短編
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「んん…」
雀の囀る声と共に目を覚ます。
痛むからだを我慢して、上半身を起こそうとしたら自分を拘束する腕の存在に気付く。
女の私よりも細いのではないかと思うほど細く、白い…というよりは血色の悪い肌。押せばすぐにどきそうに見えるが案外押しても引っ張っても微動だにしない力の持ち主だということは自分が一番身に染みている。
私の背中に回されたその腕の持ち主は、隣ですやすやと眠っている。
顔色も腕と同じく血色が悪いのは変わらないが、心なしかいつもよりまだ人間の顔色をしている気がする。
腹心に``土器色``と揶揄されるその肌色は今は赤みを帯びていた。
「いつもこうやって寝ればいいのに…」
敗軍の将の一人娘である私を正室として迎え入れた彼、『石田三成』は、今や日ノ本を二分する勢力の一つ。、西軍大将である。
それに対して私はというと一応武家の娘ではあるものの、豊臣家に刃向かい東軍につこうとした、つまり三成様でいうところの『裏切者』の一族である。
一族郎党皆殺しが口癖といっても過言ではないほど裏切りや豊臣に刃向かう者達に容赦のない彼がなぜ私を生かし、こうして妻の座に置いたのかは分からない。
私には特にこれといった魅力はない。
今は亡き浅井様の奥方であり第六天魔王の妹であるお市の方のような美貌もなければ、雑賀一族のように女だてら戦う技量も度胸も備わっていない。どこまでも凡庸で、地味で目立たない女だ。
彼のように美しい顔を(かんばせ)を持つ方からすれば醜く写るのではないだろうか。
それなのに彼は、私の父を殺した刀を落とし、手を差し出してきた。
「私と共にこい。拒否は認めない」
最初はわけが分からなかった。
石田軍に逆らった報いとして、次に殺されるのは私だと思っていたからだ。
当然、そうでなければいけない。
裏切者の一族の子孫など、生かしておけば新たな火種を生むだけだ。
最初は私が女であるから生かされたのかと思った。
男よりは影響力がなく、生かしておいても何らかの勢力として阻まれる事はないからと、石田軍で後に幽閉されるために連れ帰ったのかと思っていた。
しかしそうではなかった。
私を連れ帰った彼は、医療を心得る者に私の手当てを、女中に湯あみをさせるよう命じた。
そして私は彼の床に連れ込まれた。
「ヌシの仕事は寝つけぬ凶王(あかご)の守ヨ。ヒヒ」
彼の腹心から告げられたことに驚く間もなかった。
私に赤子のように抱き着き、眉間に皺を寄せて眠る彼の姿を見たからには、腹心の言ったそれが嘘だと思うわけがない。
毎日のように、真夜中に床に帰ってきては私を寝床に引きずり込み、死んだように眠る。
先ほど告げた寝息をたてないというのは物のたとえなどではない。
最初は死んだのかと思って焦ったものだ。
この生活が続き、何日、何か月が続いたのだろうか。記憶していない。
私の生活の場はもっぱらこの三成様の部屋だ。
そこから出るということはほとんどない。
彼の部下の間で私は余程の床上手なのだそうだ。
でなければあの地味な娘があの凶王を手玉にとれるはずがない、と。
部屋にこもっているとはいえ、どこからか噂は回ってくる。
床上手どころか、私は彼に一度たりとも体を許したりしていない。彼もそのつもりなど微塵もないだろう。
その噂は私が来てからしばらくは聞こえていたがここ最近は聞いていない。
その事を彼に尋ねても「知らん」「貴様の知ったことではない」とそっぽ向かれてしまうものだから、もう私は知らなくてもいい事なのだと割り切った。
今日も今日とて、寝付けぬ三成様の腕の中で目を覚ます。
強く私を抱きしめるその腕は、冷たく、人間を感じさせない。
そっと彼の銀色の頭に触れ、優しく撫でる。
自分の親を殺した仇であるはずの彼に、こんな事をするなんておかしいのかもしれない。だがしかし、彼に対して生まれた情は簡単に消えてくれない。
縋りつく先を見失った赤子のように、しがみつくこの腕を拒む事など、出来るはずがない。
それから暫くして喉の渇きを感じて、力を込めて彼の腕を外し腕の中から抜け出そうとした時だった。
視界が反転した。
手首に走る強い痛みと共に。
寝床に強く押し付けられる。眼前には先ほどまで私を抱きしめていた彼の顔(かんばせ)だった。
間近でみると睫毛が長い、とか。手入れもしていないのに肌が透き通るように美しい、だとか。色々思うことはあったが、この状況を前にして何も口にすることはできなかった。
まっすぐとこちらを見つめるその目を見ると、寝ぼけているわけではないことは明白であった。
「離れるな」
低く、甘く、私の耳に囁くような声だった。
いつもの威圧的な声ではない。
心の臓が鼓動を速めているのが分かる。自分の耳にも響くほど、バクバクと脈うっているのを自覚する。
「私から、離れるな。いと」
私の何が良かったのかなど、分からない。彼の考えるところなど彼の腹心くらいしか分からないだろう。
だけどこれだけは分かる。
今この瞬間から、この命は彼の物になったのだと。
