短編
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アシリパさんたちと再会したとき、尾形さんの死を知った。
尾形さんと最後に会ったのは、片目を失ったあとに土方さんたちと合流し変装しているときだった。江渡貝邸で初めて会い、樺太では先遣隊と、尾形さんの目の手術後はまた一緒に行動している。
尾形さんがいなくなったと杉本さんが叫んだのが聞こえ外を探していると、たまたま厩舎の近くにいたことで彼を発見した。来いと差し出された手を掴めば、尾形さんの前に乗せられすぐ駆け出す。後ろから銃声が聞こえ尾形さんは大丈夫なのかと銃弾が左右を飛んでいく中振り向けば、麻酔か影響か、それとも興奮しているのかいつもとちょっと違う目をしていたけれど、私を落とさないようにか密着してくれていた。
樺太での療養中はロシア人のおじいさんとおばあさんにお世話になった。このとき尾形さんが実はロシア語を話せることを知りとても驚いたどころの話ではなかった。いつ覚えたのか知りたかったけれど、教えてくれなさそうだと思ったのでやめておいた。それに何よりも早く元気になってほしかったから休息を取ってもらいたいのだ。
尾形さんにちょっとした単語を教えてもらい、親切なおじいさんとおばあさんとほんのちょっとコミュニケーションを取れるようになった。けれどあまり長居する気はないようで、体が動くようになってからは運動を兼ねた力仕事のお手伝いをしている。尾形さんはけっこう律儀な性格なので、受けた恩は返すタイプだ。
大泊に着き町を歩いているとき、おばあさんが荷物を引ったくられ、ちょうどこちらに向かってきた男を尾形さんが取り押さえた。情報収集をしていたこともあり、おばあさんを家まで送りつつ尾形さんが話すのに合わせ相づちを打つ。お礼にと棒鱈を頂き、お暇しようとしていると銃声が聞こえる。このまま迎えに来るまで待っていろとの指示を受け、おばあさんとのお茶が始まった。おばあさんの若い頃の話から始まり結婚して子供が生まれ、大変だけれど成長が嬉しかったなどのことを聞いているときに尾形さんは帰ってきた。どこから調達したのかわからない軍服を着て。
樺太から出るということで、お金を持っていない私たちが船に乗せてもらうために棒鱈を使って一芝居打つことになった。尾形さんは日露戦争での負傷兵、私はその負傷兵の世話をしているうちに恋仲になり結婚することになった女である。情に厚い船長さんは涙を流しながら、快く受け入れてくれた。
そのあとは、土方さんたちと合流した。そして、尾形さんが親孝行という格好をして町に出ていたときが最後に見た姿だった。
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尾形さんが落ちただろう場所にも白石さんと一緒に行ってみたけれど見つからず、どうしたものかと考えていると、軍の人が持って行ったのではないかという白石さんの推測に従って、どうにか連絡が取れるかもしれない階級が上の方の軍人さんである鯉登さんに頼った。
鯉登さん曰く、中央のスパイだったという尾形さんの遺体は回収されてしまったという。もう会うことはできないのかと気落ちしていると、尾形さんの遺体がどこにいったのかを調べ、連れて行ってくれた。時間が経っていたからわかっていたことではあるけれど、そのときにはもう尾形さんはお墓に入ってしまっていて、やっぱり本人に触れることは出来なかった。それでも、お墓に手を合わせることができたのは鯉登さんのおかげに他ならず、とても感謝している。
どうやら近しい縁者がいないらしく、北海道の地に眠ることになったとのことだった。私の中で尾形さんが占める割合は存外大きかったようで、お墓のお世話をするために私も北海道に住むことを決めた。
最初はお墓に通える範囲で探すと、住み込みで働ける食堂があり、そこで働いた。今まで過ごした中で覚えてきた明治の常識はまだまだ少なく、出来ることも多くない。ならばと笑顔を振りまき、看板娘のようになってすぐクビを切られないようにした。そして一人で生きていけるようにものごとを知る努力をする。
