これからともに
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「私が悪かったよ、百ちゃんお願いだからもう許して」
みんなの寝る支度を終えて私が自分の部屋に戻ってきてから、百ちゃんは私を後ろから抱えて右側の首元に顔を埋め右手を握ったまま黙っていた。
こうなってしまったのには理由がある。私が彼の心を傷つけてしまったのだ。
「☆☆姉さん大丈夫か!?」
私が必死で呼吸を整えていると男性が話しかけてきた。
この人いま杉元さんの顔思い切り殴ってたよ。杉元さん大丈夫かな?というか私の名前知ってたのはなんでなの。アシリパちゃんの声が聞こえたの?でも姉さんって言った?
次から次へと疑問が浮かんでいると彼は私を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこである。
「首を絞められたんだろう。布団で休んだほうがいい」
そう言って彼が私を運ぼうとしていると杉元さんの怒声が聞こえた。
「おいてめえ尾形ァ!!いきなり何しやがる!!その女連れていこうとしやがって、てめえの仲間か!!」
「やかましいぞ杉元。近所迷惑だ静かにしろ」
「ハア!?なに言ってんだお前!」
「やかましいと言っている。今は夜だぞ。わかったら静かにしろ」
この人めっちゃ現代の事情理解してるじゃん。何でだろう?でもそこは非常にありがたい。
とりあえず皆さんに現状の説明をしないといけないのだから休んでいる暇はないのだ。降ろしてもらわなければと白いマントみたいなものを少し引っ張ると、こちらに顔を向けた。
「どうした☆☆」
「あの、もう大丈夫なので降ろしてもらいたいのですが……」
そう言うと尾形さん(仮)は目を丸くしたと思ったらすぐに眉間にシワを寄せ、不機嫌さを隠す様子もなく口を開いた。
「なんでそんなに他人行儀な話し方なんだ」
「いやだって、初対面の人に馴れ馴れしくするわけにはいきませんし」
私の言葉を聞いた尾形さんは唖然とした表情をしていた。
えっなんで?なんでそんなショックですっていう顔なの。私は何か言ってはいけない言葉を言ってしまいましたか?
尾形さんは私を抱く手を少し力強くすると小さな声でぽつりと話した。
「……百之助」
「え?」
「……尾形百之助」
尾形百之助、百之助?
聞き覚えのある名前どころか私が待っていた少年の名前だ。あっこれもしかしてやってしまったのでは?
「……もしかして百ちゃん?」
「……やっとわかったのか」
百ちゃんはため息混じりに言った。
まじか。まだ小さかった百ちゃんがこんなに大きくなってるなんて感慨深い。こっちは一年くらいしか経っていないのに、百ちゃんのところはそんなに時間が過ぎていたのか。
「百ちゃんこんなに大きくなったんだね。あんなに可愛かったのにたくましくなっちゃって。でも腕疲れちゃうでしょ?そろそろ降ろしてくれないかな~」
「なに言ってんだ。いまも昔も可愛いし格好いいだろ?腕の心配はいらないぜ、なにせ軍人だから鍛えてるんでな」
ダメだ全然お願い聞いてくれない。これは怒ってる。機嫌を損ねるとお願い聞いてくれなくなっちゃうのは変わってないのか。しかも大人になった百ちゃんは軍人さんになったらしい。力で敵うわけないのは明白だ。
はやくどうにかしないと杉元さんのなにやってんだこいつらって視線に耐えられない。アシリパちゃんは部屋のものが気になるのか見回している。かわいい。
あっ、そういえばアシリパちゃん狩りの途中でこっちに来たって言ってたよね。いけるかもしれない。
「百ちゃんお腹すいてない?何か作ろうか?」
「ん、食べる」
よし、いけた。
打ち解けてからの百ちゃんは、ご飯食べる?って聞くとすぐ食べるって言ってくれていたのだ。ちょっとご機嫌ななめなときはご飯やおやつを一緒に食べることで解決していた。いまも変わらず有効らしいのは大変ありがたい。
「じゃあこれから作るから降ろしてほしいな」
