これからともに
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俺にとっての家族というものに、幸福というものはこれっぽっちも似合わない。
俺は花沢幸次郎という軍のお偉いさんが妾と作った子で、父上にとっては弱みになりこそすれ誇りに思うことなどなかっただろう。そして、軍人としての能力を認められることはあったとしても、俺自身が受け入れられることはない。
だからなのか、姉さんと離ればなれになり大人になってからも俺の願いは変わらなかった。
☆☆とずっと一緒にいたい、それだけだ。
若い男というのは有り余るほどの性欲がある。
大概のやつが女を買って発散するか、自分で処理する。厳しい規律の軍隊にいれば色々と発散したくなるのも仕方がない。金を持ってるやつは美人が揃っているお高い店に、なけりゃそのへんの店に行く。一人で行くのもいれば連れだって行くのもいる。そう、連れだってだ。
俺は人より性欲がない。
あまりムラムラしないし、溜まってきたなと思っても処理に時間がかかったためしがない。
あまりにも女っ気がないのも影響したのかは知らないが、男色のやつらに寄ってこられることが多々あった。山猫の子は山猫だなどと吐く奴はまだいい、無視すればいいだけだ。だが、立場を使って迫ってくる奴は逃げるのにも面倒ばかりでやってられん。何がかわいいだ気色悪い。そもそも俺は男になんぞ興味がない。お前らの嗜好を押しつけてくるなってんだ。だいたい……、いや止そう。せっかく姉さんとまた一緒にいるんだ。あんなやつらをわざわざ思い出すなんて時間の無駄だ。まあ色々あって嫌になった俺は、連れだって女を買いに行ったことがある。断って男色連中に迫られるほうが嫌だからだ。そもそも興味が涌かない女に迫られようが、色仕掛けをされようが反応しないのにどうしたもんかと道中考えを巡らせていたが、名案が浮かんだ。姉さんに似ていればいけるのではないかと。
俺が大事に思っていて好きだと断言できる異性は姉さんだけだ。穴が空いていた器に栓をして、そこに二人の思い出や愛情を入れてくれた。形容するならそれは金平糖のようだと思う。
俺は自分のいた時代に戻ってからずっと、あのときのことを思い出して生きてきた。じいちゃんとばあちゃんといるときも、鶴見中尉のもとにいたときも、軍に入ってからも、そして日露戦争中も。
自分で金が稼げるようになった頃から買い始めた物がある。金平糖だ。
姉さんは紅茶を飲むときに金平糖を入れていた。理由は可愛いからだったと思う。俺もそれを飲んでいたし、そのまま食べることもあった。
毎日あったおやつの時間はとても好きだった。
菓子が楽しみだったことも少しはあるが、触れあいや一緒に過ごす時間が好きだった。膝の上に乗って食べることもあったし、よくくっついていた記憶がある。
八つ時以外の食事のときは行儀良く食べることを意識していた。それは躾けられていた部分もあったが、何より少しでも大人に見られたかったからだ。なので、俺はガキっぽいところばかり見せていたわけではない。
日露戦争中の苦労も金平糖を口にすると昔を懐かしむことが出来た。気を抜くといつ殺されるか分からないなかで、肩の力が少し抜けて楽になる。気を落ち着けるにもいいし、寝る前に食べると姉さんの夢を見ることが多いからよく眠れる。
他の奴らが思い出しているだろう故郷でのよかった思い出も俺には大してないが、姉さんとの生活は、渇いていた心に潤いをくれていた。
話が逸れたが、俺の名案は失敗に終わった。
理由は明確だ。正確に顔も声も覚えていると思えなかったから。
女を選ぶところで考え始めた。いつも俺が思い出している姉さんはあのときのままなのか? 俺が勝手に改変していないのか、ガキのころの下手くそな絵はしっかりと特徴を捉えて描けているのか、頭の中で響く声は似ているのか。
