第十六章 院からの褒美と憂い
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「院から、官位⋯⋯ですか?」
平家を福原から追いやってからどれほどの月日が経ったのか。
皆の前でうれしそうに語った九郎に、優樹は顔色を変えた。
「ああ、先の戦いで平家を福原から追い出した褒賞にとのことだ。兄上からは京の守護を仰せつかっているから、官位を授かればなお箔がついて任もしやすくなるだろう」
「⋯⋯その、俺は⋯⋯やめた方が良いと思います」
言いにくそうに言葉を紡いだ譲を優樹は見やる。
譲も知っているのだろう、と目を伏せた。
優樹たちの知っている史実では、義経が官位を授かったことで頼朝との関係は一気に悪化する。
自分を頂点とする絶対的な支配体制をつくりたい頼朝にとって、朝廷側が勝手に鎌倉武士団に褒美を授け縦の関係を築くのをよろこばしく思わない。
⋯⋯そこから義経の立場は危ういものとなり、屋島、壇ノ浦での活躍があったにも関わらず、その末路は悲惨だ。
いや、活躍したからこその悲劇と言うべきだろうか。
「私も⋯⋯そう思います」
「なんだ、お前たちはよろこんでくれないのか」
本当に驚いた、といった表情で見てくる九郎に、なんと伝えればいいのだろうと考えあぐねる。
その様子を見て何か思うことがあったのか、弁慶が間に入ってくる。
「院からの直々の褒美話を断るというのも難しいと思いますよ。京を守護する任を授かっている九郎にとって、朝廷での権力を握っている院の心証を良くしておくことは今後も役に立つでしょう。逆に機嫌を損ねたら⋯⋯あまり好ましいこととは言えません。⋯⋯あの方もなかなかに食えない人ですから、裏で何を考えているのかはかりかねます」
「そうだ。それに兄上だって俺が官位を授かればよろこんでくださるはずだ」
その逆なのだが、という言葉は飲み込んでおく。
平家がいなくなった後の敵は、自分の兄そのものだというのに。
⋯⋯ここでの亀裂を避ければ、今後の未来も変わるのだろうか。
いや、確実に変えないとまずい。九郎一行として自分たちも身を寄せているのだから。
「いえ⋯⋯もし授かるにしても、鎌倉殿にうかがいを立ててからの方が良いと思ったんです」
考えろ。真正面から否定すれば、九郎の性格的にも意固地になりかねない。
彼も納得する鍵は⋯⋯やはり兄なのだろう。
「九郎さんが官位を授かることは、鎌倉殿もきっとよろこんでくれると思います。けれど、鎌倉殿に聞いて許可を得た上で院から位を授かれば、鎌倉殿を敬っていると周りに対して示すことができるんじゃないかと思ったんです。間にうかがいを立てる、という行為を入れることで鎌倉殿を立てることができませんか?」
嘘を交えたことで、舌の上がざらつく。
頼むから、飲んでくれ──。
「俺も、それが良いと思うな」
いやに明るい調子で入ってきた景時に、優樹は視線をやる。
「官位を授かるのはよろこんでくれると思うけど、話を先に聞いたほうがびっくりしないんじゃない? 頼朝様だって九郎の口からそういう吉報を聞けた方がうれしいと思うよ。それに、形の上だけでも許可を得ることで頼朝様を立てることになるんだから、やって損はないんじゃないかな。うん、俺、優樹くんの意見に賛成だな」
「そう⋯⋯だな、それで兄上を立てることができるのなら⋯⋯」
優樹は無意識に詰めていた息を吐き出し、笑みをこぼした。
そして、ふたたび景時を見る。
その視線に気づいたのか、彼も笑みを向けてくる。
優樹たちの世界では、義経と梶原景時の仲はかなり悪く描かれているが、こちらの世界ではそうではないようだ。
むしろ仲が良さそうに見える。
大河ドラマでは義経と意見が衝突して、義経の立場を悪くするような進言を主君である頼朝にしている姿が描かれていたが、こちらの世界の景時はどうだろう。
先ほど優樹に助け舟を出してくれたように、むしろ九郎の立場をより良いものにしようとしてくれているように見える。
このまま、どうか九郎含めて仲間が全員無事でいてほしい。
どうか、自分の知っている史実の結末を迎えないように。