「ん、わかった」
希望を聞きながらだとけっこう素直に聞き入れてくれるのだ。
お願いを聞いてくれた百ちゃんにご飯を作らないといけないのだけど、ずっと放置してしまったアシリパちゃんたちに言わなければいけないことがある。こんなところを見せてしまって本当に申し訳ないと思ってます。
「あの、みなさんも食事どうですか?変なもの入れたりしませんし、不安なら見ていても大丈夫ですから。満腹になってから説明したほうがいいかなって思ってるんですけど。あとこれ布で包んだ氷なので使ってください」
「いいのか?狩りの途中だったから食事はまだだったんだ。助かる。ほら杉元、ちゃんと使うんだぞ」
アシリパちゃんが受け入れてくれる返事をしてくれたあと、杉元さんが「ちょっとアシリパさんっ」とヒソヒソ話を始めた。相談が終わるまで何をしてようかなと考えていると横から手が差し出される。
「白石由竹です。独身で彼女はいません。付き合ったら一途で情熱的です!」
「は、はじめまして○○☆☆です」
驚きながらも挨拶し握手しようとこちらも手を差し出すと百ちゃんが握手してきた。
「百ちゃん、私いま挨拶してるんだから用事なら少し待ってて?」
「なに言ってる。俺はお前の手を守ってやったんだぜ?白石はしょっちゅう遊郭に行ってるからな。性病でも移ったら大変だろう?」
思わず握手したままの手を引っ込めると「ちょっと尾形ちゃんひどくない!?」と白石さんから抗議の声があった。しかし百ちゃんはどこ吹く風と聞き流していた。ごめんね白石さんあとで握手しようね。
「☆☆、決まったぞ!みんなで食べよう!」
白石さんの抗議を見ていると話し合いが終わったのかアシリパちゃんが話しかけてきた。
「いいの?ありがとう、じゃあみんなで食べようか。なにがいいかな」
みんなが来てから初の食事だ、なにを作ろうかと冷蔵庫を見ていると「簡単なのでいいぞ、急に来たんだ材料そんなにないだろ」と百ちゃんはこちらを気にかける言葉を投げ掛けてきた。「そんな事ないよちゃんとあるから安心して」と返すと少し疑っているような目で見てきた。
確かに今回はあまり時間がないのでお手軽料理だけど、材料は足りるから大丈夫なはずだ。
「☆☆、なにを作るんだ?」
「親子丼にしようかな」
「親子丼?」
「鶏肉と卵、玉ねぎを使うんだよ。ご飯にのせて食べるの」
食材を見せながらアシリパちゃんに説明するが、実演して見せたほうが分かりやすいだろう。いつの間にか近くにいた杉元さんが「親子丼か」とぽつりと呟いた。
「杉元さん親子丼食べたことあるんですか?」
「いや、食べたことはない」
「そうなんですね。じゃあ美味しくできるように頑張りますね」
心からそう思って言ったのだ。はじめて食べるなら美味しいのを食べないと苦手になってしまうかもしれないから。なのに杉元さんに顔を背けられてしまった。えっなんで。確かに私はまだ怪しい人物ですけど、変なもの入れたりしないのに。
「杉元、☆☆が作っているところをしっかり見ておけよ。これが未来の台所だ」
「は?未来!?」
「おい静かにしろとさっきも言っただろう」
「何時だと思ってんだ」と百ちゃんがぼやいていた。
親子丼を作るのは滞りなく出来た。卵トロトロで美味しそうだと思う。作っている間はアシリパちゃんと白石さんの疑問に答えられる範囲で答え、杉元さんと百ちゃんは黙って見ていた。
おかず用に使っている同じくらいの大きさの深鉢のお皿に、レンチンした冷凍ご飯と親子丼の具をのせ完成だ。
「出来上がったので食べましょうか」
ローテーブルにお茶も一緒に置いていく。今日は割り箸で許してほしい。
こたつとしても使っている大きめのテーブルなので、みなさんに座ってもらっても狭そうな様子はない。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