雀の囀る声と共に目を覚ます。
痛むからだを我慢して、上半身を起こそうとしたら自分を拘束する腕の存在に気付く。
女の私よりも細いのではないかと思うほど細く、白い…というよりは血色の悪い肌。押せばすぐにどきそうに見えるが案外押しても引っ張っても微動だにしない力の持ち主だということは自分が一番身に染みている。
私の背中に回されたその腕の持ち主は、隣ですやすやと眠っている。
顔色も腕と同じく血色が悪いのは変わらないが、心なしかいつもよりまだ人間の顔色をしている気がする。
腹心に``土器色``と揶揄されるその肌色は今は赤みを帯びていた。
「いつもこうやって寝ればいいのに…」
敗軍の将の一人娘である私を正室として迎え入れた彼、『石田三成』は、今や日ノ本を二分する勢力の一つ。、西軍大将である。
それに対して私はというと一応武家の娘ではあるものの、豊臣家に刃向かい東軍につこうとした、つまり三成様でいうところの『裏切者』の一族である。
一族郎党皆殺しが口癖といっても過言ではないほど裏切りや豊臣に刃向かう者達に容赦のない彼がなぜ私を生かし、こうして妻の座に置いたのかは分からない。
私には特にこれといった魅力はない。
今は亡き浅井様の奥方であり第六天魔王の妹であるお市の方のような美貌もなければ、雑賀一族のように女だてら戦う技量も度胸も備わっていない。どこまでも凡庸で、地味で目立たない女だ。
彼のように美しい顔を(かんばせ)を持つ方からすれば醜く写るのではないだろうか。
それなのに彼は、私の父を殺した刀を落とし、手を差し出してきた。
「私と共にこい。拒否は認めない」
最初はわけが分からなかった。
石田軍に逆らった報いとして、次に殺されるのは私だと思っていたからだ。
当然、そうでなければいけない。
裏切者の一族の子孫など、生かしておけば新たな火種を生むだけだ。
最初は私が女であるから生かされたのかと思った。
男よりは影響力がなく、生かしておいても何らかの勢力として阻まれる事はないからと、石田軍で後に幽閉されるために連れ帰ったのかと思っていた。
しかしそうではなかった。
私を連れ帰った彼は、医療を心得る者に私の手当てを、女中に湯あみをさせるよう命じた。
そして私は彼の床に連れ込まれた。
「ヌシの仕事は寝つけぬ凶王(あかご)の守ヨ。ヒヒ」
彼の腹心から告げられたことに驚く間もなかった。
私に赤子のように抱き着き、眉間に皺を寄せて眠る彼の姿を見たからには、腹心の言ったそれが嘘だと思うわけがない。
毎日のように、真夜中に床に帰ってきては私を寝床に引きずり込み、死んだように眠る。
先ほど告げた寝息をたてないというのは物のたとえなどではない。
最初は死んだのかと思って焦ったものだ。
この生活が続き、何日、何か月が続いたのだろうか。記憶していない。
私の生活の場はもっぱらこの三成様の部屋だ。
そこから出るということはほとんどない。
彼の部下の間で私は余程の床上手なのだそうだ。
でなければあの地味な娘があの凶王を手玉にとれるはずがない、と。
部屋にこもっているとはいえ、どこからか噂は回ってくる。
床上手どころか、私は彼に一度たりとも体を許したりしていない。彼もそのつもりなど微塵もないだろう。
その噂は私が来てからしばらくは聞こえていたがここ最近は聞いていない。
その事を彼に尋ねても「知らん」「貴様の知ったことではない」とそっぽ向かれてしまうものだから、もう私は知らなくてもいい事なのだと割り切った。
今日も今日とて、寝付けぬ三成様の腕の中で目を覚ます。
強く私を抱きしめるその腕は、冷たく、人間を感じさせない。
そっと彼の銀色の頭に触れ、優しく撫でる。
自分の親を殺した仇であるはずの彼に、こんな事をするなんておかしいのかもしれない。だがしかし、彼に対して生まれた情は簡単に消えてくれない。
縋りつく先を見失った赤子のように、しがみつくこの腕を拒む事など、出来るはずがない。
それから暫くして喉の渇きを感じて、力を込めて彼の腕を外し腕の中から抜け出そうとした時だった。
視界が反転した。
手首に走る強い痛みと共に。
寝床に強く押し付けられる。眼前には先ほどまで私を抱きしめていた彼の顔(かんばせ)だった。
間近でみると睫毛が長い、とか。手入れもしていないのに肌が透き通るように美しい、だとか。色々思うことはあったが、この状況を前にして何も口にすることはできなかった。
まっすぐとこちらを見つめるその目を見ると、寝ぼけているわけではないことは明白であった。
「離れるな」
低く、甘く、私の耳に囁くような声だった。
いつもの威圧的な声ではない。
心の臓が鼓動を速めているのが分かる。自分の耳にも響くほど、バクバクと脈うっているのを自覚する。
「私から、離れるな。いと」
私の何が良かったのかなど、分からない。彼の考えるところなど彼の腹心くらいしか分からないだろう。
だけどこれだけは分かる。
今この瞬間から、この命は彼の物になったのだと。
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