短編
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百ちゃんと付き合って三年、同棲して二年が経った。
同棲するきっかけになったのは、お互い仕事が忙しいときはほとんど会えなかったことだった。私が忙しいときと彼が忙しいときは重ならず、二ヶ月まともに会えないということもある。
一緒に住もうと言われ、家はどうするのかという話になると、百ちゃんの家なら一緒に住めると言われた。たしかに百ちゃん家は一人で住むには広く、物もあまりないため、引っ越そうと思えばすぐにでもできる状態だった。むしろ私の荷物のほうが多くなるだろう。
そんなこんなで始めた同棲生活は非常に良好だった。
たまには喧嘩するものの、穏やかで居心地の良い日々だ。喧嘩してもすぐ仲直りするものばかりだった。驚くことに日を跨いだことがない。皮肉屋だけど大事なところで口下手な彼は、行動で示してくる。いつもは私がしている家事をやっていたり、ご飯を作ったり、お菓子や花束を買って来たりする。特に夜に喧嘩したとなると行動も早い。どうにも一緒に寝ることは譲れないらしく、寝る前まで喧嘩中だと蜂蜜入りのホットミルクを二人分作って持ってくるのだ。私の様子をチラチラ窺いながら飲んでいるさまは叱られた子供のようで、そのまま仲直りしてしまう。
惚れたら負けとはよく言うが全くその通りで、大概のことはかわいく見える。これはもうどうしようもないなと思い、結婚を考え始めた。
最近結婚した仲の良い同僚は逆プロポーズをしたと言っていた。なのでメッセージアプリで聞いてみたところ、私もしたらいいとおすすめされた。だけど、フラれたら立ち直れるかわからない。非常に不安な気持ちになったので、次の日に共通の友達である白石さんに聞いてみた。すると絶対大丈夫だと返ってきたのだ。絶対は言い過ぎだと返しても、「絶対は絶対だよ。賭けだったら100%勝ちが予測出来る最高のネタだね、俺なら全財産賭けちゃう」なんてことを言われた。ここまで言われたので、私も勝負してみることにした。負けたら白石さんと飲みに行って慰めてもらって、おごってもらうことにする。
今日は金曜日。
先週逆プロポーズの相談をして、思い立ったが吉日ということで準備を進めてきた。とは言っても、大したことはしていない。いつも通りが百ちゃんは喜ぶと言われたのだ。
百ちゃんの家庭事情はかなり複雑だ。
祖父母の家にお母さんと住んでいたけど、数年でお母さんは病死したという。祖父母との関係は良好で本人曰く、おばあちゃん子なのだそうだ。ただ、高校生になった頃から異母兄弟の弟が訪ねてくるようになったのが煩わしいと言っていた。私からは聞いていないのであまり詳しいことは知らないけど、機嫌がすごく悪いときは花沢家関連のことが多い。
だからなのか、以外にも平穏な毎日を過ごすのがを好んでいる。派手な遊びもしないし、お酒を飲むにしても家でのんびりやっている。
白石さんは、レストランとかでするよりも家でやったほうが良いとアドバイスしてくれたと理解している。
なので、彼の好物であるあんこう鍋を作ることにした。お高い日本酒も注文している。あんこうもお酒も金曜日の14時~16時に来るよう時間指定してある。
残念ながら午後休しか取れなかったけれど、荷物が来る前になんとか家に帰ってくることが出来た。事前にお花屋さんで注文しておいた花束も受け取ってきたし、食材もちゃんと買って来た。なのに、どうして玄関から鍵を開ける音がするの?
ビクリと肩が跳ねた。こんな時間に百ちゃんは帰って来ないはず。なら泥棒? どちらにしてもタイミングが悪い。
とりあえず隠れなければと物音がしないように、花束とエコバッグ、鞄を持って寝室に入った。身動きせず息を潜めていると、扉の開閉音がする。迷いなく歩いてくる足音に、そのまま耳を澄ませば、「さすがに一人で行くのはキツかったな」と百ちゃんの小さな声が聞こえた。
ドアをそっと開いて見てみると、ディズニーの風船を何個も持っていた。
「えっ」
驚いて思わず声が出てしまうと百ちゃんはこちらを向いた。驚いた顔をして固まって動かなくなってしまったので、ドアを開けて近付いたらハッと我に帰ったようだった。どうしてディズニーの風船や袋、二つのポップコーンバケットを持っているのか聞こうとすると腕を掴まれた。
「なんでこんな時間にここにいるんだ?」
「えっと」
「会社に行ったんじゃないのか? なんで男にやるようなラッピングの花束なんか持ってるんだ。浮気か」
「そうじゃなくて……」
いや、私も聞きたいこといっぱいある! けれどそんなことを言ってる場合ではない。
訳を言えば逆プロポーズはバレてしまうし、言わなければ疑われたまま。どうしたものかと考えていれば、インターホンがなった。もう荷物が来てしまったようだ。今日に限って早いとはなんてタイミングが悪い!
