第九章 三草山の戦いとその後
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が、と鈍い音を立て、怨霊の首に刀が沈み込む。
ねじ切るように、優樹はそのまま怨霊を地に引き倒した。
上がる息を鎮めようと息を吸おうとする。
怒号や悲鳴、剣戟の音が夜の闇を抜けていく。
近くに流れる川の音がずっと耳朶を打つ。
倒しても倒しても消える気配のない怨霊たちに、焦りと恐れが湧き立ってくる。
京にせまる平家を迎え討つために三草山へと軍を進めていた源氏の軍。
優樹がいた那須党含む後続の部隊は、山の近くを流れる三草川へと差しかかっていた。
「怨霊だ! 怨霊が出たぞ!」
そんな声が前方より聞こえてきたのは、一体どれほど前だったか。
それもわからなくなるほどに、優樹たちは怨霊を相手に戦っていた。
優樹は呼吸を整える。
大丈夫だ。一体一体の動きはそこまで早くない。
落ち着いて対応すれば大丈夫だ。
この辺りの怨霊はもう数少ない。あとは──。
遠くで湧き上がってきたつんざくような悲鳴に、ぎゅっと心臓がしめつけられ背筋が凍った。
上流の方で、異様な巨躯が月明かりと松明に照らされていた。
大きな角が二本生えている。遠目に二足歩行の牛の異形に見えた。
──あんなのさっきまでいなかった。
湧き上がる恐怖に、思わず一歩退く。
「っ⋯⋯⋯⋯」
何かを踏みつけ、転びそうになりたたらを踏む。
見れば、戦いの最中誰かが落としたであろう弓があった。
「七郎っ⋯⋯!」
自分を呼ぶ裏返った仲間の声に、七郎は、は⋯⋯と息だけを吐き出す。
川より立ちこめる霧が頬をなでつけた。
目の前には牛のような見目を模した異形。
いままで戦ってきた怨霊と、まったく違う。
手にしていた太刀は真ん中から真っ二つに折れ、短い刃だけが残っていた。
誰かが射た矢も、目の前で振り払われる。
そのまま大きく振り上げられる腕。
ここで死ぬのか、自分は。
腹の底がすっと冷えていくようであった。
死を覚悟したとき、目の前の怨霊が上体を大きく揺らした。
怨霊の首に、さきほどまでなかったはずの矢が突き刺さっている。
「当たった⋯⋯っ」
弓をたずさえた優樹がいた。
「七郎、動け! 次が来るぞ!!」
与一の声に、はっとする。
そうだ、まだ戦いは終わっていない。
自分を鼓舞するように腹の底から声を出した。
「うぉおおおおお!!」
捨て身で目の前の怨霊に突進をかける。
ぐらつく怨霊の鎖のかかった大きな手首をつかむ。引き寄せ、襟首をつかんだ。
「うあぁあああああっ!!!」
血管が浮き出るほどに力を込め──背負い投げをきめた。
転がり、起き上がろうとする怨霊に、駆けてきた優樹が一閃をくらわせる。
怨霊はつんざくほどの悲鳴を上げ──大きく飛翔し、川の方へと逃げていった。
「追うな! 目の前にいる敵を殲滅することに集中しろ!」
与一にかけ声に、おう! と皆の声が上がる。
優樹は肩で大きく息をくりかえした。
まだだ、まだいる。
近づいてきた怨霊に一撃をくらわせ──たたらを踏んだ。
体が重い。刀を持つ手も、鉛のように重く感じた。
ぐ、と刀をひねり、怨霊をなぎ倒す。
息が、苦しい。
「大丈夫か、あまり一人で前に進みすぎるな!」
横目を走らせれば、背後を守るように弓をかまえる与一がいた。
瞬く間に、与一は三連矢を放った。──速い。しかも威力もある。
一撃で怨霊の眉間を射抜き、地に伏せさせていた。
優樹は汗をぬぐった。夜風で肌寒いほどだったのに、火照るほどに体が熱い。
一体、どれだけの怨霊がいるのだ。
倒しても倒しても、夜陰の中から現れてくる。
そのとき、闇の奥できらりと光るものが見えた。
なんだ、と思ったときには、駆け抜けたものが足元に刺さった。──矢!?
月明かり差す木々の奥で、ボロ布をまとった髑髏が弓をかまえているのが見えた。──次が来る!
「っ⋯⋯──!」
次の瞬間には、目前にせまる矢を斬り払っていた。
自分でも信じられず目を見開く。
なぜか、放たれた矢がひどく緩慢とした動きに見えたのだ。
周りの音が遠くに聞こえるようにも思えた。
だが、驚いてもいられない。次が──。
二つの矢が続けざまに放たれたのを見て、目を見張る。──もう一体いる!
反射的に体が動く。横に大きく踏み込み、矢の軌道の前に立ちふさがった。
一本を斬り払う。
そしてもう一本は──。
どん、と背中に衝撃を感じ、与一は横目で背後を見た。
「優樹殿! どうした!」
優樹がもたれかかるように寄りかかってきて──ずるり、と大きく地面に膝から崩れていくのを見て──血の気が引いた。
優樹の肩に刺さる一本の矢。
与一は体を反転させ、視線を走らせた。
ほぼ同時といっても良いほどに速く、二本の矢を放つ。
は、あ⋯⋯と優樹は息をついた。
肩が、焼けるように熱い。目の前がちかちかと眩む。
体に力が入らない。音が遠くに聞こえる。
立ち上がろうと思うのに、地面に打ちつけた頭がひどく重たい。
ああ、星がきれいだな、と思った。あれは⋯⋯オリオン座? 大きな三角形も見える。
星が多すぎて、星座なのかもわからないくらいだ。
肩が熱いのに、体は冷えていくような感覚がする。
立て、動け。
まだ戦いの途中だ。
与一が何か言っている。
「大丈夫です」
そう言いたかったのに、声が出ない。
動きたいのに、体が震えて力が抜けていくようだ。
まぶたが重い。
だめだ。まだ戦いの最中なのに。まだ怨霊が──。