短編
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尾形さんと再会したのは私が大学二年生の秋も深まった頃だった。
私は朝が苦手なので、なるべく一限の授業は取らないようにしていた。なのに必修を一つ取ることになってしまった。夕方のもあったけど、間に二コマ空いてしまうのが嫌だった。何か良さそうな授業はないかと探したが、いまいちだったので諦めた。
いつものように眠い目を擦りつつ、ボーッとしながら各停電車に乗り込む。手すりを掴んで、もう今すぐにでもおやすみしたい気持ちを堪えて電車に揺られているといきなり腕を捕まれた。
「お前☆☆だろ。やっと見つけたぞ」
いきなり誰だろうとその腕の主を見ると、なんと尾形さんだった。眠かった目も冴えてくるくらい驚いた。
「尾形さん?」
「今すぐスマホ出せ」
早くしろと手を出される。どう見ても諦めなさそうなのと、周りの視線が気になるので早く終わらせようと鞄からスマホを取り出し渡した。
尾形さんは忙しく指を動かし何かしている。連絡先の交換かな?
「なにしてたんですか?」
「連絡先の交換だ。今週末空いてるか?」
「空いてますけど」
今週末に会う約束をして、大学の最寄り駅に着くまで話をした。尾形さんは歯学部の三年生で毎日忙しい日々を送っていること。ずっと私のことを探していたこと。おばあちゃんの健康維持の一助となるために歯科医を目指したことなどを聞いた。昔から「口の健康は全身の健康の源」と言い、最近は歯周病を防ぐことが認知症の予防になると注目されているそうだ。
私の大学の最寄り駅に着くと尾形さんに「約束すっぽかすなよ」と言われてその日はお別れした。
週末は私の最寄り駅で待ち合わせすることになり、もしやと思った。待ち合わせ時間より少し早く来た尾形さんは私の家に来る気だった。やっぱりなと思いつつちょっと渋ってみても効果なんてなかったので諦めた。
尾形さんは私の手料理が食べたいとわがままを言うので、一緒に買い物をして簡単なものを作って振る舞った。そのあとはなにをするでもなく私に引っ付いたままだった。しばらくすると背中から抱きついていた尾形さんから寝息が聞こえてきた。毎日忙しいと言っていたから眠たいのだろうとそのままにしていた。ラグマットに座って尾形さんを背負っているのもつらくなってきたころ起こしてみると、眠そうにしながらも私をベッドに引きずり込んで寝入ってしまった。
それからというもの尾形さんはしょっちゅううちに来るようになった。尾形さんはうちに来ると、ご飯と一緒に寝ることをねだってくる。見るからに疲れているのでついつい受け入れてしまった。そんな生活をするようになると尾形さんの私物も増え、同棲しているような状態になってしまっている。
尾形さんと再会し秋、冬、春と季節はうつろい夏となった。
今日は尾形さんと一緒にお祭りに行く日だ。宣伝のポスターを見て尾形さんが誘ってくれたのだ。
絶対に浴衣を着ろと言われたけど持っていなかった。なので浴衣は尾形さんが選んだものを着ている。水色地に白と赤の牡丹柄で帯は白だ。迎えに来るって言っていたからおとなしくスマホで暇つぶしして待っているとインターホンがなった。かごバッグを持って玄関に行きドアを開けると、洋服を着た尾形さんがいた。
「あれ?尾形さんは浴衣じゃないんですか?」
「俺はいいんだよ」
「え~、尾形さんの浴衣見たかった」
「俺の浴衣姿なんか見てもつまらんだろ」
「そんなことないですよ。軍服の記憶ばっかりだから見てみたかったのに」
私には絶対着ろって言ったのに自分は着ないなんてずるい。
「そんなことより準備出来たのか?」
「出来てますけど」
「ならさっさと行くか」
下駄を履き家の鍵を閉め、二人並んで歩いた。尾形さんは私が下駄を履いているのを気にしてくれているのか、ゆっくりめに歩いてくれている。家の近くだったので、十五分くらいで着いた。
お祭り会場に着くとまずはかき氷を買った。尾形さんはいちご、私はブルーハワイだ。人があまりいないスペースに行き食べ始めた。
「お前青いの食ったら舌真っ青になるぞ」
「尾形さん色変わるの気にしていちごにしたんですか?」
「そりゃ嫌だろ」
「え~そうかな。変わるのもお祭りっぽくて楽しいですよ」
