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「あねはん!きぬやっじょしたやろ!」
「ごめん、音くん。なんて言ってるかわからない」
「いっどきがっこにいっってゆた!」
「……あっ、大学の話ね」
朝ご飯の片付けをして忘れ物がないかリュックの中を確認し、玄関に荷物を置きに行くと、着替えたらしい音くんが怒りながら話しかけてきた。どうやら置いて行かれると思ったようだ。
音くんが来てから二週間経ったけど、小さいし一人でお留守番してもらうのは不安なんだよね。一緒に学校に行くのも不安はあるけど、何かあったとき一緒にいたほうが助けてあげられるから一緒に行くことにした。
「おいを置いていことしたやろ!」
「してないよ。私の支度を終わらせてから音くんの手伝おうと思ってたの。でも一人で着替えられたんだね、えらいよ!」
「こどんあっけするな!おいは鯉登家の男じゃっど!」
「ごめんね、そうだったね。鯉登家の男は強くてかっこいいんだよね。ちゃんと覚えてるよ」
子供扱いすると、『鯉登家の男』なんだから子供扱いするなと怒られてしまうのだ。音くんが言うにはお父さんは海軍の偉い人で強く、お兄さんもすごく優しくて格好よく、強いらしい。強いというのが音くん的にとても大事なようだった。教えてくれたとき目がとてもキラキラしていて可愛かった。
ぷりぷり怒るのを宥めて、音くんのリュックの確認をする。中身は主に暇つぶし用のものが入っている。
今日は12時頃にゼミのレポートを提出するだけなので、急ぐ必要はないのだ。試験が終わったあとに提出日を設定してくれたのは教授の優しさだと思っている。
準備もできたようなので戸締りをし、音くんに靴を履いてもらって一緒に家を出た。駅まではいつもは十五分くらいで着くけれど、今回は音くんが一緒だからゆっくり行こう。
「音くん歩くの大変じゃない?」
「あねはんはさっきおいがゆたのきゃあすれたのか?」
「きゃあすれた?……あっ忘れたか。覚えてるよ、でも慣れないところだから疲れちゃうでしょう?」
「男じゃっでだいじょっだ」
音くんは子供なのに男だから平気だといつも言う。
まだ会って二週間くらいしか経っていないから信頼されてないのは当然なんだけど、もしかして明治ではそういうものなんだろうか。それならあまり強要しないようにしたほうがいいのかもしれない。
前に買い物に行ったときにある程度は教えたけど、歩きだとゆっくり見られるからか車や建物をきょろきょろと見ていた。手を繋いで駅まで歩いたけれど、音くんは疲れている様子はなかった。とても体力があるみたいで驚きました。
「音くんは五歳だから私と一緒に通ろうね」
ICカードを使って広めの改札を一緒に通り、エレベーターを使ってホームに行った。十分ほどで各駅電車が来たのでそれに乗り込む。いつもは急行とかに乗り換えるけど、音くんがいるのでそのまま座って行くことにした。
電車が走っているのは見たことがあるけど、乗るのは初めてだ。音くんは私の手を握ったままそわそわしている。とてもかわいい。
「もっとよく見えるように立とうか?抱っこするよ?」
「いずらめのわりことをしてはいかんていわれちょっ」
「いずらめ?ちょっと待ってね」
いずらめとはどういう意味なのかスマホを取り出し調べてみたら、どうやら行儀という意味らしい。たぶん行儀の悪いことはしちゃいけないって言われてるんだろう。
「ん、わかった。じゃあ帰りは先頭車両に乗ろうか。そしたらよく見えるから」
「あねはんがゆならそうする」
「きっと面白いと思うよ」
男の子は電車好きな子けっこう多いもんね。先頭車両乗ってるときとか楽しそうに見てるのよく見かけるし。
そのあとは水分補給をしてもらい、しばらく音くんと話していたけど眠くなったのか舟を漕いでいたので手を繋いだままの左腕に寄りかからせたらすぐ眠った。各停だと一時間かからないくらいで大学の最寄り駅に着くので、まだ三十分くらいは寝られるだろう。
最寄り駅に着くまでの間空いている右手でスマホを見たり、音くんの様子を確認していると、一つ前の駅の到着アナウンスが流れたので起こすことにした。
「音くん、そろそろ着くよ。起きれそう?」
そう話しかけてみても反応がない。これは深い眠りについているようだ。暑い中歩いたから疲れたのかもしれない。
ぽんぽんと肩を叩いてみると、唸る声が聞こえたあと頭を押し付けてきた。
「まだねむい……」
「んー、じゃあ抱っこする?」
「……する」
抱っこでいいとのことなので、繋いでいた手を離して脇に手を入れ持ち上げ膝の上に乗せた。少しすると最寄り駅に止まったので、そのまま抱っこしてホームに降りた。
さすが子供体温、ちょっと暑いくらいだ。外に出てから暑そうにしているから、熱中症にならないようにアイスでも買おうかな。
改札を出て左手にあるコンビニに入る。アイス売り場に直行し、音くんお気に入りのアイスの実巨峰を買った。手早く払えるように交通系ICカードを使った。
大学までは徒歩で五分くらいだ。
早く着こうと早歩きをしていると、暑いのか眉間にしわが寄っているけど、私の首に回した手は離れる気配はない。
そのまま歩みを進めれば冷房の効いた大学の建物に入った。いつもゼミで使っている教室に行く前に、入ってすぐのところにあるちょっとしたカフェスペースの椅子に座った。
「音くん着いたよ」
「……がっこついたんか?」
「そうだよ」
「ならおきっ」
まだ眠そうな目を擦る音くんにアイスの存在を告げると大きな目がパチリと開いた。
