SSたち!
とある昼下がり。
3限を終えた俺は、友人の朝井と共に教室から出て、蒸し暑い廊下を並んで歩いていた。
3限の間中がっつりと眠っていた朝井は眠気覚ましの缶コーヒーを、そして俺はお気に入りのクリームカフェオレを自販機で買い、まさに今、蓋を開けたところだ。うん、今日も甘くて美味しい。決してリッチな味ではないんだけど、癖になるおいしさなんだよね…。
「なあ、佐々木って夏休みは実家帰んの?」
カフェオレを堪能していた俺に、缶を持つ手を小さく振りながら朝井が声をかける。
「え?うーん…せっかく長い休みだし、帰ろうかなあ…。とはいっても、俺はあんまり遠くもないから、別にいつでも行き来できるんだけどね」
そう。俺は大学の一つ隣の駅にアパートを借りているんだけど、実際、電車で10駅、3、40分くらい乗っていれば実家に帰れる距離だ。大学へあがるにあたって、ひとりで暮らすことを経験した方がいい、という両親の方針で、俺はアパートを借りることになったのだ。
「ま、そうだよなあ」
「朝井は?帰るの?」
「あーうん。ちょっとしたら帰る予定」
…確か、朝井はもう少し離れた…、少なくとも県をいくつか跨いだところが地元だと言っていた気がする。いつ帰ろっかなーと思考し始めた朝井だったが、次の瞬間には急に遠くへ向かって手を振り始めた。
「…あ!律~!」
そういって手を大きく振る朝井に面食らいながらもその視線の先を辿れば、そこに居たのは同じ1年生の早川だ。彼はとても目立っている存在だからさすがの俺でも知ってる。なにせ、入学試験も夏の試験も、ダントツで1位だったらしい。
そんな輝かしい経歴から、早川は俺たち1年生の中でも、有名人のような、どちらかといえば遠くから見ているのがちょうどいい、みたいな存在であったのだが、さすが朝井、怖いもの知らず。無茶苦茶気楽に話しかけているのを見て、俺は心の中で朝井の行動力を尊敬した。
…が、こちらを振り向いた早川は、少し固まったあと、ふい、と背中を向けて再び校舎へ向かって歩き出した。
「……、なんか、知らないふりしてあっちいっちゃったけど…」
「おいおい、律、まてってばー!」
俺がちらりと朝井を横目に見た時には、彼は既に早川の方に走っていた。俺は走る気力もないので、後ろから二人を眺めてノロノロと近づいていく。近づくにつれて、朝井が嬉しそうに早川に話をしている様子が見えてきた。
「よ、律」
「…うん…どうしたの?」
「や、お前夏休みいつ向こう帰るんかなーって」
「考え中。…弦一郎は?」
「俺はちょっとしたら帰ろうと思うけど」
「そう…わかった。じゃあ、次授業だから、またね」
「おう!またな!がんばれ~」
少し離れて傍から聞いてみれば、意外にも気のしれてそうな会話を繰り広げていて驚いた。早川は言いたいことだけ言い残し、足早にこの場を去っていった。残された朝井に近づいて合流する。
「…、今の、早川だよね…?」
「うん。そうだぞ」
「前から思ってたんだけど、朝井は早川と仲良いの?なんで?」
さながら天上人のような感覚の珍しい人が目の前で友人と会話をしていたのを目の当たりにして、この疑問を口にせずにはいられなかった。…まあ、よく考えてみたら、早川も朝井と同じヴィオラ専攻だった気がする。その繋がりなのかな。ヴァイオリン専攻はあんまり専攻内での関わりはないけど、ヴィオラはその限りではないのかもしれない。
…などと思考を巡らせている俺に、さも当然のようにケロッとした顔で答えた。
「なんでもなにも、幼馴染なんだよ。実家隣でさ」
事も無げに落とされた爆弾に、俺はどんな顔をしていたかわからない。
「え…え!?そうなの…!?」
「おう」
「謎が解けた…そういうことだったんだ…」
「謎って…、大げさだなあ」
そう言ったかと思うと、驚く俺を気にもせず、朝井はカラカラと笑う。そういう重要な情報は、はじめから言っておいてほしい…。きっと朝井にとっては、あまりに当たり前すぎてわざわざ特筆すべき事柄ではなかったんだろうけどね。
