唯一の人
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「出てこい」
そう言った血濡れの男は明らかに私が隠れている木のほうに視線をやっていた。私の存在がバレている事は明白で、早打ちする鼓動に聞こえない振りをして木の後ろから出る。
何故か不思議と先ほどのような恐怖は沸いてこない。
状況は先ほどよりかえって悪化しているだろうに。
「す、すいません…わ、私…っ⁉」
「答えろ。貴様はこの者たちの間者か、否か。偽りは許さない」
何を言えばいいのか思案していると自分の喉元に刀の切っ先がむけられていることに気付いた。先ほどと同じように、刀を鞘から抜き出したことも気づかない速さで。
それでも、私の心臓は恐怖とは異なる興奮を覚えていた。
向けられた刀の切っ先に目をやり、すぐに相手の目を見つめた。
翡翠の色をした、透き通った美しい目をしていた。
なのに、どうして…
「どうした。答えろ」
こんなに悲しそうな目をしているんだろう。
「ヤレ、どうした三成」
彼の問いに答えるよりも先に彼の背後から別の男の声が聞こえた。
瞳から視線を外し彼の背後に視線をやるとそこには、輿に乗り、どういう原理か空中浮遊している包帯と甲冑で体を覆った男の姿があった。
その男は目の前の男と私を見ると少し思案する素振りを見せ、言葉を紡いだ。
「して、その女子(おなご)はこやつらの間者カ?そのようにも見えぬがなァ」
「それを聞くためにこうしている。こいつの返答次第ではこの場で懺悔させ、切り伏せる」
「まあ待ちヤレ。そう刃を向けてはそやつはこう答えるに決まっておる。否とナ。偽りかどうかも分からずじまいはヌシの望むところでなかろ?」
「ふん」と男は返すと私の喉元に向けていた刀の切っ先を下げ私を睨みつけた。
私の時代にそぐわない衣服に疑問を抱いているらしく、品定めするような視線を向けてくる。なんだか居心地が悪くなり、膝丈のスカートを握りしめる。
早めに誤解を解かなくてはようやく精神的な意味で蘇ったと思ったこの鼓動が物理的に終わってしまう。
そう思い立ち、声をあげる。
「あ、あの…私、間者でもなんでもありませ…っ!」
下ろされたと思った刀の切っ先が、再び私に向けられる。
油断していた事もあり、ひゅっと息が止まったように感じた。
「先ほど刑部が言った通りだな。おい女、私は裏切りをひどく憎む。真実を言わなければこの首を今すぐ切り落とす」
「…っ!」
「ヤレヤレ。ヌシは誠、はなしを聞かぬ」
まっすぐに、鋭いその二つ目から私に向けられる眼光はやはり先ほどと同じ透き通った光を持っていて、でも私はその瞳の奥がひどく悲しげで、底知れぬ暗闇が見えた。
どうせ一度捨てた命なのだから、少しくらい冒険してみてもいいだろうか。
ずっと自分には何もできないと思っていた。
凡庸な自分には、何一つ秀でたもののない私には、誰かの唯一になれる事などあり得ない、そう思っていた。
なら一度死んで得たチャンスくらい、自分の価値を証明するために使ってみたい。それでだめなら、私はどう足掻いても変わることのできない愚図だったのだと諦めがつく
深く息を吸い込み、まっすぐと目の前の男の目を見る。
「私を、貴方の部下にしていただきたいんです。」
ざわめく木々の音も、下に転がる男たちの存在もこの場ではなかったかのようだった。そのくらい、この場は静まり返っていた。
「何だと…?」
私の二度目の人生は、この鼓動を取り戻してくれた貴方に捧げたい、そう思ったんだ。
そう言った血濡れの男は明らかに私が隠れている木のほうに視線をやっていた。私の存在がバレている事は明白で、早打ちする鼓動に聞こえない振りをして木の後ろから出る。
何故か不思議と先ほどのような恐怖は沸いてこない。
状況は先ほどよりかえって悪化しているだろうに。
「す、すいません…わ、私…っ⁉」
「答えろ。貴様はこの者たちの間者か、否か。偽りは許さない」
何を言えばいいのか思案していると自分の喉元に刀の切っ先がむけられていることに気付いた。先ほどと同じように、刀を鞘から抜き出したことも気づかない速さで。
それでも、私の心臓は恐怖とは異なる興奮を覚えていた。
向けられた刀の切っ先に目をやり、すぐに相手の目を見つめた。
翡翠の色をした、透き通った美しい目をしていた。
なのに、どうして…
「どうした。答えろ」
こんなに悲しそうな目をしているんだろう。
「ヤレ、どうした三成」
彼の問いに答えるよりも先に彼の背後から別の男の声が聞こえた。
瞳から視線を外し彼の背後に視線をやるとそこには、輿に乗り、どういう原理か空中浮遊している包帯と甲冑で体を覆った男の姿があった。
その男は目の前の男と私を見ると少し思案する素振りを見せ、言葉を紡いだ。
「して、その女子(おなご)はこやつらの間者カ?そのようにも見えぬがなァ」
「それを聞くためにこうしている。こいつの返答次第ではこの場で懺悔させ、切り伏せる」
「まあ待ちヤレ。そう刃を向けてはそやつはこう答えるに決まっておる。否とナ。偽りかどうかも分からずじまいはヌシの望むところでなかろ?」
「ふん」と男は返すと私の喉元に向けていた刀の切っ先を下げ私を睨みつけた。
私の時代にそぐわない衣服に疑問を抱いているらしく、品定めするような視線を向けてくる。なんだか居心地が悪くなり、膝丈のスカートを握りしめる。
早めに誤解を解かなくてはようやく精神的な意味で蘇ったと思ったこの鼓動が物理的に終わってしまう。
そう思い立ち、声をあげる。
「あ、あの…私、間者でもなんでもありませ…っ!」
下ろされたと思った刀の切っ先が、再び私に向けられる。
油断していた事もあり、ひゅっと息が止まったように感じた。
「先ほど刑部が言った通りだな。おい女、私は裏切りをひどく憎む。真実を言わなければこの首を今すぐ切り落とす」
「…っ!」
「ヤレヤレ。ヌシは誠、はなしを聞かぬ」
まっすぐに、鋭いその二つ目から私に向けられる眼光はやはり先ほどと同じ透き通った光を持っていて、でも私はその瞳の奥がひどく悲しげで、底知れぬ暗闇が見えた。
どうせ一度捨てた命なのだから、少しくらい冒険してみてもいいだろうか。
ずっと自分には何もできないと思っていた。
凡庸な自分には、何一つ秀でたもののない私には、誰かの唯一になれる事などあり得ない、そう思っていた。
なら一度死んで得たチャンスくらい、自分の価値を証明するために使ってみたい。それでだめなら、私はどう足掻いても変わることのできない愚図だったのだと諦めがつく
深く息を吸い込み、まっすぐと目の前の男の目を見る。
「私を、貴方の部下にしていただきたいんです。」
ざわめく木々の音も、下に転がる男たちの存在もこの場ではなかったかのようだった。そのくらい、この場は静まり返っていた。
「何だと…?」
私の二度目の人生は、この鼓動を取り戻してくれた貴方に捧げたい、そう思ったんだ。
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