短編集












「あ、いたいた!義勇さん!」




その日、風呂敷包みを抱えて出仕した朔耶は、鬼殺隊本部の廊下にて水柱である冨岡義勇の姿を見つけると、笑顔を浮かべて彼の元に走り寄った。


「……輝夜月か、どうした?」


声を掛けられた義勇は立ち止まってゆっくりと背後を振り返り、声の主である朔耶の姿を確認すると彼女の方に歩を進めた。


「昨日の帰りに八百屋さんと魚屋さん寄ったら大根と鮭が安かったので、それで夕飯に鮭大根作ったんですけど些か作り過ぎちゃって……

義勇さん、鮭大根お好きでしたよね?
もし良かったら食べてくれませんか?」


朔耶はそう言うと、風呂敷を解いて鮭大根が詰められた重箱の蓋を開けて義勇に見せた。


「……美味そうに出来ているな、事実輝夜月は料理が上手いから当然か……

有難く貰おう、重箱は洗って返す」


義勇は自分の好物が詰められた重箱の中身をしげしげと眺め、頷くと朔耶の手から重箱を受け取った。


「うふふ、良かったです!
重箱は何時でもいいですから!」


義勇は笑顔を浮かべる朔耶の頭に手を置くと、ぽんぽんと撫でた。


「……輝夜月。
何時も美味い料理を差し入れてくれて、感謝している。

煉獄もお前の様なしっかりした女子が許嫁であれば安心だろう」


「いえいえ、何時も作り過ぎちゃうので余り物で申し訳無いですが……美味しく頂いてくれてるみたいで私も作り甲斐があります!

……あ、そう言えば今夜の任務、義勇さんとの合同任務でしたね、宜しくお願いします!」


「ああ、此方こそ宜しく頼む」




───二人の会話を、廊下の曲がり角に潜んで聞いていた杏寿郎は、二人に声を掛ける事無く静かにその場を立ち去った。


───その瞳に、静かな怒りの焔を灯しながら。






「──さて!
今夜は義勇さんとの合同任務だから一回帰っておにぎり作っておかなきゃね、腹が減っては戦は出来ないもの。

義勇さんにも作っていってあげなきゃね」


昼を過ぎた頃、朔耶は夜に入っている任務に持っていく軽食の握り飯を作る為、一旦屋敷に戻る事にした。




我が家の門が見えるまで歩いた所で、朔耶は門の前に誰かが立っている事に気付き、相手の姿を確認しようと目を凝らした。


「……ん?
うちの前に誰か居る……あれは……杏ちゃん?」


相手の姿を確認した朔耶は、門に寄りかかって自分を待っていたであろう杏寿郎の元に小走りで向かって行った。


「杏ちゃん、どうしたの?
確か杏ちゃんはこれから任務に向かうんだよね?
私に何か用事あった?」


「………」


朔耶は小首を傾げながら杏寿郎に用件を訊ねたが、杏寿郎は俯いたまま答えようとはしなかった。


「杏ちゃん?どうしたの?
具合でも悪いの?

もし具合が悪いならしのぶに診て貰わなきゃ、蝶屋敷まで一緒に───」


其処まで言いかけた所で、朔耶は突然杏寿郎に腕を掴まれ、そのまま屋敷の中に連れ込まれた。


「っ!?
ちょ、杏ちゃん?何……痛っ、痛いよ杏ちゃん……」


朔耶は自分の腕を掴み、引っ張る杏寿郎の力の強さに顔を顰めた。


そして自室に連れ込まれた朔耶は、乱暴に畳の上に突き飛ばされたが、咄嗟に受け身を取ったお陰で大事には至らなかった。


「ちょっ……!危ないじゃない、杏ちゃん!
一体どうしたって言うの、黙ってちゃ分からないよ!」


朔耶は先程から何も話そうとしない杏寿郎に対して業を煮やし、つい大声で怒鳴ってしまった。


すると杏寿郎は朔耶の上に覆い被さり、鋭い眼光で朔耶を見据えながら口を開いた。


「……今日は冨岡と随分楽しそうに話していたな、朔耶。

昨夜鮭大根をやけに大量に作っていたのは、冨岡にやる為だったのか?」


「え……?