「ていうか、早川ってすごいよね。小さいころからあんな感じなの?」
「…?あんなかんじ…?」
「え、いや…エリートみたいな。夏の試験も、1位は早川でしょ?」
俺の質問に、不思議そうな顔をした朝井に、更に不思議になってしまった俺、ふたりして頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。
「や、そりゃあいつ、演奏はうまいけど、別に中身は普通だぞ」
「え…?」
「あんまり他人に興味示さないとこあるから、まあクールにはみえるんだろうな」
朝井が幼馴染と分かった今、その朝井から聞ける早川の人間らしいエピソードは、ちょっとばかり俺をあたたかな気持ちにさせた。
「そういうことなのか…、それにしても、さすがに幼馴染の朝井には、早川も柔らかい感じなんだね。ちょっと安心したかも」
「安心?」
「うん。おなじ人間だったんだなーって」
「そりゃそうだろ」
まあ、本当にそりゃそうなんだけど、俺の表情を見て、朝井が太陽のように笑った。朝井にしてみたら、早川は本当に大切な幼馴染なんだろう。言葉や行動の端々からそんな風に感じた。
「ん~話せばいいやつなんだけどなー。そのうち佐々木にも紹介してやるよ」
なんていいアイデアを思いついたんだろう、とでも言わんばかりの嬉しそうな笑顔。…でも朝井には悪いけど、実は俺、早川に睨まれているように感じることが少なくないんだよね…。
「俺、なんか嫌われてる感じがしてるんだけど大丈夫かな…」
のちのちこじれても嫌だしと思い、遠慮がちにそう告げると、大丈夫、大丈夫!と朝井はいっそう大きな声で笑い飛ばす。
「あいつ、話せば仲良くなれる奴だから!そのうちいっしょにメシでも行こう」
「うん。そうだね、ありがとう」
朝井の圧倒的な光属性具合に心底安心して、そして眩しく思いながら、そんな朝井の幼馴染となら本当に仲良くなれるかもしれないなと、その時を思って少しわくわくしたのだった。
3限を終えた俺は、友人の朝井と共に教室から出て、蒸し暑い廊下を並んで歩いていた。
3限の間中がっつりと眠っていた朝井は眠気覚ましの缶コーヒーを、そして俺はお気に入りのクリームカフェオレを自販機で買い、まさに今、蓋を開けたところだ。うん、今日も甘くて美味しい。決してリッチな味ではないんだけど、癖になるおいしさなんだよね…。
「なあ、佐々木って夏休みは実家帰んの?」
カフェオレを堪能していた俺に、缶を持つ手を小さく振りながら朝井が声をかける。
「え?うーん…せっかく長い休みだし、帰ろうかなあ…。とはいっても、俺はあんまり遠くもないから、別にいつでも行き来できるんだけどね」
そう。俺は大学の一つ隣の駅にアパートを借りているんだけど、実際、電車で10駅、3、40分くらい乗っていれば実家に帰れる距離だ。大学へあがるにあたって、ひとりで暮らすことを経験した方がいい、という両親の方針で、俺はアパートを借りることになったのだ。
「ま、そうだよなあ」
「朝井は?帰るの?」
「あーうん。ちょっとしたら帰る予定」
…確か、朝井はもう少し離れた…、少なくとも県をいくつか跨いだところが地元だと言っていた気がする。いつ帰ろっかなーと思考し始めた朝井だったが、次の瞬間には急に遠くへ向かって手を振り始めた。
「…あ!律~!」
そういって手を大きく振る朝井に面食らいながらもその視線の先を辿れば、そこに居たのは同じ1年生の早川だ。彼はとても目立っている存在だからさすがの俺でも知ってる。なにせ、入学試験も夏の試験も、ダントツで1位だったらしい。
そんな輝かしい経歴から、早川は俺たち1年生の中でも、有名人のような、どちらかといえば遠くから見ているのがちょうどいい、みたいな存在であったのだが、さすが朝井、怖いもの知らず。無茶苦茶気楽に話しかけているのを見て、俺は心の中で朝井の行動力を尊敬した。
…が、こちらを振り向いた早川は、少し固まったあと、ふい、と背中を向けて再び校舎へ向かって歩き出した。