インターホンの音が聞こえると、百ちゃんの目は更にほの暗くなった。
握っていた風船のおもりをパッと放し、袋を床に置く。ミッキーマークのおもりが音を立てて床に落ち、カラカラ鳴りながら糸を解放し伸ばしていく。その音を気にする様子もなくスタスタと玄関に向かった。
「ちょっと待ってよ! 私が出るから!」
「お前にちょっかい出した野郎の顔を拝んでやるから、お前は来るな」
完全に勘違いしている。
大事な花束をソファの上に立てかけてあとを追う。呼びかけようが服を軽く引っ張っても止まる様子はない。長くない廊下はすぐに玄関に着き、扉は荒っぽく開けられた。
「こんにちはー! 宅配便でーす!はんこお願いしまーす!」
元気な宅配便のお兄さんが現れると、百ちゃんはまた固まった。その隙に、私は玄関に置いてあるはんこを持ち前に出た。
「はい」
「彼氏さんとディズニー行ってきたんですか?」
「えっ、ああ、はい。そうなんです」
「良いですね~。俺もディズニー好きなんですけど、なかなか行けなくて。あ、はんこありがとうございます!お荷物どうしましょう? 」
「私が持ちます」
「少し重いので気を付けて下さいね。ありがとうございました~」
爽やかなお兄さんにお礼を言って扉を閉める。
百ちゃんを見れば、首から二つのバケットを首からぶら下げたままだった。確かにこれはディズニー帰りに間違われてもおかしくない。中身も満杯に入っているし、帰る前にポップコーンを買ってきたように見えるだろう。
大事なあんこうちゃんを抱えながら鍵を閉め、いまだ動かない百ちゃんに声をかけた。
「百ちゃん、リビング戻ろう? 」
話しかけても反応がない。仕方がないので一度段ボールを置き、顔の前でひらひらしても体を軽く揺すっても反応してくれない。さて、次は何をしてみようか考えようとしたところで、いきなり抱きしめられた。
「疑った俺が悪かった。頼む、許してくれ」
力強く抱きしめられて身動きができない。でもそれはいいんです。問題はほかにあります。バケットに挟まれているんです。
「百ちゃんちょっとでいいから話して? 」
「いなくなりそうだからやだ」
「いなくならないよ。私ポップコーンバケットに挟まれてるの直したいだけだから」
「それでもいやだ」
押し問答していると、あんこうがかわいそうなので、とりあえずこのままリビングに移動することにした。百ちゃんは後ろ向きのまま歩き、ドアも後ろ手で開けている。私は百ちゃんに会わせて歩を進めた。
私が移動することに不安を覚えるようなので、百ちゃんがあんこうの段ボールを取りに行った。もちろんバケットは外してある。その間に、私は風船の数を数えてみると、七個だった。いつもディズニーに行ったら帰り際に買って帰る風船好きな私には、とても嬉しい光景だ。
「クール便ってことは食いもんなのか? 」
「そうだよ」
このまま気まずいままじゃプロポーズできないし、もう言っちゃおうかな。ムードのかけらもないけど、そんなこと気にして関係にヒビでも入ったら元も子もない。覚悟を決めて今日を迎えたのだから恥ずかしがらずにしっかり言わなければ。
立てかけた花束を持って百ちゃんに向き直る。
「実はね、百ちゃんにプロポーズしようと思ってたの。この花束も百ちゃんにだよ」
ずいっと花束を差し出す。驚いた反応を見せるかと思っていたけれど、額に手を当ててぶつぶつと何か言っている。
なかなか大きい花束なので、腕を伸ばしたままなのはちょっとつらい。もしかして嫌だったのかな。付き合うのはいいけど、結婚はしない主義とか。腕がきついのと、不安になったのとで引っ込めようとすれば、慌てたように花束を受け取った。
「すまん、受け取る。花束は貰うし、結婚もする」
「……よかった。嬉しい」
ぐだぐだだけれど、OKをもらえたことはとてもよかった。
喜びを噛みしめていると、かわいいラッピッングが施された箱を渡されたので両手で受け取る。開けてみるよう言われたので丁寧に包装を解いていくと、キラキラと輝くガラスの靴が現れた。
「これって……」
「俺もプロポーズしようと思ってたんだよ」
「一人で買いに行ってくれたの? 」