まさか!
違うよ杏ちゃん、昨夜はたまたま作り過ぎちゃって余っちゃったから、義勇さん確か鮭大根好きだったなって思い出して、義勇さんにもお裾分けしようかなって思って持って行っただけで他意は無いよ……」


杏寿郎の言葉を聞いて、自分と義勇の事で勘違いをしていると察知した朔耶は、苦笑いしながら宥めようと杏寿郎の肩に手を伸ばしたが、それを拒む様に杏寿郎は朔耶の細い手首を掴んだ。


「ッ!?
ちょっ、杏ちゃん……痛い……」


「俺という存在(モノ)が在りながら……他の男に易々と頭を撫でられたり、あんなに楽しそうな笑顔を向けるとは……無防備にも程がある……

……朔耶。
お前が誰のモノなのか、今一度その身体に教え込む必要があるな」


そう言うなり杏寿郎は、朔耶の両手を背後に回し、彼女の手首を懐から出した紐で括り、きつく縛り付けた。


「ちょっ、杏ちゃん!
何するの!?やめ──」


抵抗しようとする朔耶の目を、杏寿郎は懐から取り出した黒い布で覆って目隠しをすると、朔耶の身体を畳の上に横たえて両足首を別の紐で縛り付けた。


「やっ……!やだ……!
杏ちゃんお願い、やめて……!」


視界と手足の自由を奪われた朔耶は身を捩らせたが、手足の拘束は強く、朔耶の力では解けそうにも無かった。


杏寿郎は逃れようと身を捩らせる朔耶の上に覆い被さると、彼女の耳元に唇を寄せた。


「……俺も本当は、お前にこんな手荒な真似はしたくなかった……

だが朔耶、お前が悪いんだぞ?
お前が俺の前で冨岡と──他の男と仲睦まじく話していたのだから……


──朔耶、お仕置きの時間だ」


その言葉の後、杏寿郎は朔耶の隊服に両手を掛け、力任せに引き千切った。


ぶちっ、という音と共に上着のボタンが弾け飛び、朔耶の豊満な乳房がふるりと揺れながら露わになった。


「ッ!!い、嫌ッ!!
やだ、杏ちゃん、やめ……」


視界を封じられている為、音でしか状況を把握出来ない朔耶だったが、衣服を破かれる音で自分が今何をされているのかは安易に察知出来た為、杏寿郎に止める様に懇願しようとしたが、その唇は杏寿郎の唇により塞がれてしまった。


「んっ……!んぅ……!」


唇の隙間から舌を差し込まれ、執拗に口内を蹂躙される感覚を覚えた朔耶の身体からは、次第に力が抜けていった。


「……もっと舌を出せ、そして俺の舌に絡ませろ」


「あぅ……ふぁ……」


低い声で杏寿郎に命じられ、朔耶は嫌な筈であるのに逆らう事が出来ず、杏寿郎の言葉に従う様に舌を突き出し、そのまま杏寿郎の舌に自らの舌を絡ませた。


「ああ……上手だ、朔耶は素直で良い子だ……

……だが、まだ駄目だ」


嫌がりつつも自分の命令に素直に従う朔耶の姿を見、杏寿郎は唇に満足そうな笑みを浮かべたが、すぐにその笑みを消すと唇を離し、朔耶の白い首筋に噛み付く様に口付け、次いで鎖骨、乳房に口付けて赤い痕を残した。


「あ……!痛っ……」


「朔耶が俺のモノだという証だ……
消えたらまた付けるから、その時は愛らしくお強請りをするんだぞ、朔耶?

『私の身体に、印を付けて下さい』……と。

朔耶は良い子だから、俺の言いつけを守れるな?」


杏寿郎は教え込む様に朔耶の耳元で囁いたが、朔耶はふるふると首を横に振った。


「やだ……!嫌だよ、こんなの……!

ごめんなさい杏ちゃん、許して……!
ごめんなさい、ごめんなさい……!」


朔耶は目の前の婚約者から言い様の無い恐怖を感じ、何度も杏寿郎に許しを請うたが、それは却って杏寿郎の加虐心に火を点けてしまった。


「……朔耶、謝れば許して貰えるとでも思っているのか?