絶対に合っていると断言できない以上、この計画は中止にするのが望ましいと判断した。だってそうだろう? 姉さんと再会できたときにもし似ていなかったら、俺は童貞を捨てたことを後悔するに違いない。性欲を吐き出したいわけでもないのにわざわざ似てもいない女を抱くなんて無駄でしかない。だから、適当に選んだ遊女に口止め料を払い、時間を潰して帰ったというのが結末だ。
そんなこんなで俺は性欲があまりなく、勃つ時間も長くないものだと思ってきた。だが、それは間違いだったとよくわかった。
なぜ俺がこんなことを思い出しているのかといえば、無駄に張り詰めているアレのせいに他ならない。元狐に呼び出されたあと、目が冴えて眠れず姉さんの寝顔を眺めていたらなぜか元気になっちまった。昨日は大丈夫だったのによ。そのうち治まるだろうと思っていたのになかなか萎えないのは困ったものだ。そのやる気は必要なときに出してくれ。
さっさと処理してしまったほうがいいんだが、この部屋には☆☆がいる。ついでにヴァシリもだ。便所は臭いが残るし、縁側もどきだと近くに杉元がいる。あいつに感付かれると面倒だ。なんでこのまま治まるのをおとなしく待つというのが最善策だろう。今後の行動でも考えながら目を閉じていればそのうち寝られるさ。
▼
いつも使っている目覚まし時計は机に置き、枕元に音量を小さめに設定したスマホの音で目が覚めた。起きられるか不安だったけれど目が覚めて一安心だ。
控えめに鳴るスマホを止め、二人を起こしていないか確認しようとおもむろにドア側に目を向けるとヴァ―シャと目が合った。
「ごめんね、起こしちゃったよね」
「▲▲、おはよう」
ぱっちりと開いた目はもう眠気などないようだ。
「おはようヴァ―シャ。よく眠れた? 」
「もうげんき」
ヴァ―シャがすっかり目を覚ましたのを確認したので、今度は壁側に寝ている百ちゃんの方に目を向ける。どうやら起こしてしまったようで、もぞもぞしながらこちらを見る目はまぶたが上がりきらず、まだまだ眠そうな様子だ。
「起こしちゃってごめんね。まだ寝てて大丈夫だよ」
「ん、起きる……」
低いかすれ声で起きる意思を伝えてくるけれど、体はまだ眠いと抵抗しているようだ。それでも訴えを無視してどうにかして起きようと枕に顔を押しつけている。
ご飯の準備が終わるまで寝てて良いのに。百ちゃんといい杉元さんといい、大きな怪我をするほど軍人さんは大変なんだろうからここにいる間くらいゆっくり過ごしてほしい。
「ご飯出来たら起こすからゆっくり休んでていいんだよ? 」
枕に埋めた顔を少しずらしこちらを見る目はやはり眠そうだ。目の下にはうっすらとクマがあるように見える。寝付きが悪かったのだろうか? なら余計寝ていた方が良い。私は体を起こしもう一度眠れるように百ちゃんの頭を撫で始めた。少しすると、姿を見せていた右目はだんだんとくっついている時間が長くなってくる。
ちゃんと寝付けるようにそのまま頭を撫でていれば、体に力を入れずりずりとゆっくり近づいてきて腰にゆるく抱きついてきた。
「姉さんも一緒に寝よう……」
「私はご飯作らないといけないからだめだよ」
枕から太ももに移ってきた頭をまた撫でながら言えば、不服なのか短く低い呻き声を出したあと顔を足に押しつけてくる。
「ひゃくずるい」
「ずるくない……」
抑え気味の声で何時ぞや聞いた会話を繰り返している。お願いを聞いてくれという思いも込めて右手で頭を撫でていたのに加えて左手で背中をゆっくりとぽんぽんしていれば、顔を足にぐりぐりと押しつけたあと、抱きついていた腕をほどき私の枕を抱き枕のように抱え自分の枕に戻っていった。
「ご飯出来たら呼びに来るからね」
「ん……もう少し撫でて……」
