短編
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私と尾形さんが出会ったのは雪深い山の中だった。
家でゴロゴロしていたら眠くなり、そのままうたた寝していたら寒くて目が覚めたのだ。部屋着用の大きめパーカーにデニムといった格好に靴下という雪深いところに似つかわしくない服装だった。防寒着もなければ靴さえもない。けれど握っていたスマホは持っていた。なぜいきなりあったかいお部屋から辺り一面雪だらけの場所に移動したのかは知らないけれど、とりあえず警察に電話してみようと電源をつけても絶望の圏外の文字。終わったなと思い膝を抱えた。どうしたものかと靴下が雪で湿ってくるなか考えていると、私が横になっていた木の根元の右ななめ後ろに荷物のようなものが置いてある。まあその荷物の持ち主が尾形さんだったわけだけど、戻ってきた尾形さんに銃を向けられるわ怪しまれるわで大変だった。でも靴も履かずに雪の上を歩こうとする人もそうそういないわけで、偶然持っていたスマホで写真や動画を撮ってみせてどうにか納得していただいた。
未来から来たかもしれないということに少しは私に興味のようなものをもってくれたようで、嫌みを言われつつも運んでもらった。そのあとは町で靴を買ってもらい、茨戸での騒動を経て新撰組で有名な土方さんや永倉さんたちと行動をともにすることになったのだ。
朝ご飯の後片付けを家永さんとしたあと、みんなから遅れて二人分のお茶を入れる。美味しいお茶の入れ方を知らなかったので、家永さんに教えてもらっているのだ。なので、みんなのは家永さんが入れて、家永さんと自分のは私が入れて上達具合を見てもらっている。土方さんたちの隠れ家にお邪魔させてもらって早数日、少しは上手になったらしい。
いつも気づいたらいない尾形さんが珍しく居間でのんびりお茶を飲んでいる。これは聞いておきたかったことを尋ねるチャンスだ。
「尾形さんの誕生日っていつなんですか?」
「なぜそんなことを答えにゃならん」
なんともつれない言葉を返してくれる人だろうと思うけれど、これは尾形さん的には「理由によっては答えてやらんこともない」と言っているはず。教えてくれる気がこれっぽっちもないなら、無視するか知らんとでも返してくると思うのだ。まだそんなに長くない付き合いだけれどそう思う。
「私は友達の誕生日はお祝いしたいタイプなので、尾形さんの誕生日も覚えたいです。お願いします」
「……友達?」
俺とお前が?と続いて聞こえてきそうな視線を向けられる。
そうですよ! 私からしたら尾形さんは雪山から助けてくれて無一文で足手まといなのに面倒見てくれている恩人であり、たまには雑談してくれる友達ですよ! 雑談してくれるのは本当にたまにだけど。
「俺はお前を口を利く荷物だとは思っているが、友人だと思ったことはない」
「喋る荷物であり友人ということにはなりませんか……?」
「ならんな」
フンと鼻で笑っている。このニヤニヤした楽しそうな顔はからかっているのだろうか。それともわりと本心で言っている? うーん、わからない。
なんと言ったら友達にしてくれるのかうんうんと考えていると、見かねたのか藤のリクライニングチェアで新聞を読んでいた土方さんが声をかけてきた。
「娘さんがわざわざ聞いているんだ。誕生日くらい教えてやったらいいだろう」
「ジジイに言われる筋合いもない。そもそも、誕生日に歳とる満年齢が導入されたといっても、元旦に歳とるのが一般的なんだからどうでもいいだろう」
「私の時代では誕生日に祝うのが一般的になりました! 」
「ほう、普及したのか。それは喜ばしいな」
表情筋が全く動いてないあたり、本当に思っているのか甚だ疑問なところだ。まあだいたいこんな感じのときが多いけども。
時間が経ち温くなったであろうお茶をグイッと飲み干したあと、尾形さんは立ち上がり出かけて行った。用があれば一緒に連れて行ってくれるので、今日は特にないのだろう。
「気にするな。女の扱いに慣れていないだけだ」
「んんっ、はい、大丈夫です。助けてもらった上に面倒見てもらっていますし、いつどうなるのかよくわからない不審者なので……って、あっ、そっか! 」
練習中のお茶を飲み込み土方さんと話していると名案が浮かんだ。そうだ、私はおそらく未来から来たであろう不審者だった。そうであるならば話は早い。今すぐ相談だ!
