第十七章 兄弟の絆と屋島の戦い
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葉もすっかりと色味を失い、枝につく数も少なくなってきた。
冬の空気をまとう空を眺めながら、十郎は腕を組んだ。
「平家は屋島へと逃れ、そこに本拠を構えているという。⋯⋯いずれ、そこで源氏と平家はふたたび戦うことになるだろう」
「ええ⋯⋯そうですね」
後ろに控えていた与一も神妙な面持ちで返事をする。
互いに皆まで言わずともわかってしまう。
「与一、私は屋島にいる兄上たちと連絡をとろうと思う。⋯⋯栄華を極めていた平家も、もはや斜陽かもしれない。次は源氏の世になるかもしれないからね」
「私も同じ気持ちです」
力強い瞳を向けてくる弟に、笑みを返す。
「⋯⋯と、いうのは私の独り言だ。いいかい、与一。お前は今の私の独り言は聞かなかった。いいね」
「兄上⋯⋯何を⋯⋯」
曇天の空を十郎は見上げた。
「兄上たちは皆、平家についている。源氏についている我ら二人が、ともに鎌倉公の不興を買ったらどうなると思う。これから行うことは私一人の判断で行ったこと。お前は何も知らなかった。⋯⋯いいね」
「そんな、それでは兄上が⋯⋯っならば私がその役目を」
「いいかい、与一。お前は九郎殿の下で功を立てるんだ。武勲を立てろ。そうしたら、我々兄たちにもしものことがあったときの切り札になるかもしれない。我ら二人がともに泥舟を漕ぐ必要はないからね」
なおも納得していない様子の与一に、十郎は苦笑をこぼした。
本当に真っ直ぐで芯が強い。自分の弟ながら誇らしく思う。
「大丈夫だ。何があったとしても、どこにいたとしても、心はともにある」
こぶしで胸を優しく叩かれ、与一は兄を見返した。
優しく微笑む姿は女人を思わせるほど柔和なのに、瞳に宿る決意は決して揺らがないのだろう。
「はい、ともにあらんことを」
源氏と平家がふたたび戦いを構えることになったのは、年が明けてからのことであった。
優樹は右肩を押さえた。
もう、痛みは感じない。傷もふさがった。
だが、まだ思うように動かせない。
ため息をつくように息を吐き出せば、わずかに白んだ。
冬ももうすぐ終わりを告げるというのに、今日は冷え込んでいる。
九郎筆頭とした軍が屋島を目指して京を出立したのは、もう何日前になるのだろう。
ともに戦いにいけない歯がゆさと、戦わなくてすむ安堵感。
色々な感情がごちゃまぜになる。
(次は、屋島の戦い⋯⋯)
源氏が勝つはずだ。
でも──。
一人の同級生の顔が思い浮かんで頭を振る。
確証のない話だ。けれど。
『うれしくないのかい。私たちが立てた作戦だ。うまくいったというのに』
十郎の顔も思い浮かび、歯噛みする。
源氏と平家、どっちが勝つ。
どっちに転んでも──。
もし源氏が勝てば、優樹たちが元の世界に戻れる確率は上がる。
怨霊を生み出している平家を倒すことができれば、五行の乱れも整い、龍神が力を取り戻す。
けれど──。
「どこにいるの⋯⋯将臣」
もし将臣が平家に身を寄せていたら──最悪だ。
平家を滅ぼさずに、なおかつ怨霊をこれ以上増やさずに封印することができれば──。
和議がうまくいっていたら──。
苛立ちを隠せずに頭をかきなでる。
「ほんっとに⋯⋯無力すぎ。何もできないな⋯⋯」
はあ、と深くため息をつけば、ふたたび口元が白んだ。
「屋島の戦い⋯⋯与一さんも⋯⋯きっと無事だよね」
もうすぐ日が暮れる。
地平線にだんだんと近づいていく太陽の眩しさに、与一は目を細めた。
沖に並ぶ平家の大型船を順に見ていく。
兄上たちは、どこにいる。
あの船の中のいずれかにいるのだろうか。
屋島での全面対決にはならず、ほとんどの平家の者たちはすでに沖へと逃げていた。
隣に並ぶ十郎の横顔を見る。
十郎はあれ以来、平家側についた兄たちの救出については一切口にしなかった。
(本当に一人ですべて抱え込むつもりか⋯⋯)