「ああ、そうだよ。カップルだの家族連れだの友達同士だのに紛れて買ってきたんだ」
照れくさいのか目をそらし、ぶっきらぼうに言う。私のためにわざわざ買いに行ってくれたことがすごく嬉しい。喜びを抑えられず、テーブルの中央にガラスの靴を丁寧に置いて百ちゃんに抱きついた。
「すごく嬉しい! ありがとう! 」
「そりゃよかった」
あっさりとした口ぶりなのに、抱きしめ返される腕は力強い。顔を見ようにも、頭に置かれた手に阻まれる未来が見えるので大人しくしておこう。
「風船もいっぱい買ったから注目されたんじゃない? 」
「まぁな。だが、絶対必要なものだったんだから別にいい」
「絶対? 」
「お前言ってただろ。子供のときから年に一回家族で行くときは帰りに必ず買って帰るって。これからは俺と家族になって増やしてくれよ」
たしかに言った。百ちゃんと初めてディズニーランドに行ったときに、友達と行くときは電車だから久しぶりに買って帰れると。ただ、百ちゃんと行くときは車を出してくれるから久しぶりに買えるってことで言ったのだ。
私にとって風船は思い出の品だ。
一日楽しかった気持ちともう帰らなければならない寂しさのなか、お母さんと並んで気に入ったものを買って貰う。家に帰っても、朝起きてからや学校に行く前、帰ってきてからや寝る前などしょっちゅう見ては楽しい気持ちになるのだ。
ふわふわと浮かんでいたのがだんだん元気がなくなりしぼんでいく。浮かべなくなってしまったら、残りのガスを抜いてきれいに畳んでしまうのだ。それは百ちゃんと一緒に行って買った二つもちゃんとこの家に保存してある。
友達と行ったときは、代わりにバケットを買って一日使ったのをとっといてあるけれど、風船のほうがわくわくする気持ちが強い。
「覚えてたの? 」
「当たり前だろ。俺が初めて行くからって、混まない日を選らんだり並ぶ時間が少なくなるようにしたりしてただろ。最初はお前が楽しいならいいかと思って行ったが、俺もけっこう楽しかったんだぜ」
「め、珍しいね。百ちゃんがそんなに褒めてくるなんて」
「今言わなかったらいつ言うんだよ。まだまだあるんだから聞いてくれ」
いつも言わないくせに、いきなり言われたら恥ずかしくて死んでしまう。
恥ずかしくてちょっと離れようと身動きしても、腕は緩まない。それどころか頭を固定され、耳元に唇を寄せてきた。
「☆☆、俺と結婚してくれ。一生大事にする」
「……よろしくお願いします」
「友達だかにプロポーズ勧められてるのを見たときは焦ったぜ。それから急いで準備したのに、まさか同じ日になるなんてな。お前に先を越されちまったのはちょっと残念だ」
大人しくされるがままになっていたら、思わぬ爆弾発言だ。驚いてちょっと固まってしまった。
私がプロポーズの相談をしたことを知っているなんて。いつバレたのだろう?お互いスマホは見ていいことになっている。けれど、既読になっていなかったから知らないものと思っていた。
「なんで知ってるの? 」
「あの日、俺に寄りかかってソファで寝てただろ? テーブルに置いてあったスマホの通知が見えたんだよ」
「あ、そっか。でもよく見えたね」
「非常に視力がいいもんでね」
最初の文に逆プロポーズの単語があったからそれが見えたのだろう。まあ、何はともあれプロポーズは成功したのだから細かいことはなんでもいい。
百ちゃんが離してくれないのでそのままくっついて話していたけれど、あんこうのことを思い出して急いで中身の確認をしたときにあんこう鍋を作ろうとしていたこともバレてしまった。
その後、あんこう鍋を一緒に作っているときに、百ちゃんも晩ご飯を作ってくれようとしていたことがわかった。なので、明日は一緒に買い出しに行って作ってもらうことにする。
一緒にあんこう鍋を食べる前に、真ん中にパール、両端にメレダイヤモンドが付いたデザインの指輪をもらった。私と同じ準備期間なのに百ちゃんはすごく準備してくれていた。本人が言うにはたまってた有給を使ったらしい。
すごく嬉しいけれど申し訳ない気持ちももちろんあるので、当分は百ちゃんのお願いを聞くことにする。まずは、籍を入れてディズニーに行くことだろう。家族としてね。
2020/12/5