第十二章 和平の模索と正体の詮索
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夏の暑さもおさまりかけの頃、ようやく九郎たち一行は熊野から帰還してきた。
目的であった熊野水軍の協力を得るには至らなかったが、源氏と平家、どちらにも加担しないという中立の確約はとれたそうだ。
そして──。
「──将臣と?」
「ええ、本当にばったりと会って。熊野本宮近くまで一緒に行ったんですけど、用があるからとそこで別れたんです。⋯⋯本当にあっさりと⋯⋯心配していたこっちの気も知らないで」
気難しそうに眉間に力が入っている譲に優樹は思わず笑みをこぼす。
憎まれ口を叩いているが、なんだかんだで仲が良いし慕っているのだろう。
「そうだったんだ。でも、無事が確認できてよかったね。私も会いたかったな」
「優樹も会ったらびっくりすると思うよ。将臣くん、すっかり大人になっちゃって⋯⋯三つも年上になっていたんだもの」
「どういうこと?」
「なんでも、この世界に来たのが私たちよりも三年も前だったらしいの」
「そう、だったんだ⋯⋯時空を跳ぶと、そういうこともあるってことか」
話しながら、譲と望美の顔に差す疲労が増したことに目がつく。
「二人とも、おつかれさま。今日はゆっくり休んで。また色々聞かせてもらおうかな」
「ええ、そうですね。そうさせてもらいます。⋯⋯本当に色々ありましたから。平家も熊野に来ていた、なんて話も道中で耳にしましたし。ただでさえ、近くにあった紀伊ノ湊には平家の船が停泊して、瀬戸内を押さえていますし。色々気を張って⋯⋯さすがに疲れました」
優樹は息を詰めた。
「そう⋯⋯。将臣も、元気でいてくれると良いけど⋯⋯今頃どこで何しているんだろうね」
「こっちが聞いても熊野にいた理由も、どこでどうしていたかも、これからどこに行くのかも何も教えてくれませんでしたよ。⋯⋯まあ、ざっくりとした性格の人ですからね。こっちが仲間を紹介しようとしたときも、面倒だから名前だけで良いとか先に言ってきたような人です」
「そっ、か⋯⋯」
ざらり、と砂になめつけられたような心地悪さが胸中に広がる。
⋯⋯考えすぎだ、きっと──。
「──優樹殿?」
はっと顔を上げる。
見れば、十郎が肌に汗をにじませながらこちらを見下ろしていた。
背後では、那須党の皆や譲が稽古をしている。
「考えごとかな? ずいぶんとむずかしい顔をしていた。今日も隣、良いかな」
「ええ」
手ぬぐいで顔を拭き、首にかけたそれでふたたび額ににじんだ汗をぬぐう動作をした十郎を、どこかおぼつかない気持ちで優樹は見ていた。
微笑みかけてきた十郎は、稽古終わりのためかまだ少し息も弾んでいるようであった。
「今日はどのような地形、陣の構えの戦いを想定して話をしようか」
「そ、うですね⋯⋯」
少し逡巡するように屋根の木材の列を眺める。
次いで地面を眺めれば、蟻の列が足先を淡々と動いていた。
「⋯⋯あの、今日は戦術の話じゃなくて⋯⋯争い合っていた国や勢力同士の折り合いのつけ方⋯⋯平和に解決する方法、なんてあったら、考えてみたくて⋯⋯」
「戦う策ではなく、収める方法、か。⋯⋯そうだな」
知識の棚にもぐり込むように、十郎は視線を動かす。
「二つの勢力の土地柄や兵力、財力⋯⋯何を名目に争っているかにもよる、かな。そもそも戦いを起こさない方法としては、まず武力を上げるというのがあると思う。自分よりも強い相手には戦いを挑もうなどとしないでしょう? そして武力を上げるには財が必要になる。交易の道を開いたり、豊富な土地を手に入れたり、開墾したり。私の故郷の近くには金のとれる鉱山があったり、疾駆けの駒を育てたりしている。かの清盛公も、先代、先々代の頃より築き上げた遠い海を隔てた大国との交易があるとか。鎌倉殿も、元は流刑に処された身でありながら挙兵し、勢いを盛り返したのも、後ろに財の支援をしてくれた者たちがいるからと聞く。そうでなければ、兵の調達も、戦勝後の恩賞を臣下に与えることもできず、士気が下がるどころか軍団の編成自体がむずかしくなっていただろうからね」
「⋯⋯平家が勢いを失ったのは、交易の要になっていた清盛公が病気に臥せってから⋯⋯跡取りもうまく育てることができず、亡くなってしまったから。⋯⋯けれど、それでも源氏と勢力をまだ争えているのは、怨霊を戦いに使っているから」