いつもしていたやり取りをするとこちらを見ていた百ちゃんは満足そうに食べ始めた。アシリパちゃんも食べ始め、「ヒンナヒンナ」と笑顔で言っていた。笑顔で言ってくれているからたぶん美味しいのだと思う。杉元さんと白石さんは信じられないものを見る目で百ちゃんを見ていた。
「なにか変でしたか?」
「いや、なんでもない。いただきます」
「そうそう気にしなくていいよ。じゃあ俺もいただきまーす」
「はい、召し上がれ」
みんなが食べているのを見ていると、お皿の中身がもりもり減っていくので気持ちがいい。白石さんは「これ美味しいね☆☆ちゃん!」と言ってくれた。杉元さんは無言だけど大丈夫かな。お口に合うといいんですが。
「ごちそうさまでした」
「百ちゃん食べ終わるの早いね。お粗末さまでした」
「違う」
「えっ?」
「お粗末さまでしたは言わない約束だっただろ」
むすっとした顔で言われた。百ちゃんめっちゃよく覚えてるね?でもあれは子供だったからできたんだけど。大人相手にやるのはちょっと恥ずかしいので、ちょっと変えるのは許して。
「全部食べてくれて嬉しい。ありがとう」
もちろん頭はなでなでした。百ちゃんはとても驚いた顔をしていた。自分でやってほしいって言ったのになんでそんなに驚いてるの。
「えー、尾形ちゃんだけずるーい!☆☆ちゃん俺にもやって~?」
「いいですよ。全部食べてくれてありがとうございます」
そう言いながら白石さんの頭を撫でた。
「わぁーい、☆☆ちゃんありがとう!すっごい嬉しい!」
「☆☆、白石は甘やかすと調子に乗るからやってやらなくていいんだぞ」
「まったくだ。まあ尾形もだが」
「なんだ杉元、お前もやってもらいたかったのか?まあ許さんが」
「は?んなわけねーだろ!」
「えっ、なんで腕つかむの?」
百ちゃんに腕をつかまれたと思ったら、腕を引かれ台所で手を洗われた。抵抗せずにそのまま任せていれば「お前が白石の頭なんか撫でるからだ」と責めるような口調で言われた。だってリクエストされたから……。
「ちょっと尾形ちゃん!毎回毎回俺に対して酷くない!?」
「こいつをいやらしい目で見るからだ。最初の警戒心はどこに行った。死ぬまで警戒してろ」
「うわ尾形ちゃん辛辣……」
最初?最初ってこっちに来たとき?それとも挨拶されたとき?どっちだろ。
「そんなことより、飯も食い終わったんだ。こいつらに説明してやるんだろ?」
「するする!これから説明します!」
テーブルの上の食器をシンクに入れてお茶を入れ直し準備は完了だ。
「とりあえず端的に言うと今の年号は令和って言ういます。まあ簡単にいえば未来です」
「めっちゃ簡単に言うね、☆☆ちゃん」
「だってみんなすごい寛いでるから、そんなに気にしてないのかなって思って」
「前来たときと年号違くないか?」
「譲位されて今年変わったんだよ。百ちゃんのところは年号何だったの?」
「俺は明治だ」
違う時代に来てしまっているのに、なんでもないことのようにお互い軽い口調で話している。それはきっと、百ちゃんはそのうち帰れるだろうと確信しているのと、私はもし帰れなくても一緒に暮らせば良いなんて思っているからなんだろう。
アシリパちゃんと杉元さんは人をダメにするクッションで遊んでいるし、白石さんは置いといた雑誌をパラパラ見ている。百ちゃんは座椅子に座ってテレビを見ている。いつの間につけたの、ていうかシャツ姿になってるしほんといつの間に脱いだの。
「料理しているところを見ればここが未来と言われても納得するしかない。☆☆と尾形は会ったことがあるようだから、戻ることもできるみたいだからな」
「クソ尾形がこんだけ警戒心もなく寛いでるんだから、心配することもないんだろう」
「ねえ☆☆ちゃん、尾形ちゃんが見てるアレ何なの?」
「あれはテレビって言います」
ポケットに入れていたスマホのカメラアプリを起動して白石さんに話しかける。
「白石さんご飯美味しかったですか~?」
「うん、すごい美味しかった~!」
撮り終わった動画を三人に見せる。驚いてテンション上がっていた。
「え~!すごーい!どうなってるのこれ!」