ほら、と舌を尾形さんに見せると軽く笑われ、頭をぽんぽんされた。露骨に子供扱いされた気がする。ちょっとむくれていると「お前はそのままでいろ」と言われた。そうはいっても、子供っぽいままなのは駄目じゃないかと思う。
かき氷を食べ終わり、射的を探したけど見つからなかった。尾形さんは射的をやりたかったようでちょっとがっかりしている。
ないものはしょうがないと諦めたのか、近くにあったりんご飴を買ってくれた。尾形さんは写真を撮りたかったようで、りんご飴を持ったまま何枚も写真を撮られた。ちなみにポーズ指定付きだ。尾形さんが満足するとやっと食べられたけど、食べてるときも撮っている。
「もう尾形さん写真撮りすぎですよ。ほら、お口あーんしてください」
食べてるときも撮られるのは嫌だったから、尾形さんに食べてもらうことにした。撮ってなくても尾形さんとわけっこするつもりだったけどね。
尾形さんのほうにりんご飴を向けると、素直に口をあけりんご飴を少しかじった。
「甘い……」
「飴ですからね。おいしかったですか?」
「まあまあだ」
まずいと言われなかっただけよかった。
ちょっとずつ食べていると、尾形さんはたまに顔を近づけてきてかじっていた。以外と気に入ったのかもしれない。
りんご飴を食べ終わり、あちこち屋台を見ていると金魚すくいを見つけた。
「尾形さん金魚すくいやりましょうよ!」
「お前ちゃんと飼えるのか?」
「飼えますよ!」
そんな縁日のお母さんと子供のような話しなくてもいいじゃんか。私金魚好きだしちゃんと飼えますよ。
「いいでしょ?ねえ尾形さん~」
「仕方ねぇな。いいぞ」
「やった!じゃあ一緒にやりましょう!」
おじさんにお金を払いポイを受け取る。尾形さんと一緒にしゃがんでどの金魚ちゃんにしようか悩んでいた。
ここの金魚すくいに入っている金魚は小赤が少なめな気がする。琉金や出目金などがいて、目を引かれた。特に白が多めの琉金が気になる。普通の金魚みたいに白目がなくて大きな黒目で、目の回りに赤が入っていたように見えた。よし、この子を狙ってみよう。
そっとポイを水につけ、金魚の体がポイの上に入ったところですくった。
「あっ、破れちゃった……」
「下手くそだなお前」
「そういう尾形さんはどうなの」
ふんと鼻を鳴らし水面見る。目をキョロキョロ動かし獲物を探しているようだ。少しすると狙いを定めたようで、ポイを動かし始めた。ゆっくりとした動作で三色の琉金の下にポイを移動する。ヒレが紙にあたらないようにしながら斜めにポイをあげ器に入れた。
「すごい!金魚掬えた!尾形さん上手いですね!」
「大したことねえよ」
そんなこと言ってるけどめっちゃ得意げな顔してるじゃん。私は金魚掬えなかったし実際すごいと思うのでそのまま誉めることにした。
「そんなことないですよ。私は掬えなかったし上手いですよ」
「ははっ、ならお前が狙ってたやつも俺が取ってやるよ。どいつだ?」
取ってくれるというから、さっきの金魚を探して指を指し教えた。すると尾形さんは私が言った金魚をあっさり掬ってしまった。
「こいつで合ってるか?」
「この子です!やっぱり目が可愛い……尾形さんありがとうございます!ポイ破れてないですけど、もう一匹狙いますか?」
「いや、これで終わりにする。あまり多いと世話が大変だろ」
尾形さんさんは器とポイをおじさんに渡した。おじさんは金魚を袋に入れ空気を入れている。お店で買うときみたいだ。
「この金魚はキャリコ琉金と桜琉金だよ。可愛がってあげてね」
「はい、ありがとうございます」
「水槽なかったらうちで買っていってよ。今日は安くしてるからさ」
「商売上手だな」
「うちが屋台に良い金魚出せるのは水槽とか必要なもの買っていってもらってるからなんだよ。兄ちゃんも協力してよ」
「尾形さん買っていきましょうよ。うち水槽も餌もないし」
「仕方ねえな」
尾形さんとお店に入り、水槽のセットと餌、あと水草も買った。対応してくれたおばさんは優しい人で、育て方や病気になったときのことを教えてくれた。あと白目がなくて大きい黒目に見えるのは、透明鱗だかららしい。可愛いし病気でないなら大丈夫だ。
帰りは買ったものを尾形さんが持ってくれたので私は金魚の袋を持った。
「お祭り楽しかったですね」
「ああ、射的がなかったのは残念だったけどな」
「また一緒に行きましょうよ。今度はあるかもしれないし」
「そうだな。俺の銃の腕見せてやるよ」
帰り道を一緒に歩いていると、手を握られた。いきなりどうしたんだろうと尾形さんを見れば、表情を変えることもなく平然としている。