「そうかもしれない。怨霊をどうやって生み、使役しているのかはわからないけれど。怨霊であったら人間と違って食べ物も恩賞もいらない⋯⋯故に財がまわせなくとも戦いを続けることができる、のかもしれない。まあ、怨霊も生きた人間と同じように飲み食いをして褒美をほしがったりしたら、わからないけれどね。死なない軍団を使える、というのは脅威だよ。平家の強みは海での戦い⋯⋯船の力、そして怨霊。対して源氏は陸を駆ける騎馬⋯⋯そして、怨霊を祓う力を持つ龍神の神子、といったところかな。兵力は五分五分なのかもしれない。⋯⋯いまのところ源氏は平家追討の院宣もあるから、大義名分はこちらにあるけれどね」
熊野水軍の力を得ることができたら、海での戦いも有利になったかもしれない。
優樹の記憶では、熊野水軍は最終的に源氏についていたはずだが、こちらの世界線では中立になっている。
今後その旗印も変わってくるのだろうか。
「いまの源氏と平家のように、ここまで血みどろの戦いを繰り広げている最中にいきなり争いを中断させよう、なんてするのは難しいかもしれないね。どちらかを滅ぼすまで戦い続けるくらいの勢いを感じる。平家は自分たち一族が栄華を極めていた時代をずっと続けていきたい⋯⋯源氏を筆頭とする国々はそんな平家が許せない。元々平家の横暴な振る舞いに怒りを抱えていた諸国は多い。荘園での無理な税の取り立て、訴えかければ一方的に踏みにじられる⋯⋯。特に源氏寄りの勢力が多い坂東一帯の地域はそうだよ。私の故郷である
優樹はふと、思い出す。
「十郎さんは、お兄さんたちが何人も平家についているんですよね。⋯⋯身内同士で敵として争うのは、つらくありませんか」
「どうだろうね。武家に生まれたからには、仕方のないことだと思っているよ。敵味方に分かれていれば、どちらが勝ったとしても家を残すことはできるからね。私と与一がまだ幼い頃は平家の勢いもあまっていたから、兄たちは皆平家についた。⋯⋯けれど、時代の流れは誰にも読めない。栄華を謳っていた平家には陰が差し始め、東国で抑えつけられていた源氏はふたたび勢いを盛り返そうとしている。⋯⋯そもそも、同じ兄弟とはいえ、母親も違ければ年も離れている。同じ家の者として思うことはあっても、つらいかどうかと聞かれるとあまり実感がない、というのが本音かな」
「そう、なんですね」
「なんだい、優樹殿の縁故の者も、平家にいるのかな」
驚いたように目を見張れば、十郎は彼独特の淡い笑みを向けてくる。
「いままで戦に勝つための算段を立てる戦略を、二人で意見を交わしながらいくつも考え出していたのに、いきなり二つの勢力の平和的な解決の方法、なんて言うからね」
「い、え⋯⋯そういうわけでは⋯⋯」
自分の胸の内を隠すように口ごもれば、じっと十郎は見つめてきた。
何もかもを見透かそうとするような瞳に、思わずたじろいでしまう。
「優樹殿は不思議だよね」
「え⋯⋯」
「将棋の盤上を見つめる者のように、大局を見ながら物事を考えたがっているように見える。ときどきすべてを見通しているかのような錯覚も覚えるよ」
言い得て妙な評価に、優樹は閉口してしまう。
すべてを見通すような不思議な性質は、彼自身にも当てはまるのではないだろうか。
「故郷を同じくするという神子殿も譲殿も、どこか浮世離れしているような雰囲気を感じることもある。⋯⋯まるでまったく異なる世界から現れた者のように」
優樹は──声を失ってしまった。
「⋯⋯なんてね。もし異なる世界から来た存在なら、おもしろい。そんなことをときどき考えては楽しんでいたんだよ」
からかうような口ぶりでいて、十郎の視線は優樹のささやかな動きさえも見逃さないようにじっと定まっているようであった。
「望美殿は不思議な力を持つ神子様だからね。天界か、月の都か、違う世界の住人なんじゃないかって」
「⋯⋯っそ⋯⋯」
そんなわけないじゃないですか、という言葉はのどに絡まる。
優樹たちは、異世界から来た、ということは口外しないようにしていた。
九郎や弁慶、朔たち一部の仲間には成り行き上知られてしまったので仕方がないが、下手に口外すれば怪しまれる。
混乱を生まないためにも、優樹たちは黙っていることにしたのだ。
「──もしかして本当に異なる世界から来たのかい」
「──⋯⋯」
まるで確信していることをたしかめるような口ぶりである。
いや、別に強く隠している必要はないのか?
