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〜独白〜鳥籠の番人

(●鳥籠の番人●)

其れは1人の青年の死から始まった。

そこは何も無い、小さな国。
窮屈で、古臭い、差別的な人々は笑顔で他人を踏みつける、そんな何処にでもある平凡な世界。
黒髪の青年は一人、そんな世界を憎んでいた。
真っ黒な瞳で観る世界は醜く歪み、ギシギシと嫌な音を立てて回っていた。
マイノリティーである彼の居場所は人々の中には無く、無知の暴力と恐怖の対象として存在していた。
そんな暗闇の世界で、彼が唯一美しいと感じる者があった。
澄んだ自由な空と活力に満ちた樹々を移した泉の瞳を持ち、太陽の光を孕むその髪は柔らかく豊かであった。
彼はこの国の領主であり、孤独な黒髪の青年の主でもあった。
人々に恐れられ、忌み嫌われる存在である自分にも、屈託の無い笑顔を向け、未知なる知恵にも怖れず、瞳を輝かせ耳を傾ける姿は、黒髪の青年の心に染み渡り、柔らかな光が身体の中を満たす快感を覚えた。
いつしか青年は主の姿を目で追うようになっていた。
彼の笑顔が美しく、その笑顔を曇らせたくないと願い、彼の妻が子を成した時には我が事以上に歓喜し、涙を流して主に苦笑される程であった。
いつまでも彼等と共にこの穏やかで優しい世界が続くと思っていた。



おびただしい赤が足下に広がっていく。
柔らかな光を帯びた其れは無惨にも床に散り、青年の愛した泉の瞳は硬く閉ざされ観る事が出来ない。
白く透き通って行く主の姿をどうにかしたくて、床に広がる血を両手で掻き集めた。
パーン、パーンと軽薄でどこか間の抜けた銃声が聞こえる。
熱を失った赤い液体は指の間から零れ落ちていく、無意識に掴んだ水晶の箱。
冷んやりとした感触に、禁忌を覚えるも得体の知れない黒い恐怖に駆られ、箱の蓋を開いた。
真っ赤に染まった箱は美しく、どこか異形だ。
しかし、真っ赤な箱を手に入れる事により、安心し、満たされている自分に気づき、驚き、何故か涙が頬を伝った。

「あぁ、アリスが目覚めますね。」

鐘の音が鳴り響く。
ふざけた仮面をつけた黒髪の男は、ゆっくりと視線を窓の外に向ける。
いつもと同じ紫の空に、細くのびる雲が上空の風の速さを彼に伝えた。

「お迎えに行かなくては‥」

大きく澄んだ蒼い瞳を思い出す。
彼はまた、何も知らない無垢な瞳を自分に向けて来るのだろう。

「幸福な夢を観ましょう、アリス」

古ぼけた時計の針がカチカチと音を立てて回っている。
黒髪のナイトメアは彩(いろ)とりどりの飴の入った硝子の小瓶に手を掛けた。

          END

キャンディアリス
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