見るからにテンションが上がっている音くんは、私からアイスの実を受け取るとさっそく開けて食べ始めた。おいしそうに食べている。
「あねはんにあぐっ 」
「あぐっ?」
アイスを一つ持って私の口に近づけてきたからあげるってことかな。ありがとうと言って食べると、得意げな顔をしていた。とてもかわいい。
二つ食べさせてもらったあと、一緒に歩きエレベーターに乗って教室に向かった。買い物に行ったときに乗ったりするからだいぶ慣れたようで落ち着いている。
少し歩けば教室の前に着いた。
「なるべく早く終わるようにするから大きな声とか出さないようにしてね」と伝え、頷いたのを確認したあとドアを開けた。教室の中にはほぼゼミメンバーが揃っていた。
仲の良い女友達ももう来ていたようで、私の姿を見るなり駆け寄ってきた。
「この子が親戚の子?」
「うん、みんな忙しくて預かれる人私しかいなかったんだ」
「そうなんだ。お名前教えてくれる?」
「音之進じゃっ」
事前に親戚の子を預かっているという内容の話をしておいたので、音くんがいても特に問題はない。
女友達がしゃがんで話しかけると音くんは、私の手をぎゅっと握りつつもちゃんと答えられた。とてもえらい。お父さんが海軍の偉い人だと言っていたから、自己紹介するのも慣れているのかもしれない。
「音之進くんか~、かっこいい名前だね。古風な感じ」
「おやっどんが名前つけてくれた」
「おやっどん?」
「お父さんのことだよ」
「詳しいね」
「わからなかったらその都度調べてたから」
音くんと意思疎通するためにわからない単語はネットで調べていた。まあ、何度も聞いて調べられるようになるんだけどね。最近は音くんが平仮名を覚えてくれたから、伝わらないときは書いてくれるようになった。
あまり長居して、音くんの体力を消耗しちゃうのも悪いからさっさと提出してしまおう。それで、帰りに買い物して音くんが気に入った食べ物を買おう。
「音くん、私これ出してくるからちょっと待っててくれる?」
「せんせに出すとゆちょったやつか。はよいたっきな」
「うん、すぐ戻ってくるからね」
おそらく早く行ってこいみたいな感じだろう。
私は鞄から出して音くんに見せたレポートを持って教授に出しに行った。
教授は方言全開の音くんに興味を示していたけれど、早めに会話を終わらせ音くんのところに戻ろうとしていた。なのに、同じゼミの真面目系チャラ男に話しかけられてしまった。
「あの男の子かわいいね。預かってるってことは子供好きなの?」
「うん、好きだよ」
「やっぱり、すごい仲良さそうだったからそうなんだろうなーって思ったよ」
仕方がないのでしばらく相手をしてたけど、会話が終わらない。続かないように話してるのによく繋がるな。
なかなか話が終わらないのでこっちから終わらせようと思ったら、手を引かれた。この小さいのは確実に音くんだろう。
「すぐもどっとゆちょったやろ!なにしちょっ!」
「ごめんね。話しかけられちゃったから」
「こげな男ほおっておけばよか!あねはんのためんならん!終わったんならはよもどっぞ!」
私の手を引きながらプンプン怒る音くんを宥めつつ、後ろを向いてチャラ男くんに挨拶をして、前を向いて友達にまたねと告げた。
音くんは怒りつつも友達には「さいなら」と言っていた。
自分でドアノブを握りドアを開け、そのままスタスタと私の手を放さず廊下を歩いている。
「音くん、そんなに急いだら危ないよ。転んじゃったら大変だよ」
「けがなんちしょっちゅうしちょったから平気じゃ」
そうは言っても稽古とかでの怪我とは一緒にできないよ。どう見ても私が原因だもん。
なんとか機嫌を直してもらえないかなと考えてみたけど、悪いのは私なのでは?だって、音くんが嫌いな子供扱いをまたしてたもんね。なにか違う方向で足を止めてもらえる話題はないかな……。
「あねはんはもっと気を付けんとぼっじゃ 」
急に立ち止まると、まだご機嫌ななめな顔で言われた。
また意味が分からなかったので調べた結果、駄目ってことっぽかった。気を付けないと駄目?
「なにを気を付けないと駄目なの?」
「なんぱな男に決まっちょっ。そげな男と関わるとどっなこちならんと兄さあがゆちょった」
いつもゆっくり話してくれている音くんが早口だったので、なんて言ったのかわからないのがあった。たぶん、お兄さんが軟派な男と関わったら駄目って言ってたみたいな感じだと思う。
まだ子供だからなんとかわかるけど、大人の早口だったらもう何もわからないかもしれない。
「おいの話をちゃんと聞ちょいのか」
「えっ、あ、うん聞いてるよ」
疑いの眼差しを向けてくるので、「軟派な人と関わらないようにするよ」と言ってもまだ納得できないような顔をしている。
「あねはんはしおらしからせわだ 」
「え?ごめんちょっと待って……」
「軟派な男のとこいによめに行たやわっぜえじゃっで、おいがよかにせの見本じゃっ兄さあについてもっといっかせっあぐっ」
本格的に何て言ってるかわからなくなったけど、音くんの口は止まらず何か言っている。
もう一度始めから言ってもらおうと話しかけようとタイミングを見計らっていると、いつものような、私に伝わるように話してくれる声が聞こえた。
「はよ家かえろう。そいで、もっと兄さあのこと話そう」
キラキラした目で、早く行こうと手を引っ張る音くんを見て、細かいことはいいかと思い直した。
機嫌も直ったようだし、家に帰ってからもう一回ちゃんと聞き直すことにして、早く早くとせっつく少年と駅に向かった。
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