「白石が板の中にいるぞ杉元!」
「ほんとだねアシリパさん!喋ってるよ!」
「これ動画って言うんですけど、他人が遠くで撮った動画をその箱で見れるんです。私あまり説明上手くなくて、ごめんなさい」
だいたいの説明だけど、許してください。
「おい、もう日付変わったぞ。寝床はどうするんだ」
「あっそうだ!布団ないんだった。子供用のが一つあるからアシリパちゃんのは大丈夫なんだけど、あと三枚足りない……」
「俺たちのはいいよ。隣の部屋は畳だったから十分寝られるさ」
最初は怖かったけど杉元さん優しい……。明日必ず布団買うので、今日だけお願いします。あ、もう日付変わってた。いやでも私の中では寝るまでが今日だから。
「え~、俺☆☆ちゃんと一緒に寝た~い」
「ふざけるな白石、殺すぞ」
「ほら、もう遅いんだ。さっさと寝るぞ!」
アシリパちゃんの布団一式と座布団やクッション、タオルケットなど使えそうなものを出しておく。あとはみんなが寝やすい感じに微調整してください。
「あっ靴!もしかして履いたままだった!?」
「みんな脱いだぞ。尾形が脱いで玄関に置いとけと言っていた」
「ほんとだ。百ちゃんありがとう!」
「ん」
私が忘れてたことフォローしてくれて助かった。百ちゃんこっちで生活してたことよく覚えてるなあ。そんな広くないけど間取りも覚えてるっぽいし。
和室を覗いてみると杉元さんは座布団を枕に、白石さんはタオルケットと座布団で段差を作って枕にしていた。
「尾形、なんで☆☆の後ろにいるんだ。お前も寝床を整えろ」
「俺は☆☆と寝る。白石がこいつの布団に潜り込まん保証はないからな」
「えっ」
「なにそれ!俺のこと出しに使ったでしょ!」
え?一緒に寝るの?子供のときは一緒に寝てたけど、もう大人だし駄目じゃない?
「心配してくれるのは嬉しいけど、百ちゃん大人になったのに私と一緒じゃ嫌じゃない?」
「嫌だったら言ってない」
「そうなの?でもなあ……」
「俺はシャワー浴びてくる」
「えっ?いやちょっと、使い方覚えてるの?」
「分からなかったら呼ぶ」
百ちゃんに押しきられてしまった。
アシリパちゃんたちに電気の使い方を教え、エアコンの冷気で寒くなったとき用に薄手のかけ布団など置いておいた。和室にエアコンがなく、リビングから冷気が届くようにしているので引き戸を閉めてもいいと伝えておいた。寝心地の良い室内温度にするのはとても難しいと改めて思った。
まだ食器を洗ってなかったので洗っていると、杉元さんが近寄ってきた。何かわからないことがあったのかな。
「杉元さんどうしたんですか?」
「洗ったままでいいよ、時間取らせないから。さっきは本当にごめん。首とか赤くなってるし痛かったよね。体壁に強く打ち付けちゃったし」
「大丈夫ですよ。そのうち治りますから気にしないでください」
「俺アシリパさん助けないとって思って、つい力任せにやっちゃったんだ。女の子が相手だったのに……」
「いきなり知らないところに来たんですからしょうがないですよ。これから仲良くすればいいんです」
「ありがとう。じゃあ俺にももっと砕けた感じで話してよ、☆☆ちゃん」
「ふふ、じゃあこれからよろしくね杉元さん」
「うん、よろしく」
笑い合いながら仲直りすると、もう遅い時間なので杉元さんは和室に戻って行った。私も洗い物が終わったので、戸締まりの確認などして部屋に戻ることにした。
百ちゃんはシャワーに行ってからリビングに来ていないので、先に私の部屋に行ったのかもしれない。廊下から洗面所の明かりを確認すると点いてないので先に部屋に居るのだろう。
「百ちゃんもう戻ってたんだね。困ったことなかった?」
「髪洗うやつがどれか迷ったくらいだ」
「そっか、子供のときのことなのによく覚えてるね」
「そりゃそうだろう。俺はここでの生活が気に入っていたからな」
百ちゃんはベッドに寄りかかり、胡座をかいて座って寛いでいたので私も隣に座った。
