これからともに
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「ヴァシリ、ひっくり返すぞ」
言ってる意味を理解していないヴァシリに身振り手振りを交えて伝え直した。
☆☆に教えられたようにひっくり返した寝台のネジをドライバーで外していく。☆☆は明日やればいいと言ったが、今日やっておかないと俺だけ一人で寝ることになる。
今日☆☆に抱き着いて寝る権利をヴァシリに譲ったのだ。車を返しに行くときに交わした約束だ。☆☆と二人になりたかったから仕方なく条件を呑んだ。
ヴァシリとぽつぽつ話しながら作業を進める。この調子なら二人でやればそんなに時間はかからないだろう。
手を動かしながら先ほどの帰り道を思い出すと、心が満たされている感じがする。☆☆は俺と一緒にいてくれると言った。明治の時代に戻っても☆☆が隣にいてくれる。子供の頃からずっと望んできたことだった。
俺はずっと誰の一番にもなれなかった。
母の一番は父、父の一番は本妻か勇作さんだろう。それとも他の人だろうか、まあ少なくとも母と俺ではない。ばあちゃんは俺を可愛がってくれたが、一番ではないだろう。
一番にこだわるのがおかしい?それを言えるのは愛されて育ったからだと俺は思う。人間はないものねだりをする生き物だ。金、地位、名誉、物や愛、人間は自分が持っていないものを欲しがる。
俺は愛されたかった。ただ俺を受け入れてくれて、必要とされたかった。でも駄目だった。
俺だって努力したさ。母上にはあんこうの代わりにと鳥を撃った。父上には鯉登親子のときのように、勇作さんがいなくなったら俺に関心が向くのかと思い言ってみた。
やり方が悪いと言われても、俺にはどうやるのが正解かなんてわからない。わかっていたら上手くやってる。
だから俺は鶴見中尉のいうことを聞いていたんだ。途中までは。
俺のことを信頼して、認めてくれていたんだと思っていた。だから俺は汚れ仕事もこなしていた。なのに、勇作さんが軍の士気向上に役立っているからと殺さないと言い出した。そこまでなら別にいい。鶴見中尉は勇作さんや父上を手に入れたかっただけだったのだ。俺は二人を手に入れるために必要だっただけ。そして、汚れ仕事をし、手足となる駒であり勇作さんの代わりだ。
結局は俺自身が必要とされていたわけじゃなかったんだ。
☆☆と離ればなれになってから、俺なりに努力して生きてきた。銃の腕も磨いたしロシア語も覚えた。上等兵になったのも努力した結果だろう。
口が悪いのも、性格が悪いと言われているのも山猫と言われているのも知っている。それでも☆☆のように他の人も俺を受け入れてくれるかもしれないと思ったんだ。俺は一度、愛と言えるものを知ったから。けど違った。
心が満たされていたのは☆☆と一緒に暮らしていたときだけだろう。☆☆は俺のことを一番に考えて生活していた。ヴァシリが来てからは少し揺らいだが、概ね満足していたから問題ない。だから☆☆が俺の時代に来たら、俺の一番として大切にする。
俺と永遠に一緒にいてほしい。俺に祝福をくれた姉さんと、ずっと一緒にいたいんだ。
「ひゃく、ベッドうごかす」
「ああ、そっちの隅でいいだろ」
ヴァシリと足を外した寝台を部屋の隅に持っていく。寝台の足と工具も隅に移動した。子供のころの大事な思い出の品は☆☆の机に並べる。考え事しながらだとあっという間だった。
掃除もやっておくか。確か床掃除用の道具が洗面所に置いてあったはずだ。名称は忘れたが、拭き掃除できるやつだ。長い棒がついていて、立ちながらできる便利なもの。
お目当てのものを見つけ部屋の掃除をしていると、ヴァシリが紙に何か書いているようだ。俺の掃除が終わるまでは好きにさせとくか。
☆☆の布団と、今日買ってきた布団を部屋の中央に並べ、だいたいすることが終わり一息ついていると、☆☆が声をかけに来た。
「二人ともご飯できたよ」
「▲▲、ごはんなに?」
「焼きうどんだよ。もうベッドの解体終わったんだね。すごく助かっちゃった。ありがとう」
ヴァシリの頭を撫でながら礼を言う☆☆が目に入る。面白くない。
俺の気持ちが顔か目に表れていたのか、☆☆は俺に寄って来ると頭を撫でてきた。
「百ちゃんもありがとう。掃除もしてくれたんだね」
「時間があったから……」
急速に気分が良くなってくる。自分でも単純だと思うが、不思議なことに☆☆に撫でられると大概のことはどうでもよくなる。気に入らないこともすぐに忘れられる気がする。こびりついてるのは無理かもしれないが。
「クイックルワイパーの置き場所よく覚えてたね」と言われ、そういえばそんな名前だったと思い出した。使い方を覚えていれば名前なんてなんでもいい。
晩飯ができたそうなので、三人で居間に向かった。すでにテーブルに料理が出され、アシリパたちは座って待機していた。俺たちも座り、いただきますをして食べ始めた。
▼
「☆☆ちゃんてさ、この家に一人で住んでるの?」
「うん、そうだよ」
みんなでご飯を食べていると、杉元さんに聞かれた。そういえば自分のことを言っていなかった。
「一人で住むには大きい家だよね。家賃高そう」
「おい白石、余計なことを言うな」
「え~、だって気になるじゃん。俺たち食べ物と服も買ってもらったんだぜ」
「それはそうだけど、聞き方ってもんがあるだろ」
ためらいなくポンポンお金出してたら気になっちゃうよね。言えるところは教えよう。
「一人暮らしっぽくないこの家に住めてるのは、事故物件で安かったからで、服とか買えてるのはお金が当たったからです」
「えっ、☆☆ちゃん競馬とかやってるの!?賭け事はやらないほうがいいよ!」
「そうだぞ☆☆。賭け事ばかりやると白石みたいになるぞ」
「競馬じゃないよ。それに、たまたま買っただけだから大丈夫」
「え~、それって俺みたいにならないって言ってるの~?俺傷ついちゃう」
悲しげな顔で白石さんに見つめられる。そういう意味で言ったわけじゃないよ!
