第一章 出会い
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優樹は腰に下げていた刀を素早く抜いた。
目の前には、自分よりも丈が二倍ほどある怨霊が立ちふさがっている。
視界の端で周りを確認するも、誰もいない。
通りを歩いていた人たちは、一目散に逃げてしまった。
一人で怨霊と対峙するのは初めてだ。
震えそうになる手を、ぐっと握りしめる。
『あら、一人で行くの? 怨霊に出くわすかもしれないから、誰かと一緒に行った方が⋯⋯』
『大丈夫だよ。九郎さんの邸だってすぐ近くにあるんだし、何かあったら駆け込むから』
邸を出る前に交わした会話が走馬灯のように駆け巡る。
あごを引き、目の前の怨霊を見据える。
もう、腹をくくるしかない。
ぐっと足を踏み込むのとほぼ同時くらいに、怨霊が叫び声とともに腕を振り上げてきた。
大丈夫。私ならできる!
次の瞬間、はっと優樹は息を飲み込んだ。
風切り音とともに、怨霊の悲鳴が響きわたる。
矢──!?
怨霊の腕に矢が生えた、と思ったら、ふたたび風切り音とともに取り乱した怨霊の眉間に矢が刺さった。
ずしん、と地鳴りをさせながら怨霊が膝をつく。
すかさず優樹は足を踏み込み、怨霊の首筋に一閃を浴びせた。
怨霊と間合いを取り直し、刀の握りを整える。
次の動きを見すえるが、怨霊は身じろぎほどの動きしかしない。
怨霊の影が端から薄くなっていくのを視界の端でとらえた。
怨霊が消えようとする合図だ。
だから、油断してしまったのだろうか。
矢の刺さった腕をふたたび振り上げた怨霊に、はっと息を飲む。
最後の一撃をくらわせるつもりだろうか。
腹の底が冷えるような感覚がする。
横に逃げようとするが、腕が長い。
怨霊の腕が優樹に当たる直前、ふたたび悲鳴とともに怨霊が体を大きく揺らした。
風切り音が連続して聞こえる。
頭に三本もの矢を生やして大きく体を揺らしたかと思うと、怨霊はとうとう砂埃のように消えていった。
「おわ、った⋯⋯?」
優樹は安堵とともにその場にへたりこんでしまった。
「大丈夫ですか!!」
駆けてきた青年の姿を見て、優樹はふたたび安堵の心地が広がっていくのを覚えた。
「譲⋯⋯?」
「怪我はありませんか」
顔見知りの後輩の姿に、遅れて体に震えが走ってきた。
「大丈夫。ちょうど譲に会いに行こうとしていたところだったんだ⋯⋯」
「一人で来たんですか。怨霊も出るから危ないですよ」
「朔にも同じこと言われた。って、譲だって一人で出かけたくせに⋯⋯」
「俺は⋯⋯」
「──憎まれ口が叩けるなら、大丈夫そうだな」
譲の背後から聞こえてきた快活な声に、優樹は顔を上げる。
「譲の知り合いだったんだな。助けが間に合ってなによりだ」
声と違わずに凛々しい顔つきをした青年が笑みをたたえてそこに立っていた。
「ほら、立てるか」
青年に手を差し出され、反射的に手を出す。
「わっ!」
力強く握られたと同時に腕を引かれ、立ち上がった勢いで前にたたらを踏んでしまう。
「はは、すまない。随分と軽いんだな」
「ありがとうございます」
改めて目の前の青年を見上げる。
優樹よりも背は高いが、男性にしては背が低い印象であった。
そう年も変わらないように見える。
精悍ではきはきと物怖じしないたたずまい。少し年上といった印象だ。
「それにしても、一人でどうしたんですか。俺を探しに来たってさっき言ってましたけど」
「あ、そうそう⋯⋯って、まずい」
あたりを見回すと、包みが地面に落ちていた。
駆け寄り拾い上げると、気持ち程度にはたく。
「お昼ご飯持っていくって言ってたでしょ。弓の指導をしてくれる人にも渡すって。厨 に置いたままだったから届けようと思って。⋯⋯ごめん、中身無事だといいんだけど」
「ありがとうございます。うっかり忘れてきてしまって」
「それが先日譲が言っていたものか。九郎殿から譲の料理は美味だと聞いていたから、口にするのが楽しみだ」
のぞきこむように近づいてきた青年の口ぶりに、優樹は首をかしげた。
もしかしてこの人が譲が言っていた弓の師匠だろうか。
いや、それにしては年が若すぎるような⋯⋯。
「ええ、稽古も終わったことですし、一緒に食べましょう、与一さん」
「そうだな」
優樹は思わず聞き流しそうになったが、え、と二人を交互に見た。
「ま、待って⋯⋯与一さんって言った? 与一って⋯⋯まさかあの那須与一!?」
「はは、譲とまったく同じ反応だな! まさか京にいる者にまで私の名が知れていたとは驚きだが、悪い気はしないな」
愉快そうに笑い声を上げる青年──与一を、優樹は呆然と見つめた。
「実は九郎さんの伝手で与一さんに弓の稽古をしてもらえることになったんですよ。よかったら日野先輩も今度稽古を見ていきますか? そういうの見るの、好きでしょう? 本当にすごいんですよ、与一さんの弓の腕は。とても俺と同い年とは思えないくらいで⋯⋯」
「え、いいの?」と言おうとして、優樹ははたと固まった。
「え、同い年⋯⋯ってことは⋯⋯」
優樹と同じく困惑した様子を示した人物がすぐそばに一人いたことに、果たして譲は気がついただろうか。
「⋯⋯待てよ、譲。日野先輩と言ったか。ということは普段お前が話していたあの⋯⋯」
二人はほぼ同時に呟いた。
「年下⋯⋯?」
「年上⋯⋯?」
これが二人の出会いであった。
目の前には、自分よりも丈が二倍ほどある怨霊が立ちふさがっている。
視界の端で周りを確認するも、誰もいない。
通りを歩いていた人たちは、一目散に逃げてしまった。
一人で怨霊と対峙するのは初めてだ。
震えそうになる手を、ぐっと握りしめる。
『あら、一人で行くの? 怨霊に出くわすかもしれないから、誰かと一緒に行った方が⋯⋯』
『大丈夫だよ。九郎さんの邸だってすぐ近くにあるんだし、何かあったら駆け込むから』
邸を出る前に交わした会話が走馬灯のように駆け巡る。
あごを引き、目の前の怨霊を見据える。
もう、腹をくくるしかない。
ぐっと足を踏み込むのとほぼ同時くらいに、怨霊が叫び声とともに腕を振り上げてきた。
大丈夫。私ならできる!