先程、まだ駄目だと言っただろう?
許すか許さないかは俺が決める事だ、口答えは許さない」


そう言うと杏寿郎は朔耶の身体をうつ伏せの状態にし、尻を突き出す格好にさせるとスカートを捲り上げ、露になった尻を掌で思い切り叩いた。


「ッ!!い、痛い……!
嫌……杏ちゃん、恥ずかしいよ……!」


朔耶は尻から伝わる痛みから、杏寿郎に尻を叩かれている事を自覚し、羞恥で頬を赤らめた。


「口答えは許さないと言った筈だが?」


しかし杏寿郎はそんな朔耶には構わず、冷徹に彼女の尻をもう一度叩いた。


「ひぃ……!」




───その後暫く、部屋には朔耶の尻を叩く音と、朔耶の痛がる声が響いていた。


長く叩かれ続けた事で、朔耶の尻の表面は赤くなっていたが、杏寿郎は構わず朔耶の尻を叩き続けていた。


「うぅ……痛いよぉ……
杏ちゃん……お願い、もう許して……本当に痛いの……」


手足を拘束された状態で同じ体勢を長時間取らされ続けた事による疲労と、絶えず尻を叩かれ続けた事による痛みで朔耶はぐったりしていたが、それでも杏寿郎は手を止める事はしなかった。


「許すか許さないかを決めるのは俺だ、何度も言わせるな」


冷徹にそう言い放つ杏寿郎に、朔耶はこれまで堪えてきたが遂に耐え切れなくなり、身体を震わせた。


「……っ……酷いよ、杏ちゃん……
杏ちゃんは私の事、信じてくれていないの……?

私は小さい頃から杏ちゃんの事だけを愛していて、杏ちゃんの許嫁になったあの日からずっと、何があっても杏ちゃんの事を信じて支えようと心に誓って今日まで生きてきたのに……杏ちゃんは、私の事を信じてくれてないんだね……

杏ちゃん……どうすれば私の事を信じてくれるの……?
教えて杏ちゃん……私に悪い所があるなら直すから……
私には、今の杏ちゃんが何を考えているのか分からないの……」


朔耶は肩を震わせながらそこまで話すと、しくしくと泣き始めた。


「……ッ!!」


朔耶の啜り泣く声を聞いてハッとした杏寿郎は、漸く我に返った様子で、目の前の現状を見て愕然とした。






───杏ちゃん、杏ちゃん──




脳裏には、鈴を転がす様な声で自分の名を呼び、自分の後にぴったりくっついて歩く、幼い頃の朔耶の姿が蘇っていた。




”どんな事があろうとも、朔耶は必ず俺が護り、世界中の誰より一番に幸せにします”




───あの日、朔耶の父聖耶の葬儀の時、父の棺の前で泣きじゃくる朔耶の両肩を抱き締め、聖耶にそう誓った事を思い出した杏寿郎は、忽ちに罪悪感に囚われた。




(朔耶は、幼い頃から俺を信じて付いてきてくれていた……

それなのに俺は、自分の薄汚れた感情に身を任せるがままに朔耶を振り回し、傷付け……こんな俺を信じてくれていた朔耶の想いを踏み躙ってしまった……

俺は……俺は、朔耶に何て酷い事を……!
あの日、聖耶おじ上に朔耶を護り、幸せにすると誓ったのに……俺のしている事は真逆の事では無いか!)






