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小話

修習生は所謂、弁護士見習いだ。
その修習生である自分は現在、弁護士の先生のもとで日々勉強を重ね、いずれ自分の事務所を持つのが夢なのだ。
そんな自分が現在お世話になっているのが天国弁護士事務所である。
この天国先生は無敗の弁護士と言われるほどに優秀な先生であり、そんな先生のもとで学べる幸運に自分は感謝した。

最初は。

そう、最初はなのだ。
何かおかしいなと思い始めたのは天国先生がバッドアステンプルというチームを組んだ頃からだ。

何かやたらに近いのだ。
精神面ではなく物理的に。

「なぁー、獄まだ仕事終わらんのか?」
「あとちょっとだ、待ってろ」
ほら、今も。
天国先生はソファに座り書類を眺めて時たまパソコンをいじっているが、何故かその膝の上にチームのリーダーの波羅夷空却が頭を乗せて寝転がっている。所謂、膝枕というやつである。
普通、男同士であんなに近寄ることがあるだろうか?男の太ももに寝転がっても硬いだけだろう。
ましてや相手はあの勝つためならどんな手段も選ばない冷酷無慈悲な天国獄先生だ。
よく許可されたなと思う。

いつか、受付の女の子に聞いたことがあった。
「ねえ、天国先生と波羅夷くんって付き合ってるのかな?」
「違うみたいですよ。この前、先生に聞いたら冗談じゃないって一蹴されちゃいました」
意外と勇気のあるらしい彼女はなんと、本人に直接聞いたみたいだ。
「いやいや、でも付き合ってなくてあの近さってあり得る?先生が隠してるだけなんじゃない?隠せてないけど…」
「でもあのいつも来る泣き虫の…十四君も違うって言ってましたよ。さすがに同じチームの子には、付き合ってたら言うんじゃないですか?」
「そうなんだ…まぁ、そりゃそうだよな…え、じゃあマジで付き合ってなくてあんな近いんだ…」
明らかに恋人同士の距離感なのに付き合ってないなんてどこかモヤっとする。
途中の計算式は合ってるのに答えが何故か間違ってるみたいなもどかしさだ。
「あの2人の近くにいると凄い気まずくなるからやめて欲しいんだよな…」
「慣れですよ!慣れ!猫みたいで可愛いじゃないですか」
軽い口調で励まされれば何となくそんなもんかという気も起きてくる。
彼女の明るく人の良い性格のなせる技か、既にあの2人の距離感に麻痺してしまっているのかは分からない。

実は今日も波羅夷くんがこの事務所に来ているのだ。
よし、と気合を入れて事務所のドアをノックする。
「天国先生、例の件の資料お持ちしました。」
「おう、入れ」
「失礼しま…」
ガチャリと開けた先に居たのはソファの背と天国先生の背中の間に挟まってビッタリと抱きつく波羅夷くんと、当然のように受け入れる天国先生の姿だった。
「資料はここに置いておいてくれないか」
先生の言葉にハッと意識を戻す。
言われた通り、先生が仕事をしているローテーブルの上に資料を置き、サッサと退散しようと踵を返す。
その際チラッと波羅夷くんの方を見たらバッチリ目があってしまい、心臓がドキッと跳ね上がる。
この子は黙っていれば肌も白くて、瞳も大きくぱっちりしているうえ、男の中では小柄で本当に綺麗な子だ。
よくこんなに引っ付かれていて先生は変な気が起きないなと感心するくらい。
そんなくだらない事を考えて、なんとなく重なった目を逸らせずにいると、波羅夷くんの瞳が弧を描き口角をキュッと上げてニッコリと笑ってきた。
「お疲れさん」
たった一言、労うはずの言葉なのに早く出て行けと言われた気がした。
「あ、りがと」
なんとかそれだけ絞り出して事務所を後にする。やっぱりあの2人のいる空間は気まずくて苦手だ。


「おい、あまりからかうな」
修習生が慌てて出て行くのを見送ってすぐ、獄からお叱りの言葉が飛んでくる。
「なんだよ、労いの言葉かけただけだろうが」
「ったく、そもそもテメェが所構わず引っ付いてくるから付き合ってるのかとかうるせぇんだよ」
「言いたい奴には言わせておけ、拙僧はやりたいようにやる」
そう言って獄の腹に回る腕に力を込める。
「チッ仕事の邪魔だけはするなよ。せいぜい大人しくしてろ」
文句は言いつつ離れろとは決して言わないズルい大人の温もりを空却はただ楽しむ。
付き合っているのかなんて寺の人間にも散々聞かれたが、今はこの距離感が心地良いのだ。
外野はすっこんでろと言いたい。
背中にぴったりと顔をくっつけて感じるのはワイシャツの下の肌の温かさに、僅かに香るタバコの匂いと獄本人の匂い。香水はクサイからやめさせた。
トクトクと鳴る心臓の音に気持ちが落ち着いてきて、次第に瞼が落ちてくるのも仕方のないことのように思える。

落ちゆく意識の中でこの温もりは手放せないと自身の煩悩を笑った。
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