尾形さんが亡くなって一年が過ぎようとしていた頃、鯉登さんがお店に訪れた。たまに鯉登さんのお使いの人が来て、近況を聞かれたり困ったことはないかと聞かれることが月に一度あったけど、本人が来るのは初めてだ。
何の用事かと思っていると尾形さんが受け取るはずだった給金を鯉登さんが払うという話だった。それはちょっと違うと思ったのでお断りしたけれど、鯉登さんが尾形さんに借りがあるままなのは気分が悪いと言って聞かなかった。何を言われても梃子でも動かないという姿勢が見えたので、結局はもらうことになったけれども、どうしても借りとは何なのか気になり尋ねてみる。しかし、鯉登さんは眉間にしわを寄せ、とても嫌そうな顔で顔を蹴られた時とだけ答えた。蹴られたときに借りが出来るというのがわからず首を傾げても、尾形さんに聞けばわかるからあの世で会ったら聞けばいいなどと言われた。そもそも、死んだとしても尾形さんに会えるのだろうか疑問が残るところだ。しかし、これ以上話す気もないようなのでこの話はここで終わりになる。
その後も何かと気にかけてくれた彼に言われた言葉で実感したことがある。女一人で生きるのは大変だから結婚するべきだ。
確かに現代ならば便利な機械が代わりに働いてくれるし、重い荷物は宅配してもらうこともできた。けれどこの時代では自分でやらないといけないし、知り合いに手伝ってもらうにしたって毎回は気が引ける。食べ物だって潤沢にあるわけではないし、北海道の寒さをしのぐのにも現代の住環境と比べれば難易度が違う。
現代で言えば早死にと言える歳で死んだけれど、後悔はしていない。
私は私なりに頑張って生きた。尾形さんほど頑張れたかといわれるとそんなことはないだろう。でも、もし会えたら「お前にしてはよくやったんじゃないか」くらいは言ってくれるんじゃないかな。
小高い野原から田園が広がる。その野原には、見慣れた白い布に包まれたオールバックの頭、右隣にはいつも大事にしていた銃が置かれている。どうしたって見間違えようがないその姿に、思わず走り寄った。
現代の便利な暮らしとはほど遠く、毎日の生活だけでも大変な明治で暮らした体はあちこち弱っていた。そりゃあ死んだのだから体のどこかが悪くなっていたのだろう。昔のように、金塊探しをしていたときのように動く体ではもうなかった。けれど動かす足はだんだんと軽くなっていく。私が尾形さんと一緒にいた頃のように。
向けられた背中にすぐ触れる距離まで近づき足を止める。傷の痛みに耐えるところ見てきたので優しく抱きついてみれば、その体は温かく、生きていた頃を感じさせた。
「尾形さん」
「久しぶりだな」
「尾形さんにまた会えるなんて思ってもみませんでしたよ」
「何でだよ。俺はそんなに薄情者に見えたか」
「そんなことないですよ。尾形さんは表情筋をわざと殺してるから勘違いされるだけで、義理堅いところあります」
「なんだそりゃ」
振り向いた尾形さんの右目は動き、見慣れた顎の縫合跡はなくなっていた。驚いて目の前に移動しまじまじと顔を見ていると、ふっと笑われ左頬を撫でられる。
「よかった、傷治ったんですね。もう痛いところないですか?」
「ああ。お前もないだろ? 死んだら次の生のためにあちこち修復されるみたいでな。俺はそれなりに時間かかったが、お前はそうでもないだろうさ」
どうやら死んだら体の傷は治してくれるようだ。いつまでも痛いのは嫌だしそれはありがたい。久しぶりに見た両の目や初めてみた縫合跡のない顔に嬉しくなり、頬を撫でた。
最初は気分良さそうにしていたのに、目をそらし何か言いにくいことがありますと言わんばかりの表情をしている。
「悪かったと思ってるんだ。☆☆一人置いていったこと。本当はまだ死ぬ気はなかったんだが、理性で保ちきれなかった」
尾形さんがこんなこと言ってくれるとは思ってもみなかった。
私は尾形さんが端々に見せる優しさが好きだった。憎まれ口をたたきながらも、あまり役に立たない私の世話を焼いてくれるのだ。窮地に陥ったなら、私を見捨てるなり囮にすればいいのに助けてくれるのを優しいと言わずに何と言おう。だから、尾形さんと明確に結婚を約束したわけでもないし、恋仲になったわけでもなかったけど、一人でいた。好きだから。