たまに嬉しそうにしていたのは覚えているけど、気に入ってくれていたとは思わなかった。最初はすごく警戒していたけど、けっこうすぐに馴染んでくれたのは嬉しかった思い出だ。
「俺が前来たときに一緒に買ったのちゃんと置いてあるんだな」
「うん、大事な思い出だからね。百ちゃんがここにいた証だし」
ベッドのヘッドボードに百ちゃんとの思い出の品を置いている。一人っ子の私には弟ができたみたいでとても楽しかった。だから百ちゃんが突然帰ってしまったとき寂しくて置いたのだ。
「俺が射的で取った指輪もつけてる」
「せっかく百ちゃんが取ってくれたんだからつけてるよ」
去年一緒に夏祭りに行ったとき射的で取ってくれたのだ。銃は得意だから何か取って贈りたいと言ってくれたときはとても嬉しかった。そしてお祭りから帰って来ると、自分がやると言って右手の薬指につけてくれた。
リングに猫の耳がついていて百ちゃんっぽくてとても気に入っている。
「明日なんだけど、敷き布団三つ買わなきゃいけないけど持てるかな。みんなの服も買わないとだし」
「布団三つも要らないだろ。俺は姉さんと一緒でいいんだから」
「でも男の子は大きくなると女の人とあまり一緒に居たくないのかなって。私よりも年上になってるように見えるし、百ちゃんじゃなくて尾形さんって呼んだほうが良いのかもって思ってたんだけど」
ほんとにそう思っている。大人相手にちゃん付けで呼んでいるけど、ほんとは嫌じゃないのかなと。
百ちゃんは私の両足の下に腕を通し、そのまま自分の足の上に降ろした。なんでまたこんな行動をと思っていると、体を前に向かされ抱き込まれた。右側の首元に顔を埋め右手を軽く握っている。これはまた機嫌を損ねたみたいですね。機嫌を損ねる度に恥ずかしい体勢にするのはやめて欲しい。
百ちゃんは黙って私の右手の甲や指輪を撫でていたが、小さな声で話し始めた。
「いいか、よく聞いてくれよ。俺は思春期なんかとっくに終わった。仮に思春期だとしても☆☆と一緒に居たくないなんて言わないし思わない。あと尾形さんなんて呼び方は絶対にするな」
「そんなに怒らないでよ。ちゃんと百ちゃんって呼ぶから」
「前は俺と一緒にいるって言ってたくせに、今さら離れようとするなんて酷いじゃねえか」
確かに言った。百ちゃんがひっつき虫になったときに、「一緒にいたいの?」と聞いた。「うん」と言うから「じゃあ一緒にいようか」と言ったのだ。そのあとは少し落ち着いたので寂しかったのだろうと思っていた。
今の百ちゃんもそうなのかもしれない。私だって久しぶりに再会したのに、大人になってたからって態度が変わったら悲しい。今まで通りに接しよう、大きくなっても百ちゃんは百ちゃんだ。
「ごめんね百ちゃん、私が悪かったよ。また一緒に過ごすんだもんね。前みたいに仲良くしようか」
「ふん、当たり前だ」
「そうだね。ほらもう遅いから早く寝よう」
「…寝る」
左手で頭を撫でながら優しく言うと拗ねながらも許してくれたようだ。
百ちゃんは私をお姫様抱っこでベッドに降ろし、タオルケットをかけそのまま潜り込んできた。後ろから抱きついた体勢なのですごく密着している。
「百ちゃん暑くない?」
「暑かったらあれ動かせば涼しくなるんだろ?このままでいい」
離れる気はないと言わんばかりの目だ。もう深夜の二時になりそうだ。仕方がないこのまま寝るか。
目覚ましをかけエアコンのタイマーを入れて、部屋の照明を薄暗くして準備完了だ。
「百ちゃんおやすみ」
「ああ、おやすみ」
振り返って言うと思いの外近い距離から返ってきた。腕枕されてたらそりゃ近いか。私の枕は百ちゃんが使っている。触れている部分からも分かるほど筋肉質になっている。大人の男の人になったんだと思うと、密着しているのは恥ずかしいが仕方がない。なにせ時間が時間だ。早く寝ないとほんとに起きれない。もう寝てしまおうと目をつぶれば、あまり時間がかかることもなく眠りに就けた。
▼