左肩を下にして横向きに寝る百ちゃんの頭を希望通り撫でていると、すんなりと眠りに落ちていった。やっぱり眠かったんだね。
背中側に丸まっているタオルケットをお腹の上にかけ、ぽんぽんと二回手を乗せる。
「ヴァ―シャも着替えてリビング行こうか」
「きがえ……、あれ?」
布団の向こう側、本棚との間のスペースに二人の着替えが置いてある畳んだ服を指さし、首を傾げている。着替えの意味が思い出せなかったのかな? そうだよと伝えるのにうんうんと頷けば、パッと嬉しそうな顔になり着替えると返事をしてくれた。
私も自分の服をささっと選んで抱える。
「私は洗面所で着替えてくるね」
「わかった」
ヴァ―シャの日本語の理解度が分からないから、すぐに返事を返されると本当に理解しててなのか反射的に返しているのか判断できなくて心配なときがある。けれど、わからないときはわからないと百ちゃんに言っていたり、確認していたりするから大丈夫なのかな。
突拍子もないことはしないだろうしさっさと着替えて身支度を調えてしまうのが得策だろうと思い、身支度を調えた。
ヴァ―シャは準備出来たのか確認したくてうるさくないようドアを二回ノックする。やってることがお母さんだ。もう子供じゃないんだからここまでする必要はないけれど、どうにも気になってしまうのだから仕方ない。
数秒するとドアが開き着替えたヴァーシャが出てきた。
「きがえできた。いっしょいく」
「うん、じゃあ行こっか」
ドアを閉める前に百ちゃんの様子を確認すると、体勢も変わっておらず、すやすや寝ているようだ。
リビングに行く前に、ちゃんと持ってきていた寝間着を洗面所のカゴに入れている。子供のころ居たとはいえ順応ぶりが早い。
お米を洗い浸してる間にお味噌汁用に鍋に水と切った玉ねぎを入れて火にかける。もう一つの鍋に水と醤油、砂糖を入れて火にかけた。熱で砂糖を溶かしながら味を微調節したら、冷凍のかぼちゃを入れ中火にして落とし蓋をすればあとは煮ておくだけだ。
とりあえず先にやっておきたいことが終わったので、カウンターに両肘を立て手に顎を乗せた格好でずっと見ていたヴァ―シャを構おう。
「ごめんね、退屈だった?」
「たいくつ?」
「暇とか、することないとかかな」
「することある。▲▲みるある」
「ふふ、格好良いのにかわいいのはなかなかずるい」
見た目はこうも格好良いのに発言が可愛いのは日本語がまだ慣れていないからなのもあると思うけれど、彼の性格なのもあるかな。
ヴァ―シャも持ち物に銃を持っていたし、服装も軍服みたいに見えたから軍人さんなのだろうか?
「ずるい? わたしだめなことした……?」
「してない!ヴァ―シャはいいことしかしてないよ!」
二人で話していると杉元さんとアシリパちゃんが横引き扉から出てきた。
「おはよう☆☆ちゃん」
「おはよう☆☆、ヴァシリ」
私がおはようと返すとヴァーシャもおはようと返していた。すると、杉元さんもヴァーシャのほうを向いておはようと言っている。どうやら杉元さんはまだヴァーシャに対しての警戒心が取れないようで、気を張っているように見える。まだ会って二日目なのだから当然のこととも思う。だって昔は人の行き来も現代ほど多くはないし、戦争だってある時代だ。外国人に対してすぐに慣れろと言えることじゃない。日本人同士だってすぐに打ち解けられる場合ばかりでもないし。私が仲良くしてもらえているのは、慣れない場所でサポート出来るからなのと、家主というのも大きいと思っている。
「尾形は今日もお寝坊さんなのか、仕方のない奴め」
「ほんとだ。いつも☆☆ちゃんにへばりついて離れようとしないのに」
杉元さんの発言になんと言えばいいか分からず苦笑いを返した。
そんなにくっついているだろうか? 百ちゃんの言動からして、昔のように接したいのだと思っているんだけど。ただ、子供とじゃれるように大人の男性に接していたらそう見えるものかもしれない。
