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短編集














───夜もすっかり更けた頃。


輝夜月家の屋敷、朔耶の自室にはまだ明かりが灯っていた。


部屋の障子には、行灯の明かりに照らされた二つの影が映されており、その二つの影は度々一つになったり離れたりを繰り返していた。






「ん……杏、ちゃ……くるし……」


「ああ……済まない、朔耶」


頬を赤らめて自分の寝巻きの胸元をぎゅっと掴む朔耶に気付いた杏寿郎は、済まなそうに彼女の唇を塞ぐ自分の唇を離した。


「はぁ……っ……」


長い口付けから解放された朔耶は、艶めかしい吐息を漏らしながら杏寿郎の胸に凭れ掛かった。




大正のご時世では婚前交渉を良しとしない風潮がある中、杏寿郎と朔耶は『時代の風潮を理由に、好きという気持ちに蓋をしたくない』という考えを持っており、婚約している以上何れは契りを交わすのだからと互いに了承した上で、十六歳の時に初めて身体を重ねた。


禄に知識も無く、技術もまだまだ稚拙だったが生娘の自分を優しく抱こうと努める杏寿郎の懸命な姿に、朔耶はより一層彼に惚れ直し、破瓜の痛みを堪えて杏寿郎の逞しい身体を抱き締めた。




それ以降、杏寿郎と朔耶はこうして人目を忍んで情事を交わしているのだが、杏寿郎の父槇寿郎と弟千寿郎は二人が肉体関係を結んでいる事は知らないままである。




「……朔耶、もう一度接吻しても良いだろうか」


自分の胸に凭れ掛かる朔耶の顎に指をかけてゆるりと彼女の顔を上げさせると、杏寿郎は切なそうな瞳で朔耶に懇願した。


「……駄目、なんて言ってもするんでしょ?
聞くだけ無駄じゃない、杏ちゃん」


朔耶は何処か悪戯っぽく微笑むと、杏寿郎の首に両腕を回した。


「ッ……!朔耶……!」


朔耶の何処か誘う様な表情に、杏寿郎は箍が外れたかの様に彼女の身体を布団の上に組み敷くと、朔耶の小さく可愛らしい唇に噛み付く様に口付けた。


「ん……!んぅ……っ……」


自分の唇を舌でこじ開けられ、その舌が口内を蹂躙する感触に、朔耶は唇の隙間から甘い吐息を漏らした。




───それから杏寿郎と朔耶は、熱く激しく何度も互いを求め合った。




「……世間様から見たら私達は不埒な男女に見えてるかも知れないけど……私達は間違った事はしてないよね、杏ちゃん」


何度目かの情事の後、朔耶は杏寿郎に腕枕をして貰いながら彼の腕の中でぽつりと呟いた。


そんな朔耶の髪を撫でながら、杏寿郎は柔らかく微笑んだ。


「ああ、勿論だ。
俺は時代の風潮に従い、好いた人と愛を確かめ合う為の行為を咎められるなんて事は真っ平御免だからな。
好いた人に、好きだと言う事、そしてその人と愛を確かめ合う事は至極当然の事……
朔耶、お前も俺と同じ考えでいてくれたからこそ、あの時俺を受け入れてくれたのだろう?

……今でこそ婚前の睦事は憚られているが、近い将来には当たり前になっているだろう。
時代の流れと共に人の価値観は変わるものだからな。

だから朔耶、恥じる事は何一つ無い。
俺と同じく、堂々と胸を張って俺の隣を歩いていればいい」


「杏ちゃん……!うん……!有難う……!
私には杏ちゃんしか居ないし、杏ちゃんしか要らないもん……!

杏ちゃん、私と出会ってくれて……愛してくれて有難う……!
杏ちゃん……愛してるよ……」


杏寿郎の優しく力強い言葉に、朔耶は全ての罪が赦された様な心地になり、目尻に涙を浮かべながら微笑み、何度も頷いた。


そんな朔耶を見て欲情したのか、杏寿郎は再び彼女の身体を自分の身体の下に組み敷いた。


「……朔耶、もう一回してもいいだろうか」


「え、えええええっ!?
ちょ、ちょっと待って杏ちゃん、もう七回もしたのに……私もう無理だよぉ!」


「済まん、だがお前を前にしてこの想いは抑えられない!
俺もお前を愛してるぞ朔耶!!」


「杏ちゃぁぁん!!気持ちは凄く嬉しいけど私の身体が持たないよぉぉ!!」




───朔耶の悲鳴が木霊した後、次いで甘い嬌声が明け方まで木霊した。




「杏ちゃんのバカ!あれだけやめてって言ったのに!暫くお預け!」


「よもや……」


───翌日、腰を押さえながら鬼殺隊本部に向かう朔耶と、そんな彼女の後ろから右頬に張り手の痕を残してすごすごと歩く杏寿郎の姿が天元に目撃され、杏寿郎は終日彼から弄られたという。







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