「お前もうすぐ就活で忙しくなるだろ」
「そうなんですよ。尾形さんももうすぐ卒業だしこれから生活変わりそうですね」
「お前はどんくさいんだから大変だぞ」
「わかってますよ。私だってやらなくて済むならやりたくないですよ」
繋いだ右手を前後にゆらゆら揺らした。
就活を好きでやってる人のほうが少ないと思う。でもやらないと働けないし、お金稼がないと暮らせないからやるしかない。
「なら俺が就職先紹介してやろうか。好条件のところ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、飯作って出迎えと見送りして一緒に寝たりするだけでいい」
「それって尾形さんにしてるのと同じじゃないですか」
「そうだ。俺のところに永久就職すればいい。俺はお前が傷つくのは見たくない」
尾形さんが優しいこと言ってる。確かに私はお祈りメールたくさんもらうと思う。それに耐えられるかといわれると自信はないけど、甘えちゃっていいのかなとも思う。
「お前またくだらんこと考えているだろう。俺は散々お前に甘えたんだ。今度はお前の番だろ」
「うちによく来てたことですか?」
「ああ。☆☆と一緒にいるとストレスが溜まらないからな」
「尾形さん永久就職って言うけど、私のこと好きなんですか?」
「は?」
「え?」
尾形さんはいきなり立ち止まり、私を凝視している。しかもめっちゃ大きなため息ついた。
「お前は好きでもない男に飯作って一緒に寝て、私物を部屋に置かせてやるのか?少なくとも俺はしないぞ」
そう言われてみればそうだ。普通やらない。じゃあなんで私は尾形さんと同棲みたいなことしてるんだろう……。
うーん、強いて言えば……
「尾形さんが疲れてたから……かな」
「疲れてたのが俺じゃなくてもやったのか?」
「わかんないですけど、なんか安心した顔で寝てたから放っとけなかったんです」
「なら、これからも放っとかないでずっと俺と一緒にいてくれよ」
繋いだ手をぎゅっと握られた。こうも真剣に尾形さんからプロポーズされるとは思っていなかった。なんかもう流されてみるのもいいかもしれない。だってよく言うじゃん。結婚なんて勢いだと。同棲みたいなことを始めてもうすぐ一年経つけど、特に問題も起きなかったし。
それに改めて考えてみると、私は尾形さんこと好きかもしれない。
「じゃあ、内定いただいてもいいですか?」
「ッ!今すぐ雇用契約書書いてもいいぞ」
手を握り返して返事をすると、尾形さんは少し目を見開いたあと少し笑いながら言ってきた。
立ち止まっていた足を動かし歩き始める。
「ちなみに勤務地はどこなんですか?」
「茨城だ。俺の実家がある。俺の伯父さんが開業医だからそこで俺も働くんだ」
じゃあ私もいずれは茨城に住むことになるわけですね。
尾形さんが卒業したらまたしばらくは一人暮らしになるなあ。ちょっと寂しいけど今日新しい家族が増えたしきっと大丈夫。
「じゃあ尾形さんが伯父さんのところで頑張ってる間は金魚ちゃんたちと暮らしますか」
「浮気するなよ」
「はいはい、わかってますよ」
「絶対するなよ」
めっちゃ念押ししてくるじゃん。しないよそんなの。だってもし浮気なんかしたら、相手の人が可哀想なことになるの確定してるもん。
「これから一緒に暮らすんだから、名前決めないといけないですよね。なにがいいかな」
「なんでもいいだろ」
「よくないですよ。金魚たちもこれから家族になるんですから」
そう言うと尾形さんは考えを改めたのか真面目に考え始めた。
「牡丹でどうだ?俺が最初に取ったやつ」
「可愛い名前だし決まりですね。どうやって思い付いたんですか?」
「☆☆の浴衣の柄牡丹だろ。そこからだ」
「なるほど、尾形さんよく見てますね。じゃあこっちの子は桜にしようかな」
「なんでだ?」
「桜琉金って言ってたから桜です」
「まあ花つながりだしいいか」
尾形さんとおしゃべりしながらいつもの帰り道を歩く。いつもとちょっと違う距離感でね。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」と言われ、牡丹や芍薬は美しい女性の象徴とされる。
人生花開くといわれ特に牡丹や芍薬は幸福の象徴とされる。柄としては「幸福」を意味する。
ヒレの絵筆が描くのは二人の未来
2019/8/18