思いがけず好意のようなものを受け取り、どういう顔をすればいいのかわからなくなり下を向いた。水仕事や力仕事でガサガサになった私の手を軽く握り、甲を親指で撫でる。少し顔を伏せたままちらりと上目で見ると、慈しむような優しげな目で手を見ていた。
「ガサガサで触り心地悪いでしょう」
照れ隠しに可愛げのないことを口走るも、尾形さんはにやりと口角を上げる。
「こうもボロボロになったのは一人で頑張ったからだろう? 俺のことを想ってくれていたから、他の男を勧められても結婚せず俺の墓なんかの世話をしてくれてた。そんなお前を悪く言うほど、俺は腐った野郎じゃねえ」
「なんで私がお見合い話を断ったの尾形さんが知ってるの」
「ここでもお前たちのことは見ようと思えば見えるんだよ」
話を変えるように尾形さんは広がる田園の方を指さすと自信ありげに、そして褒めろと言っているような目で伝えてきた。
「この田畑は俺が作ったんだ。ここからじゃ見えにくいが家もあるぞ」
「えっ、尾形さんが? こんなに広いのを? 一人で? すごいですね」
「いや、農家代表として宇佐美が手伝いっつうか指導しに来た」
「宇佐美さん? 」
「鶴見中尉殿の部下で俺と同じ階級のやばいやつだ」
「やばいんですか」
「常人がしないようなことをするときがあるが、基本的には問題ない」
「そうなんですか、じゃあ平気かな……」
まったく想像つかないけど、問題ないというなら大丈夫なんだろう。ただ、初対面のときに「この人がやばい人か」とか思っちゃって、顔に出たらどうしよう。
私を左隣に座らせると、右手を繋がれる。右側の特等席は大切にしている銃だ。
「尾形さん今も銃を大事にしてるんですね」
「まあな。俺が生きていくためになくてはならなかったものだからな。といっても、今は畑仕事はするが猟はしてねえから、銃より鍬のが使い慣れてる」
「いいんじゃないですか? 尾形さんは何使っててもかっこいいと思いますよ」
かっこいいと言われると思っていなかったからなのか、驚いたようで、彼の特徴的な目はキュッと細くなった。そういうところもかわいい。惚れたら負けとはこのことだ。
ちょっと猫背気味になり、いきなりキョロキョロと落ち着きなくそわそわした雰囲気になった。どうしたのかと見ていると、こちらを向いた顔は耳が少し赤くなっている。
「死んでて言うのもあれなんだが、しばらくはここにいるだろうから、その、あれだ。もし☆☆が良ければ、俺とここで新婚生活ってものをやってみないか? お前が気に入るかわからんが、家もあるし」
いつもは長く話し続けることはしないのに、緊張しているのか照れているのか、ぼそぼそと口は動き続けている。鶴見中尉やほかの兵たちは少し離れたところで生活しているとか、そこで暮らすと私が落ち着かないかもしれないからここに家と畑を作ったこと、意外とほかの兵も手伝ってくれたことなど話していた。
断られたら嫌だからなのか理由はわからないけれど、伏せ気味に、珍しくよく話すその口に唇を合わせた。
「私が尾形さんの一緒にいるのを断るとでも? 」
「もしもってこともある。女心と秋の空って言うだろ。男心と秋の空とも言ったが、俺は絶対に浮気しないから当てはまらない」
「それなら私だって当てはまりませんよ。死ぬまで心変わりしてないんだから、今更しません」
少し近づけばまたキス出来る距離感で言い合う。
どっちの方が好きか張り合っているようでおかしくなってしまい、くすくすと笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「だって、尾形さんといることは決まってるのにこんな言い合いしてるんですもん。可笑しくなちゃって」
立ち上がり、繋いだままの手をゆるく引く。私の考えを察し、尾形さんも銃を持って立ち上がったのを見て田畑の方を指さした。
「尾形さんたちが頑張ってくれたお家見せてください。絶対気に入る自信ありますよ」
「そうかよ。なら近いうちに厳つい野郎どもを紹介するから、あいつらも気に入ってやってくれよな」
「もちろんです」
引き寄せられ軽いキスをされる。
今度は尾形さんに手を引かれ歩き出す。これから一緒に住み始めるのに気が早いけれど、生まれ変わっても尾形さんと一緒にいたいと強く思った。
2022/04/21