白石さんに謝りながら訂正していると、アシリパちゃんが百ちゃんに話しかけた。
「尾形は子供のときどうやって元の時代に戻ったんだ?」
「何もしてない。ただ時間が経てば帰れる」
「どれくらいかかったんだ?」
「俺のときは二月くらいだ。時期は夢で見るようになるだろうから、お前らもわかる」
百ちゃんも前兆があるらしい。夢でなにを見てるんだろう。私は秘密って言っちゃったから教えてもらえないかな。
「夢ってどんなのなんだ?」
「前は鳥居が見えた」
他になにかないかと杉元さんに再度聞かれると、百ちゃんは面倒くさそうに「しばらくすればわかる。時が来れば嫌でも戻るから静かにしろ」とつれない態度だ。
食事が再開されれば、お手軽焼うどんもあっという間にみんなの胃袋に収まる。私が後片付けをしていれば、ヴァ―シャがお手伝いを申し出てくれた。
「▲▲のごはんすき」
「ほんと?そう言ってもらえてうれしい。ありがとう」
「ずっとたべる」
相変わらず可愛いことを言ってくれる。さらっと女性が喜びそうなことを言えるのだから、元の時代でもヴァ―シャを好きな人は多いのかもしれない。
雑談しながらやっていると、杉元さんが話しかけてきた。
「尾形が先に風呂入れって言うんだけど、☆☆ちゃん先に入ったほうがいいと思うんだ」
「杉元さん先でいいよ。私は最後に入るから」
私はやることがまだあるし、手の空いている人から入ったほうが効率的だ。
そう言えば杉元さんは申し訳なさそうにしながら、着替えを持ってお風呂に行ってくれた。ちょっと渋っていたけれど。
洗い物もそんなに多くないので、さっさと終わらせた。ヴァ―シャにお礼を言い、テレビを見ているみんなの輪に入ってもらった。
私はアシリパちゃんたちのお布団を敷いていると、白石さんが手伝ってくれた。
「☆☆ちゃんほんといい子だよね。めっちゃ優しいし、あの二人が懐いてるのもわかるわ」
「そんなことないですよ。百ちゃんとヴァ―シャは家族みたいに仲良くしてたから、そう感じるのかもしれないですね」
白石さんはあまり納得していないようだったけれど、実際私は姉のように接したし、お姉ちゃんと呼ばれていた。ヴァ―シャには呼ばれてなかったけど。
二人でやれば何事も早く終わり、白石さんとの布団敷きも完了した。私の部屋はもう敷いてくれていたのでこれで終わりだ。
リビングに戻ると杉元さんは戻っていて、ヴァ―シャがいなかった。お風呂に行ったみたい。そのあとは白石さん、百ちゃんの順でお風呂に入っていた。私が終わるまで待っていてもらうのは申し訳ないので先に寝てていいと言ったけど、待っていると言われてしまった。これは烏の行水をしないといけないですね。
「ほんとに先寝ててもいいからね」
「大丈夫だ。私はまだ起きていられる」
譲ってくれなさそうなので、さっさとお風呂に入ってしまおう。
決まったあとの行動はとても早かった。今までで一番ではないと思うけれど、相当早かった。なので、リビングに行くと驚いた顔をされた。
「そんなに急がなくてもよかったのに。☆☆ちゃんもお風呂くらいゆっくり入りたかったでしょ?」
「大丈夫だよ。みんなで早く寝たほうがいいと思うし」
アシリパちゃんとヴァ―シャの目がちょっと眠そうになっているのだ。
今日は一日慣れない環境で忙しかったし疲れているはず。なので、第一にするべきなのは睡眠だ。もう十一時になりそうな時間だから早く寝たほうがいい。
「そだね。☆☆ちゃんの言う通りもう寝よっか」
白石さんが同意してくれ、みんな寝る準備をしていた。私はとても大事な戸締りチェックだ。
「なんだ、ヴァシリも☆☆と一緒に寝るのか?」
「そう、▲▲とねる。ひゃくもいっしょ」
「尾形ちゃん懐かれてるじゃん。お兄ちゃんになったのぉ?」
「なんだ白石、頭ぶち抜いてほしかったんなら早く言ってくれよ」
「今銃取ってきてやるよ」と本気なのか冗談なのかよくわからないやり取りを聞く。冗談だよね?
