短編
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今日は快晴。まだ1月だけど3月並みに暖かいらしく、なんとも気持ちよさそうな空模様だ。は閉めているから風が冷たいかはわからないけれど、家の中から感じる太陽は、今の私には暖かいを通り越して少し熱く感じる。こんなに良い天気の日に私は風邪を引いてベッドから出られそうもない。
1月22日。その日は幼なじみの誕生日であり、小学生の頃から続く食事会の日だ。
母子家庭ということもあり、彼のお母さんは仕事で忙しく、一人で食事することも多かったようだった。最初は何でもない日にうちでご飯を食べるようになり、そのうちお互いの誕生日に何か一緒に食べる仲になった。それは家で食べるご飯だったり、コンビニで何か買ってだったり、ケーキを一緒に食べに行ったこともあった。その日にちょっとしたものでもいいから一緒に食べるということをずっと続けている。
生存確認を兼ねるように、毎日食べたものをメッセージアプリでお互いに送ることもしている。最初は上京したてでどちらの家族も心配していたから始めたものの、今では不摂生していないかの確認用になっている。
最近は私のほうが食事を抜いたり菓子パンだったりとで百之助のほうがちゃんと食べているし、料理もしている。
尾形百之助という男は見た目は厳ついけれど、料理の出来る男なのだ。見るからに私がテキトーなものを食べているとなるとご飯を食べに来いと隣の部屋に連行される。おばあちゃんから教わったという彼の味付けは私も好きだ。
一番暖かい昼間を過ぎれば、あとはだんだん寒くなってくる。その前に何か食べて薬を飲むべきなのはわかっているけれど、体がだるくてまだ動きたくない。38度まではいっていないので動けないほどではないが、もう少し休みたい。そんなことを考えていれば、ガチャガチャとドアの開く音がした。狭いワンルームの部屋なので、頭を動かせば玄関はすぐ見える。まあ合鍵を持っている人間は限られているのだから誰が来たかは見なくてもわかっているけれど。
「来るなら仕事終わってからだと思ってたのに早いね」
「どっかの誰かさんが風邪なんか引くから午後休使ってやったんだろうが。感謝しろ」
勝手知ったるという感じで買ってきたのであろうドリンクやら食材やらを仕舞っていく。スーツの上にコートを着ているがボタンはしていないので暑かったのだろう。肌も少し汗ばんでいるように見える。
まだそれなりに回っている頭で百之助が動いている姿を目で追っていると、近づいて来て熱を測るように額に手を乗せられた。いつもは暖かく感じる百之助の手も今は冷たい。
「熱いじゃねえかよ。なに平気そうな顔してんだ」
「これくらいならまだ動けるくらいだし大丈夫だよ。つらいのはこれからだもん」
熱が終われば今度は鼻とのどに症状が移ってくるのがいつもの流れなのだ。熱が38度を超えないなら私的には今はまだましな状態だ。長い付き合いの中で、私がよく風邪を引くのを彼は知っている。その度に様子を見に来てくれたり、たまに看病してくれたこともあった。最近は元気に過ごせていたからちょっと気が緩んだのかもしれない。
「はぁ」とため息をつかれた。軽めのため息と百之助の目はどうみても呆れていると言っている。
「なに」
「なんでもねえよ。昼分の薬は飲んだんだろうな」
「あー、まだ飲んでない」
「お前……、これからつらくなるのがわかってるくせに何で飲んでねえんだよ」
ぶつぶつと文句を言いながら上着やネクタイを外しキッチンに行くと、借りるぞと言って食材を切る音がした。何か作ってくれるみたいだ。
外を眺めたり目を閉じて休んでいると、出来たぞという声がした。何分かかったかは正確にはわからないけれど、10分も経ってないような気がする。
「ベッドとテーブルどっちで食べる」
「起き上がれるからテーブルで食べる」
百之助が作ってくれたのはうどんだった。卵と梅と小ねぎがのっている。食べやすいようにと分けて食べる用のお椀とレンゲも置いてある。私に聞かなくてもどこに何があるかだいたい覚えてるんだろう。
上着を着て足にもブランケットをかけると、お椀によそってくれていた。食べろというようにお椀を私のほうに寄せられる。食べる前から美味しいのはわかっていたけれど、口に入れてみればもっと美味しかった。人が作ってくれるご飯は本当に美味しい。風邪を引いてるから尚更かもしれない。
お椀が空になる度によそってくれるところが甲斐甲斐しい。しかし、もう少しで食べきれるというところまで来たのに、私の胃袋はそろそろ限界だと告げてくる。せっかく作ってくれたのに残すのは申し訳ないので、食べようとしていると箸の進みが遅くなったのに気づいたようだった。
「腹いっぱいになったなら無理するな」
「でもあと少しだし」
「別に残ったら俺が食べるからいい」
そう言って箸を取り上げると薬と水を渡された。じっと見つめられ、早く飲めと言われているようだ。規定量の薬を水で流し込み、飲んだぞという顔で見つめ返せば「よし、寝ろ」という言葉が返ってきた。
こういうときに言うことを聞かないと実力行使されるのはわかりきっているので、素直にベッドに戻る。百之助が残りのうどんを食べきるところ、片付けするところを眺めていれば、またあきれ顔で近づいてくる。
「俺は寝ろと言ったはずだが? 」
「いつものやつやってくれたら寝る」
「わかったわかった。やってやるからさっさと寝ろ」
百之助が目の上に手のひらを置く。いつもこの状態ですこし話すのだ。そうしていると、だんだん眠くなってくる。百之助の声は落ち着くというか癒やし効果があると勝手に思っている。こうやって寝ればぐっすり眠れるし、風邪も早く治る気がする。
「やっぱり風邪のときに百がいてくれると違うね。なんか体が楽になる」
「そりゃよかった。それで? 彼女が風邪引いてるってのにお前の彼氏様はなにしてんだ? 」
「元気になったら会おうねって書いてあったよ」
「前から思ってたが、そいつのどこが良くて付き合ってんだ? 」
「んー、付き合ってほしいって言われたから? 」
「それだけか? 」
「うーん、それだけかも」
ちょうどお母さんに結婚の話をされたのも影響してるのかもしれない。そんなときに他部署の人に告白されたから、付き合っていれば好きになるかもしれないと思い早3ヵ月。なかなかそういう気持ちは湧いてこない。
そもそもこんないい男がそばにいたら他が霞んでしまうというものだ。料理も出来て、気が利いて、かっこいいし声も好きだ。一緒に居ても落ち着く。だからこの関係を続けている。
「今日の誕生日のメシ会、とりあえずはうどんになったが、風邪治ったら日を改めてまたやるからな」
「うん」
ぽつぽつと話しているうちに、子守歌のような百の声でだんだん眠くなり、そのまま寝てしまった。
2025/1/22