「ちゃんと寝られなかったみたいなので、ご飯できるまで寝ててもらうことにしたんです」
「えっ! ☆☆ちゃん何ともなかった?大丈夫? 」
「私はぐっすり寝られましたけど」
なぜ私が心配されたのだろう? 目の下にクマでも出来てたかな? 身支度を調えたときに鏡を見たときは特になかった気がしたけど。
気になって目のところを触っているとアシリパちゃんとヴァーシャが話しているのが聞こえた。しゃがんで目線を合わせているところが優しさを感じる。
「ヴァシリは食べ物で何が好きなんだ? 」
「たべもの……」
少し考える様子を見せたあと、名前が分からないのか、それとも私たちが知らない料理だと思ったのかメモ帳と鉛筆を取り出すとサラサラと描き始めた。
みんなでのぞき込んでいると、丸いお皿に楕円形、その上にソースが垂れるよう描かれた。
「オムライス? 」
「そう!」
たしかに洋食系は日本食より慣れがあるようで、食も進んでいた。逆に百ちゃんはあまり慣れないのかイマイチな反応が多かった。ただ、二人ともオムライスは好きだったのでよく作っていた記憶がある。ちなみにヴァーシャは日本食だと味噌汁が好きだ。
「じゃあ、今日の夜ご飯はオムライスにしようか」
「する!」
「おむらいすとはどういうものなんだ?」
アシリパちゃんは期待しているようなキラキラした目で聞いてきた。
「鶏肉とかにんじん、玉ねぎを小さめに切った物を炒めて、ご飯を入れたらケチャップっていう調味料と一緒にまた炒めるの。そしたら焼いた卵で包むとオムライスになるんだけど、私の説明で上手く伝わるかな? ごめんね説明下手で」
「大丈夫だ、さっきの絵もあるし十分伝わっている」
「そうだよ、大丈夫。それに俺も食べたことはないけど似た感じのなら聞いたことあるよ。ライスオムレツっていうの」
「杉元さんたちのころにはもうあったんですね。せっかくだから、日本食ばかりじゃなくて洋食も作りますね」
「ほんと? ありがとう☆☆ちゃん」
「私も色々食べてみたい。どんなものがあるのか教えてくれ」
レシピを色々見てもらって食べたいものを見つけてもらおう。テレビをモニター代わりにすればみんなで見られるかな、あとでやってみよう。
雑談している間にお米も水を吸ったようなので、炊飯器に入れて水を入れればあとはボタンを押すだけだ。一人暮らしには大きめだけどうちのは五合炊きの炊飯器が置いてある。リサイクルショップで買うときに炊き込みご飯をするときに小さいのより楽なのではと思い立ってこれを選んだ。
煮立っている玉ねぎが入った鍋の火を止め蓋をする。しばらく蒸らしている間に魚の開きを焼こう。うちのグリルでは二枚づつ焼くので精一杯なので少し冷めてしまうけど、食べる前にレンチンするからそれで許してほしい。かぼちゃの方も煮立っているようなので弱火にした。
こっちにいる間はゆっくり休んでほしいのでお手伝いを申し出てくれた三人にはのんびりとした時間を過ごしてもらっている。二回目のお魚焼きタイムでいい匂いがしたのか、白石さんが起きてきた。
「白石さんおはようございます」
「おはよう☆☆ちゃん」
「お魚の焼ける匂いに誘われましたか? 」
「お魚もいい匂いだけど~ご飯もいい匂いだったんだ~」
ご機嫌な表情で伝えてくる白石さんに私も笑顔になる。
「遅いぞ白石、早く顔を洗ってこい」
「もうみんな終わったの? 」
「お前が寝てる間に俺もアシリパさんも身支度は整えてある」
「そうなの? じゃあやってこよっかな」
ちょっとあきれた様子で話している杉元さんとアシリパちゃんに笑いながら返している白石さん。そして、絵を描いているヴァ―シャにぐっすり眠っているだろう百ちゃん。和やかな朝の光景に私も穏やかな気持ちで朝ご飯の準備を進めた。
2021/12/15