次の瞬間、はっと優樹は息を飲み込んだ。
風切り音とともに、怨霊の悲鳴が響きわたる。
矢──!?
怨霊の腕に矢が生えた、と思ったら、ふたたび風切り音とともに取り乱した怨霊の眉間に矢が刺さった。
ずしん、と地鳴りをさせながら怨霊が膝をつく。
すかさず優樹は足を踏み込み、怨霊の首筋に一閃を浴びせた。
怨霊と間合いを取り直し、刀の握りを整える。
次の動きを見すえるが、怨霊は身じろぎほどの動きしかしない。
怨霊の影が端から薄くなっていくのを視界の端でとらえた。
怨霊が消えようとする合図だ。
だから、油断してしまったのだろうか。
矢の刺さった腕をふたたび振り上げた怨霊に、はっと息を飲む。
最後の一撃をくらわせるつもりだろうか。
腹の底が冷えるような感覚がする。
横に逃げようとするが、腕が長い。
怨霊の腕が優樹に当たる直前、ふたたび悲鳴とともに怨霊が体を大きく揺らした。
風切り音が連続して聞こえる。
頭に三本もの矢を生やして大きく体を揺らしたかと思うと、怨霊はとうとう砂埃のように消えていった。
「おわ、った⋯⋯?」
優樹は安堵とともにその場にへたりこんでしまった。
「大丈夫ですか!!」
駆けてきた青年の姿を見て、優樹はふたたび安堵の心地が広がっていくのを覚えた。
「譲⋯⋯?」
「怪我はありませんか」
顔見知りの後輩の姿に、遅れて体に震えが走ってきた。
「大丈夫。ちょうど譲に会いに行こうとしていたところだったんだ⋯⋯」
「一人で来たんですか。怨霊も出るから危ないですよ」
「朔にも同じこと言われた。って、譲だって一人で出かけたくせに⋯⋯」
「俺は⋯⋯」
「──憎まれ口が叩けるなら、大丈夫そうだな」
譲の背後から聞こえてきた快活な声に、優樹は顔を上げる。
「譲の知り合いだったんだな。助けが間に合ってなによりだ」
声と違わずに凛々しい顔つきをした青年が笑みをたたえてそこに立っていた。
「ほら、立てるか」
青年に手を差し出され、反射的に手を出す。
「わっ!」
力強く握られたと同時に腕を引かれ、立ち上がった勢いで前にたたらを踏んでしまう。
「はは、すまない。随分と軽いんだな」
「ありがとうございます」
改めて目の前の青年を見上げる。
優樹よりも背は高いが、男性にしては背が低い印象であった。
そう年も変わらないように見える。
精悍ではきはきと物怖じしないたたずまい。少し年上といった印象だ。
「それにしても、一人でどうしたんですか。俺を探しに来たってさっき言ってましたけど」
「あ、そうそう⋯⋯って、まずい」
あたりを見回すと、包みが地面に落ちていた。
駆け寄り拾い上げると、気持ち程度にはたく。
「お昼ご飯持っていくって言ってたでしょ。弓の指導をしてくれる人にも渡すって。
「ありがとうございます。うっかり忘れてきてしまって」
「それが先日譲が言っていたものか。九郎殿から譲の料理は美味だと聞いていたから、口にするのが楽しみだ」
のぞきこむように近づいてきた青年の口ぶりに、優樹は首をかしげた。
もしかしてこの人が譲が言っていた弓の師匠だろうか。
いや、それにしては年が若すぎるような⋯⋯。
「ええ、稽古も終わったことですし、一緒に食べましょう、与一さん」
「そうだな」
優樹は思わず聞き流しそうになったが、え、と二人を交互に見た。
「ま、待って⋯⋯与一さんって言った? 与一って⋯⋯まさかあの那須与一!?」
「はは、譲とまったく同じ反応だな! まさか京にいる者にまで私の名が知れていたとは驚きだが、悪い気はしないな」
愉快そうに笑い声を上げる青年──与一を、優樹は呆然と見つめた。
「実は九郎さんの伝手で与一さんに弓の稽古をしてもらえることになったんですよ。よかったら日野先輩も今度稽古を見ていきますか? そういうの見るの、好きでしょう? 本当にすごいんですよ、与一さんの弓の腕は。とても俺と同い年とは思えないくらいで⋯⋯」
「え、いいの?」と言おうとして、優樹ははたと固まった。
「え、同い年⋯⋯ってことは⋯⋯」
優樹と同じく困惑した様子を示した人物がすぐそばに一人いたことに、果たして譲は気がついただろうか。
「⋯⋯待てよ、譲。日野先輩と言ったか。ということは普段お前が話していたあの⋯⋯」
二人はほぼ同時に呟いた。
「年下⋯⋯?」
「年上⋯⋯?」
これが二人の出会いであった。
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