「済まない、朔耶!」


我に返った杏寿郎は、朔耶の両手足の拘束を解き、目隠しを外すと朔耶の身体を抱き起こし、そのまま自分の腕の中に朔耶の身体を閉じ込めた。


「杏、ちゃん……?」


「謝って済む事では無いと重々承知している……

冨岡に勝手に嫉妬し、俺を信じてくれていたお前の気持ちを踏み躙り、傷付けてしまった……

済まない、朔耶……
痛かっただろう……怖かっただろう……
大切な人をこんなにも傷付けて……俺は婚約者失格だ……」


杏寿郎は朔耶の手首に付いた紐の痕を、労る様に優しく擦りながら何度も彼女に詫びた。


すると朔耶は杏寿郎の頭に手を置き、ぽんぽんと優しく撫でながら微笑んだ。


「朔、耶……?」


「いいの、気にしないで杏ちゃん。
ああは言ったけど私、本当は杏ちゃんにならどんな事をされても平気だから。
杏ちゃんの喜びも、悲しみも、怒りも、全部ありのまま受け止めたいの。

本当はちょっと怖かったし、痛かったけど……杏ちゃんが私の事をどれだけ愛してくれてるのか伝わったし、嬉しかったよ。

有難うね、杏ちゃん」


そう言って微笑む朔耶の姿を見、杏寿郎は心が洗われる様な心地になった。




(ああ……何と美しい……
どんなに傷付けられても、辱められても、この微笑みが穢される事は決して無い……否、誰にも穢す事は出来ない……

朔耶の微笑み以上に美しいものを、俺は知らない……

全てを受け止め、包み込んでくれる女神の様な朔耶に、何時しか俺は甘えていたのかも知れんな……
本当ならば男である俺が、朔耶を護らなければならないのに……婚約者として不甲斐無い事この上無い……)


朔耶への罪悪感で、何時しか俯いていた杏寿郎の頭を、朔耶は迷わず自分の胸に抱き込んだ。


「杏ちゃん……お願いだから、もう自分を責めたりしないで?

人間だもん、失敗や間違いは誰にだってあるよ。
其処から学ぶ事だってあるんだから、寧ろいい経験だったって思ってもいいんじゃないかな?」


そう言って自分の髪を優しく撫でる朔耶の掌の温もりに、自分の中で張り詰めていた糸が切れ、杏寿郎は朔耶の背中に両腕を回し、彼女の胸に顔を埋めた。


「済まない……済まない、朔耶……!
それから……こんな愚かな俺を許してくれて、本当に有難う……!」




───それから暫くの間、子供の様に泣きじゃくる杏寿郎を、朔耶は何も言わず優しく抱き締め、あやす様に彼の髪を撫で続けていた。






───その夜。




「………何故お前も此処に居るんだ、煉獄。
お前は確か今夜、宇髄と合同任務だった筈だろう」


朔耶と義勇の合同任務先に、朔耶に付いて現れた杏寿郎の姿を見て、義勇は困惑の表情を見せた。


「心配無用!要に宇髄への言伝を頼んでおいたからな!

急な事で済まないな冨岡!宜しく頼む!」


「すみません義勇さん……これには海より深い事情がありまして……
杏ちゃんが迷惑を掛けない様に私が見張っておきますから、今回だけ目を瞑ってくれませんか……」


何時もの如く溌剌とした口調の杏寿郎と、そんな杏寿郎の横でペコペコと頭を下げる朔耶の姿を交互に見た後、義勇は小さく溜息を吐いた。


「……輝夜月が此処まで頭を下げているから今回は目を瞑るが……煉獄、あまり許嫁を困らせるなよ。
それから、宇髄にも後できちんと謝っておけ」


「うむ!有難う冨岡!」


「ああああ……義勇さん、すみませんすみません……

宇髄さんには私からも謝っておかなきゃ……」


本当に理解しているのかどうか疑わしい様子の杏寿郎と、そんな杏寿郎の横で哀れな程に狼狽している朔耶の姿を見て、義勇は場違いだと分かってはいたが小さく笑みを零した。


(……この二人だからこそ、上手くやっていけるのだろうな)






───一方その頃。




「はぁぁぁぁ!?
輝夜月が心配だから輝夜月の任務に同行するだァ!?

嫁バカも大概にしとけよ煉獄!
ってか今その伝言要らねェェ!!

クソッ、後で覚えとけよ煉獄ゥゥ!!」




鬼と遭遇し、戦っている最中に要から杏寿郎の伝言を受けた天元は杏寿郎への恨み言を叫びながら迫って来ていた鬼の身体を日輪刀で押し返し、鬱憤をぶつけるかの如く鬼達をバタバタと倒していった。





8/17ページ
スキ