短編集












───無限列車での任務を終え、無事帰還した杏寿郎は自分に弟子入りしたいと志願してきた炭治郎を、正式に自分の継子として迎え入れた。


その話を杏寿郎から聞いた朔耶はまるで我が事の様に喜び、ある日の夜に自分の屋敷に杏寿郎と竈門兄妹、そして無限列車での任務で杏寿郎や炭治郎と共に奮闘した我妻善逸と嘴平伊之助を招待し、腕によりをかけた手料理を振舞った。




「おめでとう、炭治郎君!
今日は炭治郎君が杏ちゃんの継子になったお祝いだから沢山食べてね!」


「すみません、朔耶さん。
俺の為に此処までして貰っちゃって……」


炭治郎は目の前に並べられた豪勢な料理の数々を見つめながら、申し訳無さそうに朔耶に向かい頭を下げた。


「いいのよ、私がしたくて勝手にしてる事だから。

それにしても……蜜璃に続いて炭治郎君も杏ちゃんの継子になるなんて……
でも、私は何となくそんな予感はしてたの。

杏ちゃんの鍛錬は確かに厳しいけど、炭治郎君なら必ず乗り越えて次代の柱になれると、私は信じてるわ。

私も応援してるから頑張ってね、炭治郎君!」


朔耶は炭治郎を鼓舞する様に彼の肩を優しく叩き、にっこりと微笑んで見せた。


「朔耶さん……!本当に有難う御座います!
俺、煉獄さんの様に強く、立派な志を持った鬼狩りになる為に頑張ります!」


「そう、その意気よ炭治郎君!
その為にはしっかり食べて力を付けなくちゃ……さあさあ、冷めない内に召し上がれ!」


「はい、では頂きます!」


炭治郎は朔耶に勧められてから漸く箸を取ったのだが、善逸と伊之助は既に朔耶の料理にがっついていた。


「うめェェェ!!
この天ぷらうめェぞ三太郎!」


「この煮物、味が染み込んでて優しい味がする~♡
美人で優しくて、その上こんなに美味しい料理を作れる人が許嫁なんて……煉獄さん勝ち組じゃねーかァァ!!羨まし過ぎるわァァ!!」


「こら!伊之助も善逸も静かに食べるんだ!
俺達は朔耶さんにお呼ばれしてるんだから、失礼の無い様にって何度も言っただろう!

……すみません朔耶さん、煩くしちゃって……」


天ぷらを中心に食べ、美味い美味いと大声で連呼する伊之助と、煮物の味に感動した直後、杏寿郎への羨望を爆発させて叫ぶ善逸を叱り飛ばした炭治郎は、朔耶に向き直って彼女に謝罪した。


しかし朔耶は嫌な顔をする事無く、楽しそうに笑って見せた。


「ふふっ、いいのよ炭治郎君。
今日は炭治郎君のお祝いもだけど、一緒に頑張ってくれた善逸君と伊之助君への労いも兼ねてるから。

それに私、一人っ子だから兄弟への憧れが強くてね、炭治郎君達と出会ってから、弟が出来たみたいで嬉しかったの。

だから炭治郎君、此処は貴方達の家も同然だから遠慮なんてしなくていいの。
美味しいご飯を作って待ってるから、自分の家だと思って何時でも帰っていらっしゃい」


「朔耶さん……」


朔耶の優しい言葉と微笑みに、炭治郎は胸がいっぱいになっていくのを感じていた。


「むー!」


するとその時、箱から出てきていた禰豆子が朔耶の膝に縋り付いて来て、「私は?妹じゃないの?」と言いたげな表情で朔耶を見上げていた。


「ああ……ごめんね禰豆子ちゃん、禰豆子ちゃんも私にとっては妹も同然よ。

正直な所を言うと、一番は妹が欲しかったなって願望が強かったから、禰豆子ちゃんの存在は一番嬉しかったわ。

禰豆子ちゃんもお兄さんと一緒に、何時でも此処に帰っていらっしゃい。
今日もこれから一緒にお風呂に入りましょうね」


「むー!」


朔耶の言葉を理解しているのか、禰豆子は嬉しそうに朔耶に抱き着いた。


「ふふっ、本当に可愛いわね禰豆子ちゃんは」


「禰豆子は朔耶さんが大好きなんだな、禰豆子にとって朔耶さんはお姉さんだもんな。

朔耶さんも嬉しそう……禰豆子を受け入れてくれる人に出会えて、本当に良かった」


朔耶に抱き着く禰豆子と、そんな禰豆子を抱き締めて優しく髪を撫でる朔耶を、炭治郎は微笑ましく見守っていた。


すると炭治郎の横で、大好物のさつまいもご飯をかき込んでいた杏寿郎が顔を上げ、炭治郎の言葉に賛同する様に頷いた。


「ああ、そうだな竈門少年!

先程朔耶が話した通り、朔耶は一人っ子で兄弟姉妹が居ない故、君達に出会うまでは俺の弟である千寿郎が唯一の弟代わりだったんだ。

……それに、生まれてすぐに母上を亡くし、唯一の肉親だった父上も鬼舞辻の手により殺められているからな、俺もなるべく朔耶の傍に居る様にしているが、基本的にはこの広い屋敷に、朔耶は一人で住んでいる。

彼女は強がって決して弱音を吐かないが、内心では孤独と寂しさを抱えている……

竈門少年、そして我妻少年、嘴平少年。
君達も朔耶の弟として、これからも任務や稽古の合間にでもいいから朔耶の元に顔を見せに行ってやってくれないか、その方が朔耶も寂しい思いをしないで済むからな」


杏寿郎の言葉を、炭治郎と善逸、そして伊之助は食事の手を止めて真剣に聞き届けた後、こくと頷いた。


「……分かりました、煉獄さん。
朔耶さんの為なら、顔を見せる位なんて事無いです」


「俺も朔耶さんの事は綺麗で賢くて優しいお姉さんだなって思ってるし……イヤ別に変な意味で言ってませんからね?
純粋な気持ちで朔耶さんを尊敬してるだけであって……」


「朔耶の天ぷらは美味いからな、食えんなら毎日でも顔出してやる」


炭治郎達の返事を聞くと、杏寿郎は満足そうに微笑みながら頷いた。


「有難う、竈門少年、我妻少年、嘴平少年!

