異
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優樹は庭先で木刀を振るった。
(うん⋯⋯いける)
中段から上段の構えをとろうとしたとき、からん、と木刀が地面にこぼれ落ちる。
左手で拾いなおして右手を当てると、小指からゆっくりと握りしめていく。
(⋯⋯実践にはほど遠いけど、前よりはできるようになっている)
ふたたび両手でぐっと木刀を握りしめた。
京にいた源氏の軍はすでに出立しており、平家が陣を構えている彦島へと下っている。
戦うことのできない優樹は、また留守番だ。
ゆっくりと木刀を振り下ろしきると、切っ先を地面につける。
優樹は景時との会話を思い出した。
戦の準備などで忙しく邸を空けていることが多かった彼だが、出立間近になってようやく落ち着いて話をすることができた。
『九郎⋯⋯に対する頼朝様の評価? そりゃあ、九郎は平家追討に一役買っているし、京を守護する役目も果たしているからね。⋯⋯頼朝様の評価も、高いよ』
その後に続いた会話を思い出し、目を閉じる。
⋯⋯自分にできることはやった。
今だって、そう。今の自分にできることをやる。
「まあ、本当。心配ねえ⋯⋯」
邸の中から聞こえてきた会話に、顔を上げる。
「どうかしましたか?」
顔を寄せ合って眉をひそめていた女房に声をかけると、その眉尻はさらに困ったように下げられた。
「いえ、ね。いま門に立っている衛士の方⋯⋯その息子さんが行方不明になったらしくてね。平家も京から離れて、神子様のおかげで怨霊もめっきり数が減って落ち着いてきたというのに⋯⋯可哀想でならなくてね」
「怪異か何かかしら、と話していたところなの。その、行方が知れなくなった場所が場所だけに、ね。怖くて⋯⋯」
女房から話を聞いた後、優樹はその衛士の男に声をかけた。
男は平静を保とうとしているようであったが、憔悴したように目が落ちくぼんで覇気がなかった。
「ああ⋯⋯坊やも聞いたのかい。そうなんだよ⋯⋯息子がずっと帰ってこなくてね⋯⋯」
坊や、という言葉にむぐぐ、と口を引き結ぶ。⋯⋯もう慣れたものだ。
「その、よかったら一緒に探しに行きましょうか? 休みの日、ありますよね」
「良いのかい? ⋯⋯そう、貴船神社には、まだ探しに行っていなくてね。そこにお参りしに行くと言って⋯⋯参拝が終わったらすぐに帰ると言っていたんだよ。けれど、そこから帰ってきてなくて、まったく音沙汰がなくてね」
帰る気があった人物が、戻ってきていない。
何事もなければ良いが。
不安が胸の底をなぞる。
後日、男と二人で貴船神社へと向かった。
(怨霊も最近は本当に出なくなったし、何かあっても少しくらいなら戦える⋯⋯はず)
優樹は気持ちを落ち着けるように、帯刀している刀の柄を指先でなでた。
同じ京にある神社とはいえ、邸からはだいぶ距離がある。
そのため、朝早くに出立していた。
(だいぶ歩いたけど⋯⋯遠いな。もう体感として三時間くらいは歩いた気がするんだよね)
日没までに邸に戻ることを考えると、そうじっくりと探してもいられない。
(何か手がかりになる話だけでも聞けたら良いんだけど⋯⋯)
「ああ⋯⋯やっぱりここは、空気が済んでいるね。⋯⋯神聖な空気だ」
男は胸の奥まで息を吸うように、ゆっくりと胸をふくらませた。
本宮、中宮⋯⋯と進んでいき、宮司らしき人にも会うことができた。
そこで話も聞いてみたが、手がかりはない。
「あとは、奥宮の方だね⋯⋯」
向かった先には本殿らしきものがあったが、人気はない。
「息子は、一体どこに行ったんだろうねえ⋯⋯」
何か手がかりでも、と思った先で何も見つからず、男は疲労を深めているようであった。
「もう少し、探してみましょう。何か少しでも手がかりがあるかもしれないです」
「そ、うだね⋯⋯うん、ありがとう、坊や。⋯⋯困ったときの神頼み、とは言うけれど。本当に祈ることしかできないよ。⋯⋯ここで手を合わせようか」
本殿前で真剣に手を合わせるその姿は、ひたすらに息子の身を案じているのだろう。
顔を上げた男が、ふと思い出したように口にする。
「知っているかい? この奥宮の地下には、龍穴と呼ばれる場所があるらしいよ。人は入れないように封じられているらしいけれど。貴船神社の祭神、
「リュウケツって言うと⋯⋯龍の穴、ですか?」
「そうだね。そこには強い力が集まっているとも、なんとも色々聞くけどね。⋯⋯じゃあ、そろそろ別のところを探しに行こうか」
男について行こうとして、ふと優樹は奥宮の本殿を振り返った。
どうしてかはわからない。無意識のように体が動いた。
ぐにゃり、と視界が歪んだように感じて、目を見開く。
「一応、もう一度戻って端から端まで見てみようか。⋯⋯坊や?」
返事がないことを怪訝に思い、男は振り返る。
先ほどまでそこにいたはずの優樹の姿が──こつ然と消えていた。