「百ちゃん駄目だよ?」
「わかってる。☆☆の家を汚したりしない」
「もうねむい。はやくねる」
百ちゃんがやらない理由にちょっと動揺した。冗談だと思うことにしよう。そして何かあったら全力で止めよう。
ヴァ―シャはもうおねむのようなので、早く布団と仲良しさせてあげないといけない。
アシリパちゃんと杉元さん、白石さんにおやすみをして私の部屋に移動する。
百ちゃんが掃除しておいてくれたからすぐに眠れる。寝る位置はどうするんだろう。
「寝る位置どうする?」
「☆☆の左隣りがヴァシリで右隣りが俺だ」
「▲▲、はやくねる」
ヴァ―シャに手を引かれ、布団に横になった。背中から抱き着かれぎゅっとされる。
二人ともすることが同じだ。
「ひゃくもねる」
「ああ、わかってる」
百ちゃんはタオルケットを取り電気を薄暗くすると、私とヴァ―シャにかけてくれた。
お礼を言いうと、横になった百ちゃんに右手を取られ握られた。百ちゃんの顔の目の前に手を持っていかれると、開いていた目は閉じられた。
おやすみと言えば、二人から返事が返ってくる。また一人じゃない生活を送れるのがすごく嬉しい。良くないこととわかっているけれど、私は出来るだけ長くこの生活が続いたらいいなと思いながら眠りについた。
▼
『おい、百之助』
『起きろ』
何か俺を呼んでる声が聞こえる。寝入ってからそんなに時間は経ってないはずだ。まだ寝たい。
『早く起きろ。俺はあまり長く居られないんだぞ』
まだ起きたくなくて、隣で寝ているはずの☆☆に抱き着こうと手を伸ばした。ぽんぽんあたりを軽く叩いて探すも見つからない。いないことに驚いて目を開けると、紺色の着物を着た肩ぐらいまでの白髪の男が立っていた。
『俺が起こしてやっているのに、☆☆がいないから起きるとはどういうことだ』
ここはどこだ。見渡す限り真っ白い世界が広がっている。どう見てもここは☆☆の部屋じゃない。
『聞いてるのか百之助』
「あんた誰だ」
『俺のこの姿を見たのは初めてだから分からないのは仕方ない。だが、もう少し丁寧に言えないのか?昔のかわいい百之助はどこに行ったんだ』
こいつは俺のことを知っているようだ。☆☆のことも。
いったいどうなってるんだ。昔の俺のことも知ってるようだし、会ったことがあるのか?
『お前に鳥をもらっていた狐だ。あの時は世話になったな』
そういえば子供のころ無駄になった鳥をやったような気がする。だが、そこらにいる狐と変わらない見た目だったはずだ。珍しい特徴があれば少しくらい記憶が残っているはずだ。
「俺が鳥をやったのは普通の狐だったぞ」
『あの時は兄上にちょっといたずらしたら、思いのほか怒らせちまって。罰として眷属から降ろされていたんだ』
つまりどこかの稲荷神社の狐ってことか。
そんなことありえるのかと疑いたくなるが、俺も未来に来るなんてことを体験しているからあまり言えたことではない。
『そんなことはいい。あまり時間がないんだ。大事なことだけ言うからちゃんと覚えておくんだぞ』
狐が言うには、今回俺は長くても三週間くらいしかいられないこと、☆☆を連れて帰るには本人も行く気持ちがないといけないこと、今回の残り日数を示す鳥居の演出が変わることなどだった。
『前回は兄上がやってくださったからな。飾り気があまりないのが兄上の好みだ。良かっただろう?今回は俺がやるから楽しみにしていてくれ』
「そんなことより、☆☆のことについてもう少し詳しく言え」
『口が悪い上にそんなこととは。まあいい、あまり怒ると兄上に叱られる。☆☆がちゃんと百之助と一緒に行く気がないと成功しないってことだ』
それなら問題ないだろう。☆☆は俺と一緒にいると言ってくれた。そう、姉さんは俺とずっと一緒にいるんだ。
ああ、目の前にいる眷属殿が歪んで見えてきた。そろそろ終わりの時間か。
『いいか百之助。お前は詰めが甘いところがあるのだから、気を付けるんだぞ』
『聞いているのか百之助、……ああもう時間か。』
『俺の名は琥珀とする。強く念じれば会えるはずだ。だが、むやみに使うんじゃないぞ。俺は兄上ほどの力はないからな』
必要ないだろうが、そのときは頼むぜ。じゃあな琥珀。
だんだんと琥珀の姿が見えなくなり、真っ白い世界になる。その真っ白い世界からもお別れのようで、俺の意識はぷつりと切れた。
2019/9/13