さあ!今後の任務に備えてしっかり食べて精を付けよう!
朔耶が作ってくれた料理だからな、残さない様に!」


杏寿郎の言葉に、炭治郎達は元気よく「はい!」と返事すると、再び箸を進めて料理を平らげていった。






───賑やかな食事の時間が終わると、炭治郎達は杏寿郎と共に朔耶が沸かしてくれた風呂に入って汗を流し、客間に用意された布団に横になるとすぐに寝てしまった。




「ふぅ、気持ち良かったね禰豆子ちゃん、さっぱりした?」


「むー!」


炭治郎達が風呂を済ませた後に、朔耶は身体を小さく縮ませた禰豆子を連れて風呂に入り、湯浴みを済ませると禰豆子に自分のお下がりの浴衣を着せてやった。


風呂に入れて貰って上機嫌な禰豆子を抱っこしたまま、朔耶は自分の部屋に戻った。


「───ああ、朔耶に竈門妹、身体は温まったか?」


部屋に戻ると浴衣姿の杏寿郎が縁側に片膝を立てて座りながら、お猪口を片手に晩酌をしていた。


「うん、お陰様で。
禰豆子ちゃん良い子だから全然手が掛からないの、教えたらちゃんと自分で髪も身体も洗えたんだよね、禰豆子ちゃん?」


「む!」


朔耶に問い掛けられた禰豆子は、「うん!出来たよ!」と云った様子で元気良く片手を挙げた。


「そうか、それならば良かった!
こっちにおいで、竈門妹」


「むー!」


杏寿郎に手招きされた禰豆子は、朔耶に降ろして貰うと真っ直ぐに杏寿郎の元へと駆けて行き、彼の膝の上によじ登った。


「よしよし、良い子だな!
この子は朔耶だけでなく俺にも懐いてくれているから、元から人懐っこい性格なのだろうな」


すりすりと頬を擦り寄せる禰豆子の頭を撫でながら、杏寿郎は朔耶に笑いかけた。


「禰豆子ちゃんは炭治郎君の妹だけど、禰豆子ちゃんの下には弟さんや妹さんが居たみたいだから、しっかり者のお姉さんとしてよく働いてくれてたって、炭治郎君から聞いた事があるよ」


朔耶は杏寿郎の隣に座りながら、炭治郎から聞いた話を杏寿郎に話してやった。


「そうか……
……長女故に普段はしっかりしているが、心の奥底では誰かに甘えたいという願望があったのだろうな。

これからは俺や朔耶を兄や姉だと思って甘えていいんだぞ、竈門妹」


「む~!」


朔耶の話を聞いた杏寿郎は納得した様に頷き、優しく禰豆子の頭を撫でると禰豆子は嬉しそうに目を細めた。


「今の杏ちゃん、お兄さんと云うよりお父さんみたいに見えるよ」


「そうか?
ならば朔耶は母親、竈門妹は娘と云った所だな!」


「ふふっ……そうかもね。
杏ちゃん、娘が居たら子煩悩になりそう」


杏寿郎の言葉に、朔耶は思わず笑みを零した。


「ああ!竈門妹が娘ならば嫁にはやりたくないな!

……鬼舞辻を倒し、全てが終わったその時には正式に祝言を挙げるからな。

その後には……俺とお前と、そして生まれ来る俺達の子供と共に、幸せな家庭を築いていきたいな」


杏寿郎は朔耶の肩を抱き寄せると、片手を彼女の腹部に当てながら囁いた。


「……そうだね、杏ちゃん。
その為にも皆で力を合わせて、鬼舞辻を倒さないと。

私もこれ以上、鬼舞辻による悲しい犠牲者を増やしたくないもの。
もう誰にも、私や炭治郎君達みたいに悲しい思いをして欲しくない……
憎しみと悲しみの連鎖は、私達の代で断ち切りたいから私は戦うよ、鬼舞辻をこの世から完全に消し去り、鬼の居ない平和な世界を取り戻す為に。

……禰豆子ちゃんにも普通の女の子としての人生を歩ませてあげたいから、炭治郎君達と一緒に禰豆子ちゃんを人間に戻す方法を探すつもりでいるよ」


「む?」


朔耶は杏寿郎の手に自分の手を重ねながら、不思議そうに自分達を見つめてくる禰豆子の頭を空いている方の手で撫でてやった。


「……そうだな、朔耶。
俺もお前と共に戦い、必ず鬼舞辻を倒す。
そして竈門妹の事も人間に戻してやりたいからな、俺達の想いは一つだ。

道程は険しいが、希望を捨てなければ必ず俺達の悲願は果たされる。
その為に俺達柱と、竈門少年達が居るのだからな」


杏寿郎は朔耶と、彼女に頭を撫でられている禰豆子を交互に見つめながら、一言一句に力を込めながらそう言った。


「うん、絶対に鬼舞辻に勝とうね、杏ちゃん。

……禰豆子ちゃんも、私達と一緒に頑張ろうね!」


「むー!」


朔耶の言葉に、禰豆子は元気良く手を挙げて応えて見せた。




───打倒無惨の誓いを新たにしたその夜は、静かに更けていったのだった。






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