そもそも信じるかどうかも怪しい話を──。
「──そうですよ。私たちは違う世界から来ました」
にやり、と笑いながら告げれば、十郎は驚いたように目を見開いた。
そうだ、冗談っぽく伝えれば、相手も本気には──。
「っ⋯⋯」
身を乗り出すように顔を近づけてきた十郎に、思わず体をのけぞらせる。
優樹は動揺から何も声が出なかった。
彼は──少年のようにきらきらとした瞳をまっすぐに優樹に向けてきた。
「本当に、そうなのかい?」
興奮しているのか、頬も紅潮しているように見えた。
いつも静かで淡々としていて、穏やかな彼のそんな姿、初めて見たために驚きを隠せない。
「本当に、異なる世界から⋯⋯やはり⋯⋯」
興奮して顔を寄せてくる十郎に、優樹はたじろいでしまう。
そして、わずかばかりの罪悪感に胸がつきつきとする。
思わず目をそらしてしまう。
「じょ、冗談ですよ⋯⋯そんなわけ⋯⋯」
「──いや、嘘だ。冗談ではない。そうでしょう」
まるで断定するような言い方に、優樹はふたたび十郎を見やる。
高揚としながら、その瞳は真剣に優樹を見ていた。
「⋯⋯い、えっ⋯⋯冗談、ですから⋯⋯」
ぐ、と見返してなお、十郎はじっと優樹を見つめている。
優樹の反応を見逃さないといったように。
「⋯⋯本当に、冗談なのかい」
「⋯⋯⋯⋯そう、ですよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ふ、と十郎は身を引き視線をそらせた。
伏せられた瞳は憂いを感じさせるようであった。
「⋯⋯ひどい人だ。そのような冗談をつくなど」
「⋯⋯すみません、本気にすると思わなくて」
本気で落ち込んだ様子を見せる十郎に、優樹は胸を押さえる。
⋯⋯う、良心がつきつきと痛む。
「⋯⋯今の会話は、忘れて。誰にも言わないようにしてもらいたい」
横目で見ながらそう告げる彼の様子は──拗ねた少年のように見えた。
「わ、かり⋯⋯ました」
稽古を続けていた那須党の者たちは⋯⋯声も出さずに慌てふためいていた。
(お、おい⋯⋯二人は一体どんな会話をしていたんだ⋯⋯っ!)
(し、知るかぁっ! あんなに顔を近づけて⋯⋯)
目線だけで会話をしていた彼らは、ふと──与一を見やった。
彼は真剣な表情で弓を射っていた。
(よ、よかった⋯⋯与一は見てない、見ていないなっ!)
(おうよぉ!)
与一の放った矢は──三本とも的の中央から外れていた。
七郎は頭を抱えながら天を仰いだ。
「その、なんですかな、十郎殿! 先ほどは優樹殿と一体どんな話をされていたのかなっ」
稽古に戻ってきた十郎に開口一番に声をかけた七郎に、周りがざわつく。
(ばかぁああああ! 七郎!)
(与一は見てなかったんだからわざわざ教えるようなことをするなぁあっ!)
視線だけでやめろー! と訴えかけてくる仲間に、ふんっと七郎は腕組みをする。
与一のことを何もわからぬ者どもめらが!
「⋯⋯言いたくない」
目をそらしながらつんとした物言いで稽古の準備を始める十郎に、まわりは目を見張った。
あまり感情を表に出さずに淡く微笑んでいる印象ばかりが残る十郎であったが、珍しい。
「⋯⋯珍しいですね、兄上がそのような物言いをされるとは。喧嘩でもされたんですか」
とりなすようでいてどこか推し量るような様子の与一に、十郎はじとりと半目で見てきたかと思うとつんとあごをとがらせそっぽを向いた。
本当に年端もいかない少年のような振る舞いだ。長く一緒に過ごしてきた与一も、そんな様子ほとんど見たことがない。
「⋯⋯優樹殿に気持ちを弄ばれただけだよ。思わせぶりな物言いをして、ひどい人だ」
「──そう、ですか」