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SSたち!



 とある日のおやつ時。カフェ「Andante」には、今日も穏やかな時間が流れていた。
アルバイトである俺・佐咲凛叶と、同じく藤堂都、お店を仕切ってる麻里奈さん、それと3人のお客さんだけが、ゆっくりと流れるこの時間の中を過ごしていた。この個人経営のカフェは、非常に混み合うということも無ければ、お客さんが一人も来ないという事もない、とてつもなく丁度いい感じで、かなり働きやすくて気に入っている。まあ、暇すぎて眠いときもあるけど…

「凛ちゃん~お疲れ様あ」
 静かなまどろみの中、突如として響いた声に恐らくその場にいた全員が音のした方を振り向いた気がする。声の主は、バックヤードから店内に出てきたアルバイト、橘みのりだった。彼女とはこのバイトを始めたタイミングがたまたま近く、今となってはかなり仲良しの友達だ。
「みのり、おはよ。今からシフトか?」
「うん。学校の終わり時間とかでも都合つけてくれる麻里奈さん、ほんと優しいよね~」
麻里奈さんが奥のキッチンから、それほどでも~と笑うのが聞こえる。ここで働くことの最大のメリットと言っていいほど、このシフト融通の利き具合には俺も頭が上がらない。レポートがやばいとか、試験がやばいとか、そういう時にはしばらく出なかったり本当に短時間の勤務でもかなり希望を聞いてくれる。その分、麻里奈さんが大変になってないといいんだけど…。

「あれ、凛ちゃんはもう上がる?」
 エプロンを整えながら、みのりが俺に声をかける。肩のあたりが折り曲がっていたのを直してやった。
「や、今日は夕方まで。俺も昼過ぎに来たとこなんだよ」
「あ、そーなんだ。ねね、今日はもう来た?」
「?なにが」
「も~なにがって…奏くんだよう」
 ああ、奏…。この奏くん、というのは、ちょっと前に初めてうちに来たお客さんで、ちょっとした出来事があり、その後うちによく通ってくれるようになった。彼に関しては「佐々木奏」という名前であること、このカフェのすぐ近くにある明鏡音楽大学の学生らしいということ、ヴァイオリンを弾くこと…くらいしか知らないのだが、なにしろ顔が良くて性格も穏やかそうなのが見て取れるからか、アルバイトの女の子たち(というか、うちは俺以外のバイトは女子しかいない)も麻里奈さんも、なにかと奏のことを気にしている。俺は一度奏と飯に行ったことがあって、その時も特にそれ以上のことを話したわけじゃないんだが、かなり仲がいいと勘違いされてる感じがする。まあ、別にいいけど…。

「今日はまだみてませんね」
 みのりの発した疑問に、朝から出勤していたバイトの都が答えてくれた。丁度、退店したお客さんのテーブルを片付けて戻ってきたらしい。
「あら、都ちゃん。おはよ~」
「おはようございます。といっても、私はもうあがるところですが…」
 下げてきた食器を奥のキッチンに渡しながら都が言う。奥からは、ありがとねー、と麻里奈さんの声がする。
「そっか、みやこちゃんが早番だったのか…朝から来てないの?奏くん」
「そうですね…見てません」
 今日はもう来ないのかなー、とちょっと残念がっているみのりを横目に、都はお盆を洗い、水切り場に置いた。そうか、奏、今日は来てないのか。まあ別に毎日来るわけじゃないんだし…ん?ああ、そういえば…
「あいつ、多分夏休みの間は基本遅い時間なんじゃねえか?練習してから来てるって言ってたし…」

 何気なく口に出した俺の言葉を聞いたみのりと都がふたり揃って、ああなるほど!みたいな顔をした。
「あ、ああ~!だから凛ちゃん、最近は夕方にかかるように出てる日が多いんだ?」
「あ?いや、別にそういうわけじゃ…」
「え、そうなんですか?てっきりそうなのかと…」
 みのりはいつもこういうよくわからない発言をしてくるからまだわかるけど、いつも冷静沈着なイメージのある都(けど、みのりは俺と同級、都は高校生…)まで真顔でそんなことを言ってきた。おいおい…。
「そんなわけねえだろ。別に奏だって、適当にふらっと寄ってるだけで、決まった時間に来てるわけじゃねえだろうし」
「えー?決まった時間ではないかもしれないけど、でも凛ちゃんが居たらいいなーって思って来てるとは思うよ?シフト教えておいてあげたら?」
「何言ってんだ…?」
「そうですね、そうすれば佐咲さんが居ない時に無駄足になってしまうこともないでしょうし…」
 だよねだよね、と謎に意気投合したみのりと都は、俺を置いてすっかり遠くへいってしまった。もはや何の話をしてるんだよこいつらは…。