ぐ、と伏せていた目を上げる。
己のなすべきことをするのみ。
平家の大型船の中より一艘の小舟が出てきたのを見て、与一はふたたび目を細めた。
一人の女房らしき女人と水夫が乗っている。
女房の手には天に掲げた棹。その先には金色の日輪が描かれた赤地の扇がついている。
なんだ、何をするつもりだ。
「那須十郎はいるか」
源氏の軍にざわつきが広がるなか、総大将九郎の声が響く。
「はい、こちらに」
毅然とした態度で十郎が相対する。
「十郎殿の弓の腕はたしかであろう。この九郎義経、腕前はしかと見ていた。故に、あそこに掲げられた扇の的を射通すことはできないか」
「あの⋯⋯的をでございますか」
十郎の顔色が変わる。
「ああ。あれはあきらかに平家の我々源氏に対する挑発だ。だが、みすみす挑発を受けねば、武門の恥をさらすこととなる。射落とせなければ、源氏の武者は腕がないと笑いものになる。また、日輪は天皇陛下の象徴。射抜けば朝廷への反逆の意思を示すことになる。つまり⋯⋯」
「あの日輪を射抜かずして、あの扇を射落とせ、と、そう仰せなのですね」
与一は、ぐ、と息を押し殺した。
いくら兄上でも無茶だ。
控えめな性格であるから目立たないが、兄の十郎も弓の名手であった。
だが、その兄とて──。
浜から沖の小舟までの距離はかなりある。
いかな強弓使いでも、射通すことは難しいだろう。
馬で浅瀬に乗り込み近づいたとて、この荒波では体の軸が定まらない。
的である扇も小舟の上で波に揺られている。
「申し訳ございません⋯⋯先の戦で弓手を怪我しており、まだ治りきっておりませぬゆえ。⋯⋯ここは、我が弟の与一を推薦したいと思います」
与一は目を見開き兄の十郎を見やった。
おいおい、兄上、何を⋯⋯そう焦る気持ちが顔ににじみ出そうになったが、兄の瞳の鋭さに口を引き結んだ。そして、その口元に浮かんだ笑みに、すべてを察する。
「そうか、与一も十郎殿と並び立つ弓の名手。──与一、引き受けてくれるか」
与一は震える心の臓に対するように、笑みを浮かべた。
「仰せのままに」
与一は馬上で、詰めていた息を小さく吐き出した。
『与一。お前は九郎殿の下で功を立てるんだ。武勲を立てろ』
目を閉じ、空を仰ぐ。
兄の十郎の弓手の怪我など、とうに治っている。
嘘をついてまで辞退して自分をこの場に推したのは、そういうことだ。
平家側についた兄たちを救う責任をすべて背負おうとしている十郎。
何かあったときの切り札足りえるためには、ここで自分が功を立てるしかない。
は、と乾いた笑みを浮かべる。
緊張で口の中はからからに乾いていた。
「無茶をおっしゃる⋯⋯」
最後の弱音を吐き出すと、真っ直ぐに前を見すえた。
浜から的までは距離がある。なんとも絶妙な間合いである。
「
愛馬の名を呼び首筋をなでると、腹を蹴った。
海水が冷たく足元を襲う。
先ほど遠目で海を見ていたときに、波間にのぞく岩があった。
そこを目指して、馬で海を抜けていく。
岩場に立つと、弓を構えた。
たずさえたのは──鏑矢である。
音鳴りのする──神事にも使われる矢だ。
『大丈夫だ。何があったとしても、どこにいたとしても、心はともにある』
詰めていた息を吐き出す。
大きく息を吸い込めば、胸の底まで冷たい空気が入り込んできた。
「⋯⋯南無八幡大菩薩。我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神⋯⋯」
囁くように、祈りを捧げる。
声に出せば、不思議と気持ちが落ち着いた。
ぎりぎりと弓を引き絞っていく。
──風が凪いだ!
指を放てば、甲高い音を立てて矢が飛んでいった。
ばっと音を立てて扇が空を舞っていく。
鏑矢は、扇の要部分に見事当たっていた。
黄金色の日輪模様が、夕焼けに照らされてきらめいていく。
敵味方を問わずどっと歓声が上がったのを聞いて、与一ははっと息をこぼし笑みを浮かべた。