短編
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足やら額やらが痛む。
目を開ければ天井が見える。どうやら室内にいるらしい。上手いこと目を外せたようだ。勇作さんの声が聞こえたとき、ギリギリずらしたからか額は怪我をしたが、目は無事みたいだ。アシリパの毒矢は想定外だったが三十年式歩兵銃の不具合を使った下車はどうにか上手くいったみたいだな。俺が銃の異音に気づかないわけがない。鶴見中尉殿も上手いことやって逃げおおせているだろうさ。
体はどのくらい動くか確認しようと少し動かすと、布のこすれる音に反応して聞き慣れた女の声がする。
「尾形さん!目が覚めたんですね!先生!」
少し離れたところの椅子に座っていたらしい☆☆は、慌てて立ち上がったせいか椅子が動く音がした。
意識が戻った俺の体調の確認をしに来た医者と、その後ろに看護婦、ロシア兵と続く。なんでこいつがいるんだと疑問に思いながらも、妙に馴染んでいるので何も言わずに診断を待つ。
「まだ安静が必要だけど、問題はなさそうだ。喉も渇いているだろうから水を飲ませてあげて」
看護婦だけ残して戻っていく姿に、女一人でやるには俺は重いんじゃないかと思っていれば、身振りでロシア兵に教えている。すると、理解できたようで俺の背中に腕を入れ、ゆっくりと起こし始めた。看護婦にちびちびと水を飲ませてもらい、カラカラで出せそうになかった声が少し出そうな気がしてくる。
仕事が終わると、何かあったら呼んでくれと俺と☆☆に言い部屋を出て行く。ロシア兵は俺のそばに立ったままだ。
「尾形さん、よかったです。血だらけだったから、本当に心配したんですよ」
「こいつ、わざわざ俺を運んだのか」
「そうですよ。あとから馬で追いかけたら、尾形さん線路脇に倒れてたんです。私止血のやり方とかわからなくて。そしたら、あの外国人の兵隊さんが来て止血してくれたんです。それで病院探して治療してもらって今って感じです」
ちらりと目だけ動かし左側を見てロシア兵にロシア語で礼を言う。小さな声しか出ないから聞き取れるかわからなかったが、目を大きく広げてあわあわとしていたからわかったのかもしれない。☆☆もまさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。教えていなかったから当然だな。
懐から紙と鉛筆を取り出すと何かを書き、見せてきた。自分の名前と「また勝負しよう」と書かれている。この無様な姿を見てまだやりたいのか。
俺はもうやらないことと、ヴァシリも脱走兵なわけだから新しいことでもやるといいと伝えれば、露骨にがっかりしたという態度を示された。俺はもうこれ以上は命をすり減らせないんだから知ったことではない。まだ会話したそうだったが、こっちも回復しきったわけではないので、無駄話は今度にしてくれ。
また筆談しようとしているので、回復したら話す旨と☆☆と二人にするように話せばヴァシリは部屋を出てくれた。
目を白黒させていた☆☆にこれからどうするつもりかを確認しなければいけない。体調が悪かろうが、これは今すぐ聞く必要があることだ。
「一月二十二日」
「えっ? 」
「お前が聞いたんだろ」
掠れた声で告げた日付を☆☆は何のものかわかるだろうか。
一年くらい前に言った昔の話を覚えている保証もない。今年は色々あって祝ってもらう機会はなかったが、こいつは俺と一緒にいたらずっと祝ってくれるのだろうか。
「誕生日の話ですよね……? もしかしてお祝いしていいってことですか? まだ、一緒にいて良いってこと?」
「散々ついてくると言って危険なところまで来たのはお前だろ。俺の任務ももうすぐ終わるだろうから、これ以上危険なこともねえだろう。来るなら来い」
右目を失い、あちこち怪我だらけになった。それにスパイの任務も終えたのだから退役する旨を上官に伝えると、思いがけず銃の指導役を仰せつかった。精密射撃を教えられる人材はそうそういないからな。俺が打診されるのは当然の話ではある。
ただ、杉元やアシリパとまた会うと面倒だから他の師団を希望した。俺はあいつらにとって死んだ身なんでね。新しい俺の所属は東京第一師団だ。とりあえずはそこで指導役を育成する。それも終われば茨城に帰るのもいいかもな。
指導役なら危険なこともないだろうから☆☆を連れていっても問題ない。樺太から土方歳三の隠れ家に帰ったときも、なんで何も言わずに置いていくんだと泣かれた。俺一人でも無事に帰ってこれるかわからないのに連れて行けるわけがない。だから、ウイルクを狙撃したあとは土方のジジイに合流できるように誘導した。そのとき俺ができる限りで安全な道へ行かせた。そんなことをするくらいにはあいつを気に入っている。今度は俺において行かれないように、手始めに馬の乗り方をジジイに習ったと言っていた。そこまでして俺なんかと一緒に行きたいと言うくせに、俺が嫌なら言ってくれと遠慮し始めるのは何なんだ。駆け引きのつもりか。死んでも勢いを落とすな。