「つーかなんだよそれ。別に俺に会いに来てるわけじゃねえんだから…」
 俺が言い終わるのを待たずに、ふたりは声をそろえて主張する。
「いや、絶対会いに来てるでしょ…」
「いや、絶対会いに来てますよ…」

「はあ?」

 凜ちゃん、そういうとこあるよね…とみのりが俺の両肩を叩く。そういうとこってなんだよ。都も小声で、佐咲さんって…と呟いていたのが聞こえた。なんだよ、俺がおかしいのか? 

「はいはいお話中ごめんなさーい、みのりちゃん、これ、5番さんにお願い。佐咲くんはこれ、9番さんにね」
 すっかり話に夢中になっていた俺たちは、キッチンの麻里奈さんの声にハッとする。そういえばバイト中だったわ。俺とみのりは、各々運ぶように指示された飲み物を確認してお盆に乗せ、その場から散った。

 俺も奏も、別に約束して会いに来てるわけじゃない。けど…今日来るかなって思いながら過ごす毎日は、不思議と嫌いじゃないなと、俺は思っている。

 柔らかく笑う奏の顔が頭に浮かび、なんとなく、幸せな気持ちになった。




*おまけ…残された都ちゃんと麻里奈さん。

 麻里奈さんの指示を受けて、佐咲さんと橘さんはホールに散っていく。その場に残された私・藤堂都に、キッチンから麻里奈さんが声をかけてくれた。
「…んじゃ、都ちゃんは、おつかれさま」
「あ、は、はい…!」
 ああ、麻里奈さん…今日も優しくて眩しい笑顔…。私みたいな末端のいちアルバイトにもこんなに優しくしてくれるなんて、本当に素敵な人。大人っぽいのに絶妙にキュートで可愛いし…。はあ、声をかけてもらえるなんて、今日はいい日だった。よかった。よく眠れそう…。

「…ね、ぶっちゃけ奏くん、勝機はあると思う?」
 えっ。待って、声をかけてもらえただけでももう私の中では大満足だったんだけど、更に雑談までしてくれている…!?き、今日は一体なんて幸運の日なんだろうか?と、と、とにかくちゃんと雑談うまくできるように頑張らないと…!
「え。っと…わからないですが…、佐咲さん、私が知る限りでも、何度かこういう…常連さん掴んじゃった、みたいなのありましたよね、同じ感じになるんじゃないですかね…」
 変じゃないかな、と不安になってチラっと麻里奈さんの方を伺えば、いつも通りの眩しい笑顔。ああ、よかった、多分私、うまくしゃべれてる…。
「ふふ、そうね、佐咲くん可愛いからなあ~。…でも、私はね~…佐咲くんの様子が、ちょーっとだけ、これまでとは違う気がしてるのよね」
「え?」
 …え?ふわふわしていた頭の中が、急にクリアになる。それってどういう意味でしょう…。麻里奈さんの優しい口調はそのままに、声のトーンだけが何か含みのあるもののように感じて、私は思わず息をのむ。…でも、次の瞬間には、いつもの麻里奈さんの雰囲気に戻っていた。
「ま、神のみぞ知るって感じ?呼び止めてごめんね。お疲れ様っ」
「い、いえ、あの…」
 さっきのは何?とか、ああ、お話が終わっちゃうとか、色々なことが頭の中を駆け巡ってしまう。何より、呼び止めてごめんと言う麻里奈さんに、お話できてうれしい、たくさんお話したい、と本当は言いたくて、でもうまい言葉が見つからなくて、柄にもなくあたふたしてしまった。
「うん?」
「あ…、お、おつかれさまでした…」
 結局なにも言えなくて、ああ、今日は帰り道で反省会だなあ…。スマートに麻里奈さんとお話できるその日まで…先は長い。
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