「……、なんか、知らないふりしてあっちいっちゃったけど…」
「おいおい、律、まてってばー!」
俺がちらりと朝井を横目に見た時には、彼は既に早川の方に走っていた。俺は走る気力もないので、後ろから二人を眺めてノロノロと近づいていく。近づくにつれて、朝井が嬉しそうに早川に話をしている様子が見えてきた。
「よ、律」
「…うん…どうしたの?」
「や、お前夏休みいつ向こう帰るんかなーって」
「考え中。…弦一郎は?」
「俺はちょっとしたら帰ろうと思うけど」
「そう…わかった。じゃあ、次授業だから、またね」
「おう!またな!がんばれ~」
少し離れて傍から聞いてみれば、意外にも気のしれてそうな会話を繰り広げていて驚いた。早川は言いたいことだけ言い残し、足早にこの場を去っていった。残された朝井に近づいて合流する。
「…、今の、早川だよね…?」
「うん。そうだぞ」
「前から思ってたんだけど、朝井は早川と仲良いの?なんで?」
さながら天上人のような感覚の珍しい人が目の前で友人と会話をしていたのを目の当たりにして、この疑問を口にせずにはいられなかった。…まあ、よく考えてみたら、早川も朝井と同じヴィオラ専攻だった気がする。その繋がりなのかな。ヴァイオリン専攻はあんまり専攻内での関わりはないけど、ヴィオラはその限りではないのかもしれない。
…などと思考を巡らせている俺に、さも当然のようにケロッとした顔で答えた。
「なんでもなにも、幼馴染なんだよ。実家隣でさ」
事も無げに落とされた爆弾に、俺はどんな顔をしていたかわからない。
「え…え!?そうなの…!?」
「おう」
「謎が解けた…そういうことだったんだ…」
「謎って…、大げさだなあ」
そう言ったかと思うと、驚く俺を気にもせず、朝井はカラカラと笑う。そういう重要な情報は、はじめから言っておいてほしい…。きっと朝井にとっては、あまりに当たり前すぎてわざわざ特筆すべき事柄ではなかったんだろうけどね。
「ていうか、早川ってすごいよね。小さいころからあんな感じなの?」
「…?あんなかんじ…?」
「え、いや…エリートみたいな。夏の試験も、1位は早川でしょ?」
俺の質問に、不思議そうな顔をした朝井に、更に不思議になってしまった俺、ふたりして頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。
「や、そりゃあいつ、演奏はうまいけど、別に中身は普通だぞ」
「え…?」
「あんまり他人に興味示さないとこあるから、まあクールにはみえるんだろうな」
朝井が幼馴染と分かった今、その朝井から聞ける早川の人間らしいエピソードは、ちょっとばかり俺をあたたかな気持ちにさせた。
「そういうことなのか…、それにしても、さすがに幼馴染の朝井には、早川も柔らかい感じなんだね。ちょっと安心したかも」
「安心?」
「うん。おなじ人間だったんだなーって」
「そりゃそうだろ」
まあ、本当にそりゃそうなんだけど、俺の表情を見て、朝井が太陽のように笑った。朝井にしてみたら、早川は本当に大切な幼馴染なんだろう。言葉や行動の端々からそんな風に感じた。
「ん~話せばいいやつなんだけどなー。そのうち佐々木にも紹介してやるよ」
なんていいアイデアを思いついたんだろう、とでも言わんばかりの嬉しそうな笑顔。…でも朝井には悪いけど、実は俺、早川に睨まれているように感じることが少なくないんだよね…。
「俺、なんか嫌われてる感じがしてるんだけど大丈夫かな…」
のちのちこじれても嫌だしと思い、遠慮がちにそう告げると、大丈夫、大丈夫!と朝井はいっそう大きな声で笑い飛ばす。
「あいつ、話せば仲良くなれる奴だから!そのうちいっしょにメシでも行こう」
「うん。そうだね、ありがとう」
朝井の圧倒的な光属性具合に心底安心して、そして眩しく思いながら、そんな朝井の幼馴染となら本当に仲良くなれるかもしれないなと、その時を思って少しわくわくしたのだった。