第十章 陰陽術談話
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「うーん、やっぱり譲くんは筋がいいね」
「そんな⋯⋯景時さんの教え方がわかりやすいからですよ」
景時の部屋で談笑しながらふと視線をすべらせ、譲はぎょっとした顔をした。
「っ日野先輩⋯⋯そんなところに張りついて、何してるんですか」
部屋の入り口付近で体を半分だけ出しこちらをのぞいている姿に、譲は思わず身を引いた。
「⋯⋯ひますぎて死にそう」
「そんなこと言って、まだ怪我の具合、万全ではないでしょう」
「⋯⋯みんなそう言って、ちょっと体を動かそうとしただけで安静にしろって言う」
不満を隠さない優樹に、景時は苦笑をこぼした。
「みんな君のことを心配しているんだよ。ぶり返してまた九郎の邸で弁慶に見続けてもらうとなると、大変だろう? せっかくこっちの邸に戻ってくることができたんだからさ」
「そう⋯⋯ですけど」
優樹に視線を送られた景時は、うっと心が揺さぶられた。
⋯⋯機嫌を悪くした猫みたいな目で見ないでほしい。まるで朔にしかられたときのような気分になる。
「まあ⋯⋯座って話をするくらいなら、いいんじゃないかな?」
そう言った途端、目を輝かせいそいそとそばに座ってきた優樹を見て、景時と譲は同じことを思った。
⋯⋯遊んでもらえるとわかったときの子犬みたいだな。
わかりやすく上機嫌になった優樹は、景時と譲の間に置かれた冊子状の古い書物や木製の道具を見た。
「二人とも何の話をしていたんですか?」
「ああ、譲くんに陰陽術を教えていたところでね」
「陰陽術!? それってまさか⋯⋯っ」
きらきらとした尊敬のまなざしを向けてきた優樹に、まんざらでもなさそうに景時は鼻の下を指でこすった。
「占星術とか、占いの類のやり方を教えてもらっていたんですよ」
「あ⋯⋯そう、なんだ⋯⋯」
式神とか結界術とかじゃないんだ⋯⋯とあきらかに盛り下がった様子の優樹に、景時は笑顔の裏で涙を流した。
陰陽師にやたらと憧れる様子を見せる優樹の羨望のまなざしがほしくて、わざわざ「陰陽術」という単語を出したのは内緒だ。
「陰陽術は色々なものを含んでいるけれど、中でも譲くんは占術の才があると思うよ。たぶん、本格的に学んでいけば、仕事にもできるくらいに伸びていくと思う」
「そんな、さすがにほめすぎですよ」
「いやいや、けっこう本気で言っているよ。ちょっと教えただけでかなり精度の高い結果を出せているからね。まるで星の一族の再来か、なんてね〜」
「星の一族?」
優樹と譲の様子に、ああそうか、と景時は説明を加える。
「星の一族っていうのは、京で続く貴族の一流でね。代々星を読むのが得意⋯⋯星読みっていうのは占星術、つまり占いを得意とする一族なんだよ。夢を使って遠い先の未来を読むこともできるっていう、すごい一族なんだけど⋯⋯。長い歴史のなかで盛衰が色々あって、今じゃ京の荒廃とも相まって行方がわからない。本格的に探そうと思えば、見つかるのかもしれないけれど」
優樹は譲に笑みを送った。
「すごいじゃん、譲。そんな一族にも引けをとらないくらい占いができるなんて」
「⋯⋯からかわないでください」
眼鏡に手を当ててかけ直す素振りを見せた譲に、優樹はさらに笑みを深めた。
照れたときの仕草くらい、お見通しである。
「からかってないって。ほめられたんだから素直に受け止めろー」
つんつんと腕をつついてくる優樹に、譲は小さく息をついて眼鏡をまたかけ直した。
それとなく流すのはいつものことである。
「よかったら優樹くんも陰陽術ちょっとかじってみる? 怪我で自由に体を動かせなくても、陰陽術だったら無理をしなくてもできるだろうし」
「えっ?」
思ってもみなかった景時の言葉に、優樹は頬を紅潮させた。
「か、かっこいい式神を出したり⋯⋯結界を張って敵の攻撃を弾いたり⋯⋯?」
もじもじとしながら自分の理想とする陰陽師像を語りだした優樹に、景時は笑顔のままきゅっと唇を引き結んだ。
⋯⋯どうしよう、俺⋯⋯動きの遅いハジカミイオ──サンショウウオの式神しか出せないんだよね⋯⋯なんて、言えない⋯⋯言えないよ。
「あー⋯⋯人によって得手不得手があるから、譲くんみたいに占いの才覚が際立つ人もいるし、自然の力を借りた術が得意な人もいるし⋯⋯。やっていくうちに自分に向いているものがわかっていくと思うよ」
⋯⋯式神の講義はできたらしたくないな⋯⋯がっかりされたくない⋯⋯されたくないよ⋯⋯。
なんて思われていることに、浮き足立っている優樹は気がついていなかった。
「じゃあ⋯⋯」とまだまだ色々と聞こうとした優樹は、あれ⋯⋯とまばたきをした。
急に上体を支えるのが重く感じ、体が前のめりになる。
胸も苦しくなり、ゆっくりと息をする。
「先輩?」
「う⋯⋯ん⋯⋯」
なんとか普通に、と思うが、そのまま腰がへばってくたりと姿勢が崩れていく。
「ちょっと⋯⋯横になりたいかも」
「大丈夫ですか。やっぱりまだ本調子じゃないですね。部屋まで歩けますか」
「無理させちゃったみたいだね。話の続きはまた今度にしようか」
譲に支えてもらいながら、ゆっくりと優樹は体を動かす。
ああ、もどかしい。
怪我の一つをしただけで、普通に歩いたり話したりすることもままならなくなるなんて。
早く戻りたい。けれどもし元に──。
暗く沈んでいきそうな思考に、頭を振る。
だめだ、一度悪い方へと思考が流れると、抜け出せなくなる。
楽しいこと、明るいことを考えよう。
「式⋯⋯神⋯⋯」
去り際にぼそりとささやかれた単語に、びくりと肩をはねた軍奉行がいるとかいないとか。