追いかけてmidnight
池上亮二、27歳。
IT企業に勤め、早5年。
「池上さん、レポート確認お願いします!」
「ああ、分かった。だがその前に、キチンと見直したのか?考えてもみなかった所にチョンボは隠れて居るものだぞ。何事も慎重にな」
ここ数年で、後輩達からは早くも頼られる存在となった。
「池上さん、今日のお弁当何にされますか?」
そして、意外に人気者である。
「…唐揚げ弁当とカレー弁当か。今日は昼休みが遅くなりそうだ。唐揚げは冷めると不味い。鍋で来るカレー弁当にしよう」
ディフェンス気質の慎重な性格は、高校時代から変わっていないようだ。
「いかんいかん。どうも、すぐ守りに入ってしまうな。気をつけないと…」
ルーズボールを最後まで追いかけるような積極性がなければ、このITの世界では生き残れない!
自分に言い聞かせた。
ヒソヒソ…。
昼休み。
女子社員達の噂話に、柱の影から聞き耳を立てる。
「ねぇ、知ってる?池上君、また彼女と別れたらしいよ」
「え~、今年で何人目~?」
俺は話題の人でもある。
焦ってはいけない…恋は慎重にいかないと…
そう、自分に言い聞かせた。
こうしてまた、平凡な一日が終わろうとしていた。
激務に疲れ果てた俺は、酒の肴を調達するため深夜のコンビニへと向かう。
すると暫くして、オフィス街には似付かわしくないスポーツカーが駐車場に滑り込んできた。
「いらっしゃいませ~」
「……っ!」
入店してきたのは、髪をツンツンたたせた長身男。
俺はそいつを知っていた。高校時代のバスケ部の後輩。
仙道彰――!
しかし、まさかこんな所で奴に遭遇するとは。
仙道は今や、プロバスケットボールの超人気選手だ。
あのタッパで甘いマスク。女どもが飛びつかないわけがなく…プレイボーイと言われる彼はタレントやモデルとの噂がたえない。
最近では、ある有名女優と付き合っているのではないか、と週刊誌でたたかれていたばかりだ。
つい先日その話で持ちきりだった女子社員達に、仙道が高校時代の後輩であるとカミングアウトした所、それはそれは物凄い食いつきようだった。
調子にのった俺は、サインを10枚ほど頼まれてしまったのだが…まさかこんな場所で貰うわけにもいかないだろう。
俺はカップラーメン売り場に身を潜めながら、様子をうかがっていた。
仙道はそのままレジへ向かい、唐揚げを買って足早に店を出て行った。
か、唐揚げ?
まあ、美味いもんな……ここの。
仙道が車に乗り込むと、隣の助手席に誰か座っているのが分かったが、暗がりでよく顔が見えない。
まさか、あれが噂の!?
仙道の車が発車すると、俺はコンビニを飛び出し、通りかかったタクシーを呼び止めていた。
「あ……あの前の車を追ってください!」
「え~?お客さん、週刊誌の記者かなんか?」
無意識に足が動いてしまった。いったい何をやっているんだ俺は。
「お客さん。前の車の人、芸能人なんでしょ~?」
「いいから、早く追ってください!」
今、俺は自分の行動に驚いている。
バスケットで例えるなら……そう、ディフェンスに定評のある俺が、勇猛果敢に攻めている!
もし、あの相手が噂の有名女優だったとしたらどうだ?
この事を女子社員達に話したら?
これで彼女達の話題にもっとのれたら?
そこに駄目押しのサイン10枚…とくれば、もう完璧だろう!
……な~んて、独身男のいやしい考えが働いてしまったのだ。
「あっ、ここで降ります!」
前を走るスポーツカーが路肩に停車した。
あまり近くへ寄っては怪しまれる。少し離れた場所でタクシーから降りると、近くの電柱に隠れ噂の恋人が出てくるその瞬間をじっと待った。
仙道が外に現れると、すぐに助手席のドアが開く。
出てきたぞ!!
相手は、あの女優か!?
「……あ?」
仙道の元に駆け寄ったのは、女優ではない。
女でもなく
……男?
何だか、見覚えのある…
あ~、あいつは!
「越野!?」
な……なんだ。
ここまで来て、とんだ無駄足だったようだ。
「はぁ……」
空振りに、俺はがっくりと肩を落とした。
しかしあいつら、まだつるんでたのか。
白い歯をみせて無邪気に笑う越野…あいつも仙道に負けず劣らず、全く変わってないな。
そうか、唐揚げ。あれは越野の大好物だ。ったく仙道のやつ、今でも尻に敷かれてんのか。本当に高校ん時のまんまだな。
「んっ……!?」
今、一瞬仙道が越野を抱き締めたように見えたが。
ま、まあ友人同士でハグするくらいはあるな。
こんな深夜にふざけっこか。…ほらみろ、越野の拳骨くらってやがる。
「ふう。さて、帰るか」
くだらんくだらん。
これ以上ここに居ても時間の無駄だ、とその場から立ち去ろうとした瞬間!
「はうっ!?」
俺の目が飛び出るほどの、驚愕の光景が飛び込んできた。
仙道の顔が、越野の顔に……?
お口とお口がピタリとくっついて。
あ、あれは
あの行動は~!!
きききき、キッス!?
「ふははは……」
ま、まあ友人同士そのくらい……
断じてしないぞっ!!
キッスでも、あれは……ソレがああなってアレがそうなったような類の、キッスではないのか~っ!?
仙道の恋人って……。
ま、まさか。
俺は口をあんぐり開けながら、暫く電柱の影に立ち尽くしていた。
こ、これは誰にも言えないぞ。
決して言ってはいけないだろう。
この事は、あいつらの先輩である俺が守り通さなければならない。
必ずな!
そう誓いながら、ふらふらと駅に向かって歩き出した。
やはり俺にはこっちが向いている……
ディーフェンス、ディーフェンス
今宵、この言葉が絶えず頭の中に響いていた。