俺がまたこっちに来たときも布団の上だった。明治では見慣れない天井に周りを確認すれば☆☆の部屋だとわかる。俺は気持ちが昂った。ガキの頃からずっと待ち望んでいた再会だ。また俺のことを可愛がってくれる。抱きしめてくれる。一緒に寝てくれる。受け入れてくれる。だからこの家で二人で生活して、俺が帰るときになったら一緒に連れていこうと思っていた。なのに今回も俺一人じゃないようだ。この家から杉元の声が聞こえるなんざ最悪だ。ここは俺と☆☆姉さんの家だぞ。
杉元が☆☆の首を絞めていたときなんか頭にきたね。☆☆はオレの嫁になる女だぞ。お前が☆☆に触って言い訳ないだろ。
白石もそうだ。またいつもの自己紹介をしていた。あんなの☆☆に警戒されないために言っただけだろう。白石も☆☆を警戒していたくせに、何が俺だけずるいだ。ずるいわけないだろう。☆☆は俺の姉さんなんだから。なのに☆☆は白石の頭なんか撫でやがった。☆☆は俺のなんだからそんな事しないでほしい 。まあアシリパは許してやる。女同士だからな。
そもそも俺が☆☆を助けたのに、俺がわからないなんて酷くないか?確かに成長すれば顔つきが変わるが、目を見てくれれば分かると思っていた。名前を言えば分かってくれたが、昔に比べて距離を感じた。最初はただ照れているのかと思っていた。なのに、これから一緒に寝ようというところで一緒に寝るのはやめようとするわ、百ちゃんと呼ぶのをやめようとするわ俺の心は酷く傷ついた。ガキの頃約束したじゃないか、ずっと一緒にいると。いつ元の時代に戻るのか不安で☆☆にくっついていたとき、一緒にいると言われたときは嬉しかった。だから酷いことを言わないでくれと言うと、考え直してくれたのか頭を撫でながら仲良くしようと言ってくれた。やはり☆☆は俺のことを見捨てない。
☆☆が料理するのは好きだ。俺の為に作ってくれるのを見ると胸が温かくなる。とても満たされた気持ちになるんだ。今回は邪魔なのがいるが仕方がない。☆☆を連れて帰ったら俺の嫁になるんだ。それまでの必要な我慢だ。
☆☆が作る鳥料理が特に好きだ。俺が散々捕って捨てた鳥たちが減っていく、腹の底に溜まった黒いものが少し減るような気がするのだ。あんこう鍋も好物だがそれは向こうに帰ってから作ってもらえばいい。わからなければ俺が作り方を教えるさ。なにせずっと一緒だからな。
☆☆が俺がつけた指輪をちゃんとしていたのを見たときとても嬉しかった。祭りの射的で取った安物だがどうしても贈りたかった。男が指輪を渡して結婚してくれと言うのをテレビで見たんだ。これは櫛や簪みたいなものかと理解した。だからどうしても指輪が欲しかった。本当は左手の薬指につけたかったが、右手の薬指につけたのもガキだった俺にはまだ恥ずかしかったからだ。
元手は☆☆の金なのが残念だが、帰ったら俺が全部買ってやる。着物も櫛も簪も欲しいものは俺が買ってやる。不自由はさせないから俺とずっと一緒にいてくれ。
そういや☆☆は俺によくここに居たときのことを覚えていると言っていた。当たり前だろう、俺は忘れないようにここでのことを紙に書いて暇があれば読んでいたのだから。ガキのとき戻ってすぐに覚えてること全部を忘れないように書いた。ボロボロになってくる度に何度も書き直したが、日露戦争出征前に書いたときが一番丁寧に書いたと思う。そして懐に☆☆と色違いで買ったクラゲのキーホルダーを入れた袋と俺の大事な記憶を書いた手帳を入れた。俺が死ぬときは☆☆と一緒に死にたかったからだ。
これからしばらくは☆☆とくっついて眠れる。抱きついて眠り、朝起きたら☆☆は目の前にいる。ねだれば頭を撫でてくれるし、誉めてくれる。今まで愛なんてもの信じてこなかったが、☆☆が言うなら信じてもいい。西洋では結婚のとき「死がふたりを分かつまで」と誓うらしいが、よくそんなもので満足できるもんだ。俺は「死がふたりを分かつとも」がいい。死んで生まれ変わってもまた☆☆と結婚する。俺はお前以外なんて考えられない。☆☆もそうだろう?俺とお前はずっと一緒にいるんだから。
2019/5/30