「家永さん、今日買い出し行きますか?」
「ええ、行きますよ。重いものを買う予定なので牛山様にも手伝っていただきます」
「本日も色々覚えましょうね」と笑顔で続きの言葉をいただいた。
明治時代に来てからは、わからないことや常識的なことは尾形さんに教えてもらっていた。土方さんたちと一緒に行動するようになってからは、家事や買い物、金銭感覚などを家永さんが教えてくれるようになった。一銭って言われてもどれくらいかよくわからないんだもの。
話は逸れたけれど思い立ったが吉日、午後決行だ。
▽
「で、なぜ俺に団子が三本も出てくるんだ?」
「私たちはもう食べたからな。お前が帰ってくるのが遅いからだ」
「そうだぜ。せっかく嬢ちゃんが俺たちに誕生祝いをしてくれたのに」
そろそろ夕飯の支度の時間だという頃、鳥を捕って帰ってきた尾形さんを居間に連れて行きお団子を出す。訝しげな顔をしてお団子と私を見る尾形さんに土方さんと牛山さんが理由を伝えてくれた。
「誕生祝いだと? なんだ、俺に日にちを聞くのは諦めてジジイどもとまとめて祝うことにしたのか」
「そりゃあ教えてくれたら嬉しいですけど、私気づいたことがあって。仮に尾形さんの誕生日を教えてもらえたとしても、そのときに未来に戻ってしまっていたら何も出来ないなって思ったんです。だから、一緒にいられるうちにお祝いしようと今日買ってきました」
永倉さんにもらったお小遣いからですがと小さめの声で申告する。とはいっても、尾形さんは私がお金持ってないのは知っているから華麗にスルーされた。
「それにしたって三本は多いだろ。年寄りには多かったんじゃないか? 」
「お前以外は二本だ。その一本は☆☆が己の分から渡したもの、しっかり食え。」
「そうだぞ尾形。それに嬢ちゃんは自分の分をなしにして四本にする気だったんだからな」
「永倉さん、牛山さん、それは内緒にしてくれるはずじゃ」
「こういうのはわからせておくほうがいい」
「そう、永倉のジイさんの言うとおり」
「あの、えっと……いつもの感謝の気持ちなのでよかったら食べてください」
どうにもいたたまれない気持ちになり、お茶を入れてくると奥に引っ込んだ。みなさんのはもう出してあるので、追加の尾形さんの分だけ。それに、熱々のを好まないようなのでお湯を沸かす時間も少し減るだろう。この恥ずかしい気持ちをさっさと静めないといけない。
部屋と土間の間にある廊下のようなところに腰掛け、パチパチと燃える木を眺めながらお湯が沸くのを待っていると、尾形さんに「おい」と声をかけられた。
「ごめんなさい、遅かったですか? もう少しで出来ると思うので、もうちょっと待っててください」
「……熱くなくていい」
「はい、ちょっと温めにしますね」
人一人分くらい空けて右隣に座り何か話すこともなく数分くらい経った頃、もしかして渡すなら今なのではないかと気づいた。
土間にある台の上に置いておいた野花を手に取る。使っていない湯飲みに水を入れて置いておいたので、まだ元気そうだ。
「お花、嫌いじゃなければどうぞ」
「お前が摘んできたのか」
「はい、お団子はもらったお金で買ったものなので、なにか自分で取れるものといったらお花くらいしか思い浮かばなくて。このお花、名前はわからないですけど、黄色い色が尾形さんの軍服の黄色と似ていて綺麗だなと思って選びました」
左腕の袖口の黄色い三本ラインに寄せてみると、けっこう似た色をしている。
軍服を着ている尾形さんは着慣れている感じがするから、軍人になって長いのだろうか。よく新人や新入生がスーツや制服を着ると着られている感じが出てしまうから。そんなことを考えていると尾形さんの右手がお花を摘まみ上げた。
「一月二十二日」
「えっ? 」
「何度も言わせるな。そんなに俺の誕生日を祝いたいなら、来年までいて俺に直接言うんだな」
立ち上がり背を向けどこかに行くそぶりを見せたけれど、振り返り顎で何かを指した。
「沸騰しすぎだ。冷ましてから茶を入れろよ」
「はい! 」
言われたとおり冷ましてから入れたお茶を持って行くと、尾形さんはお団子に手をつけておらず、差し出したお茶を一口飲んでから食べ始めた。
気がつくのは当分先のことだけれど、尾形さんはこのときのお花を押し花にして持っていてくれた。
2022/01/22