▼
尾形さんと一緒に北海道から東京に来て早三年。
元の時代と比べれば不便なことは多々あるけれど、尾形さんのことが好きだから不満もない。そもそも尾形さんが真面目な性格だからか、お金に困ることもないし、酒癖が悪いこともない。といっても私と尾形さんは結婚しているわけでも、お付き合いしているわけでもなく、居候やお手伝いさんみたいな立場だと思っている。
ただ誕生日プレゼントはどんな立場でも贈れると思っているので、今年も何かあげたいと思っている。けれど何がいいか思いつかない。いっそ本人に聞いてみようかな、夕食後の片付けが終わったら時間あるはずだし。
いつも通り火鉢にあたりながら本を読んでいる。勉強で読んでいるときと、暇だから読んでいるときがある。勉強中だと切りがいいところまで待ってろって言われるから、ちょっと声をかけてみよう。
「尾形さん、今大丈夫ですか? 」
「ああ、どうした」
「もうすぐ尾形さんの誕生日じゃないですか、何か欲しいものないかなって思って」
「何でもいいのか? 」
「私があげられるものならいいですよ」
本を閉じてそばに置くと、隣に座っている私の右手を握ってくる。これは逃走防止ですか? あんまり高いのは買えないんですけど。
「なら☆☆、お前をくれ」
まさかの発言にびっくりして動けずにいると、なぜか握っている手の脈を測る気なのか、手首あたりを指を動かして探っている。私の心臓の早さを調べようとしないでください。
「な、なんで脈を測ろうとするんですか! 」
「お前が何も言わんからだろうが」
「だって、そんなこと言われるとは思ってなかったから……」
「嫌じゃないんだろ? 俺が嫌いなら五年近くもついてこない。嫌になったら逃げられるようにそれなりの金も持たせてるんだ」
お金の管理厳しそうな尾形さんがゆるゆるだったのはそういう意味があったんだ。わりとお金は足りてるのかって確認されていたし。
というか、あの言葉はプロポーズってことでいいんだよね。遊びで言うようなことでもないし、そもそも尾形さんは仕事人間というかいつも頑張っている真面目さがある。
黙って今までのことを考えていると、手をギュッと握られる。パッと視線を尾形さんに合わせれば、どうなんだとでも言いたげな顔をして黙っている。
「尾形さんがほしいって言うなら、喜んで差し上げます」
「そうか、ではこちらも謹んで受け取ろう。婚姻届も出さないとな」
「尾形さんが忙しくないときでいいですよ」
「なら暖かくなったら出しに行くか。祝い事はあったけえときのほうがいい」
「猫ちゃんなところがありますからね。日向ぼっこできるくらいになったら行きますか」
ちょっとおふざけ気味に返し、左手でほっぺたを包んで軽くむにむにすると、予想に反して抵抗がなかった。あれ、と思って手が止まると繋がれていた手はほどかれ、抱きしめられた。
「そうだな、俺は猫だからこうも寒いと大変なんだ。暖を取らせてくれよ」
今までではあり得ない感じの距離感に恥ずかしくなってくる。そりゃあ近くにいることはあるけれど、これは密着しているから全然違う。照れもあって「尾形さんがこんなに近くに来るのは珍しいですね」と首元に顔を埋めて言ってみると、「夫婦になるならこれくらい問題ないだろ」と鼻で笑われてしまった。
話を変えようと話題を探していると、飾っている小さい花瓶が目に入った。
「そういえば、昔私があげたお花を栞にして持っていてくれたことあったじゃないですか。会ってそれほど経ってない私があげたのを持っていてくれたの、本当に嬉しかったんですよ」
「樺太でなくしちまったけどな」
「気にしてないですよ、私は尾形さんが生きていてくれる方が嬉しいですから。よかったらまた摘んで来ましょうか? 」
尾形さんが樺太から戻ってきて土方さんの隠れ家で再会したとき、謝られたことがある。いつも背負っている背嚢を持って来れなくて、私が前プレゼントしたお花をなくしたと。もう枯れて持っていないと勝手に思っていたけど、どうやら栞にして持ってくれていたみたいなのだ。そのときに、やっぱり尾形さんは優しいじゃないかと再確認した。
「いいのか? じゃあ頼む」
「あったかくなったらまた黄色いお花探してきますね」
「ああ。今度はなくさないで大事にする」
私はいつまでいられるのか未だにわからないけれど、願わくば最期のときまで尾形さんと一緒にいたいと強く思う。
2023/1/22