第十五章 平家奇襲と戦勝後の語らい
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源氏と平家、両家の和議がなされる運びとなったのは、木々も赤く染まり寒さの強くなってきた時分であった。
留守をまかされた邸の中で、優樹は祈った。
どうか、和議がうまくとりなされるよう──。
「──奇襲をしかけるとは、どういうことです!」
平家が本拠を構える福原近く、源氏の陣の中で九郎は叫んだ。
「その言葉の通りですよ。平家は和議が結ばれると踏んで、油断をしている。そこを一気に叩き、平家をつぶす⋯⋯福原の都から追い出すのです」
艶やかな着物を身にまとい、薫り高い香をまとった女性が穏やかな笑みをこぼす。
「⋯⋯鎌倉殿の名代として御正室の政子様がいらっしゃったからには、僕たちもてっきり和議が結ばれるのかと思っていましたよ。いままで和議のために奔走してきた、味方の期待まで裏切るおつもりですか。これでは本当に和議を結びたいと思ったときに、信じてもらえなくなる」
「弁慶殿がそうおっしゃるのですもの。平家も油断することでしょう。まさか、とね」
「そんな卑怯な策とれるはずがありません!」
「⋯⋯九郎、私は鎌倉殿の名代。私の言葉は鎌倉殿の命と同意義。それに歯向かうということが、どういうことかわかっているのですか。これは院のご意向でもあるんですよ。平家は、和議の条件である三種の神器の返還に応じなかった。加えて、廃位されたはずの幼い帝をいまだに擁している。怨霊を生み出して世を混乱させている。これを許せるはずがありませんわ」
頼朝と院。双方に仇なすと言われ、九郎は歯を食いしばった。
だが、寄せられた眉根からは、到底納得していないことは明らかであった。
「九郎、あなたが戦いに参加したくないというのならば⋯⋯かわいそうに、景時の隊だけが、平家に攻撃をしかけることになります」
「なにを⋯⋯」
景時の隊は、九郎指揮の隊とは別に配備されていた。
遠くで聞こえてきた鏑矢の音に、九郎ははっとした。
「っまさか、あなたが命じられたのか! 景時に!」
「景時指揮の部隊だけで、どこまで戦果を挙げられるでしょうね。兵の数は九郎、総指揮のあなたが抱えている方が多いでしょうに」
「っ⋯⋯」
九郎は歯ぎしりをした。
「全軍、これより平家へと総攻撃をしかける! 皆、進軍の準備をせよ! 我に続け!」
陣の中が騒然とし、慌ただしく兵達が動いていく。
「九郎、いまから景時のいる生田に行っても、間に合わないでしょう。我々は別方向⋯⋯平家の背後から攻めましょう」
体を震わせる愛馬の首を、十郎はなでつけた。
またがる己の足に、力を入れ直す。
「⋯⋯とんでもないことになってしまったね」
「ええ⋯⋯」
隣の与一も毅然な態度をとっているが、心中は同じであろう。
兄たちともう争わずにすむ。そう語り合っていたというのに。
十郎の脳裏に優樹の顔が浮かぶ。
『──本当に、うまくいくと良いですね』
和議の話を喜んでいながらも、どこか──。
「この崖を馬で駆け下り、平家の陣を急襲できそうだ」
九郎の声にはっとする。
「そんな、このような急斜面⋯⋯無茶ですぞ。たどりつく前に転げ落ちてしまいます」
「あそこにいる鹿だって崖を駆け下りていったぞ。鹿にできるのならば、馬にもできるはずだ。まさか平家もこのように切り立った崖から敵が攻めてくるとは思うまい。相手の油断をつけるはずだ」
崖の上からの急襲。成功する場合と、失敗する場合──。
楽しそうに談義を重ねていた優樹の顔がありありと思い浮かんできて、心中ざわつくのを十郎は抑えることができなかった。
一瞬思い悩むも、ぐ、とあごを引き、馬の腹を軽く蹴った。
「御大将、九郎殿。少々進言したいことがあります──」
優樹は庭にしゃがみ込んで、花をじっと眺めていた。
譲が植えていた花たち。紫色の花がようやく咲いていた。
膝を抱えながら、せわしなく指を組んではほどく。
和議、どうか成功してほしい。
そうすれば、元の世界に帰ることに大きく前進するはずだ。それに──。
譲が夏に熊野で会ったという、優樹の同級生を思い出す。
⋯⋯源氏と平家、争わなくてすむのならば、それが一番良い。
望美も譲も、もう戦いに参加しなくてすむのだ。
誰も、戦わずにすむ。
外から聞こえてきたざわつきに、優樹ははっと顔を上げて立ち上がった。
もしかして──。
帰宅してきた望美達を笑顔で迎え入れたのも、ほんの一瞬のこと。
疲れ切ったような様子に、違和感を覚えた。
「和議が、失敗⋯⋯?」
「正確には、源氏側が反故にした形になります。和議と見せかけ、平家を急襲⋯⋯敵方もある程度予想していたのか、それなりの戦いになりました。そして、源氏は平家を福原から追いやるに至りました」
「そ、うだったんだ⋯⋯」
沈んだ表情で話す譲に、優樹はあごに手を当てた。
史実通りの流れに戻っているのか。
物思いにふける前に、譲の言葉で優樹は声を失った。
「あと、春日先輩が少し妙なことを言っていて⋯⋯戦場で兄さんに似た人を見た、と⋯⋯そんなわけ、ないと思うんですけど⋯⋯」
そんなわけない、と言いながらも、譲もわずかな焦りを感じているようであった。
もし、それが本当だとしたら⋯⋯。
胸のざわつきとともに、優樹の頭は素早く様々な考えを弾き出していた。
本来だったら、三草山の戦いからなだれ込むように一の谷の戦い、そして福原からの平家追い出し⋯⋯と史実ではなっていたはずであった。
けれど、三草山の戦いは源氏の快勝ではなく、痛手を負う結果となった。
十郎の言葉を思い出す。
『平家が源氏の打つ手を先にすべて知っていたからこその策⋯⋯なんて見方もできてしまう』
そうだ、自分だって、薄々と奇妙な予感を覚えていたのだ。
だからこそ十郎と戦略を語り合っていた。嫌な予感を振り払うための、なぐさめの時間でもあった。
──もし源平合戦の流れを知っている人間が平家にもいたら。
その前提でこれから先起こるであろう源平の戦いの作戦を考えるとしたら──。