短編集
「……痛ったぁ……
毎月の事とは云え、こうも酷いと憂鬱になるなぁ……」
───その日、屋敷の自室にて布団に身体を横たえていた朔耶は、痛む腹部を押さえながら深々と溜息を吐いた。
先日から月のものを迎えていた朔耶だったが、朔耶は月のものに伴う痛みが人より強く、毎月痛みに悩まされていた。
『──月のものは仕方の無い事だよ、朔耶は女の子なのだから。
あまねも月のものに伴う痛みは強かったからね、朔耶の気持ちは良く分かるよ。
だから朔耶、月のものが来たら終わるまで任務には行かずに休むんだよ、いいね。
その時は私も朔耶に任務が回らない様に手配するし、しのぶや蜜璃にも同じ事を言い聞かせているから自分だけだと憂慮する必要は無いよ。
それに……朔耶は何れ杏寿郎の妻となり、杏寿郎との子を産む事になるのだから、その身体は大切にしなければならないよ。
朔耶も、杏寿郎を悲しませたく無いだろう?
朔耶は物分かりの良い子だから、私の言う事を聞けるね?』
朔耶は月のものを迎えると、終わるまで腹痛に加え、頭痛や腰痛、更に猛烈な眠気に見舞われてしまう為、この期間は任務もままならず、事情を聞いていた産屋敷耀哉から月のものを迎えた時には自宅待機する様に前以て命じられていた。
(お館様からああ言われちゃうと、従わざるを得ないんだよね……
お館様の仰る事は絶対だもの……
……でも正直、この期間は本当に辛いからお館様のお心遣いが有難い……)
朔耶は横になっていた布団から重い身体を何とか起こすと、暇を潰す為枕元に置いていた小説を手に取り、頁を捲った。
痛みが酷く休んでいる時、ただ寝ていてもつまらないので気晴らしに小説を読む事が、月のものを迎えた時の朔耶の決まり事になっていた。
朔耶は大衆文学より、芸術方面に重きを置いた純文学の小説を好んで読んでおり、小説の世界に入り浸っている時は辛い痛みの事を忘れる事が出来た。
『朔耶さん、お身体の方は大丈夫ですか?
これ、私も月のものの痛みが酷い時に飲んでいる漢方薬なんです。
お見舞いがこんな物で申し訳ありませんが、痛みが辛い時に飲んで下さい』
『朔耶ちゃん、大丈夫?
毎月の事とは云え、辛いわよね……
月のものの時には甘い物が食べたくなるわよね、だからお見舞いに朔耶ちゃんの大好きなカステラいっぱい買ってきたから、お腹が空いたら食べてね!』
枕元には先刻自分を心配して見舞いに来てくれた蟲柱の胡蝶しのぶと、恋柱の甘露寺蜜璃が置いていった漢方薬の袋と、その隣にとても自分だけでは食べ切れない量のカステラの包みが山になって積まれていた。
(しのぶにも蜜璃にも、心配かけちゃって申し訳無いな……
だけど、二人は鬼殺隊内で月のものについて直に相談し合える貴重な女性陣だからちょっとは甘えてもいいかもね、私も二人が月のものになった時にお見舞い行ったり任務の代理に入ったりするし、持ちつ持たれつだよね。
しのぶは私と同じく痛みが強いみたいだけど、蜜璃は痛みはあまり感じないって言ってたっけ、いいなぁ……
……それにしても蜜璃……確かに私はカステラ好きだけど……こんなに沢山は食べられないよ……
まぁ、食べられなかった分は杏ちゃんに食べて貰えばいいかな、蜜璃には申し訳無いけど……
さて……しのぶから貰った漢方薬を飲みたいから、少しカステラをお腹に入れておこうかな……)
ある程度小説を読んだ所で、朔耶はぱたんと本を閉じると、蜜璃が持ってきたカステラの山を見遣りながら苦笑を零し、しのぶから貰った漢方薬を飲む為ある程度胃に物を入れておこうと考え、手を伸ばしてカステラの包みを一つ手に取った。
「わぁ、美味しそう……!
しかもご丁寧に切り分けてある、これ良い所のカステラじゃ……
それなのにこんなに沢山買ってきてくれて……蜜璃ってば太っ腹だなぁ……」
包みを開けてカステラを取り出した朔耶は、カステラがきちんと切り分けられている事に感心しながら一切れを手に取って頬張った。
「……んっ!
このカステラ、底にザラメが使われてる!すっごく美味しい!
月のものの時に丁度いいお味かも!」
朔耶は頬張ったカステラの味に感激しながら、残っているカステラを次々と頬張り、あっという間に一本を平らげてしまった。
「ふぅ……ちょっとだけのつもりが丸々一本食べちゃった……
だけど月のものだからいいよね、血が出てるんだからしっかり食べないと血が足りなくなっちゃうし」
朔耶は腹部を擦りながら満足そうに笑い、次いで枕元に置いてある漢方薬を手に取ると、粉末状のそれを口に含んでコップに汲んだ水で嚥下した。
「……うぇ、苦い……
これはかなり効きそう……正に良薬口に苦し、だね……」
朔耶は口の中に広がる苦味に顔を顰め、口の中に残る苦味を消す様にコップの中の水をぐいぐいと飲み干した。
「───ただいま、朔耶!
身体の調子はどうだ?少しは楽になったか?」
するとその時、外回りから帰ってきた杏寿郎が襖を開け、部屋に入ってきた。
「あ、お帰りなさい杏ちゃん!
まだ怠いけど、今蜜璃が買ってきてくれたカステラを食べて、しのぶがくれた漢方薬を飲んだ所だから大丈夫だよ」
杏寿郎の姿を認めた朔耶は、柔らかく微笑みながら布団に座ったまま彼を出迎えた。
「そうか、胡蝶と甘露寺が見舞いに来てくれていたのか!
朔耶を一人屋敷に残して行く事が心配だったが……二人が来てくれた様で安心したぞ!」
杏寿郎は朔耶の話を聞いて安心した様に微笑むと、朔耶の傍らに寄り添い、彼女の肩を抱き寄せてその腹部に掌を当てるとゆっくりと擦り始めた。
「毎月痛みに苦しんでいるお前を見ていると、代われるものなら代わってやりたいと何時も思う……
だからせめて、この位はさせてくれないか?」
「有難う、杏ちゃん……
杏ちゃんの手、あったかいからこうして擦って貰えるだけでも全然違うよ……」
腹部から伝わる杏寿郎の手の温もりが心地良いのか、朔耶は目を細めて杏寿郎の胸に寄りかかった。
「毎月この期間は杏ちゃんにお預けさせちゃってるね……
我慢させちゃってごめんなさい、杏ちゃん……」
「何を言う、月のものは仕方の無い事だ。
今後、朔耶が俺との子を産む為に必要な事なのだから、俺の事は気にするな。
辛い時は遠慮無く俺を頼ってくれ、朔耶」
「杏ちゃん……有難う……」
杏寿郎の温かい言葉に、朔耶は柔らかく微笑みながら礼を述べた後、小さく欠伸をした。
「ふぁ……杏ちゃんにこうしてお腹を擦って貰うと、安心して眠くなっちゃう……
……あ、杏ちゃん……
寝落ちしちゃう前に言っとくね……
蜜璃から貰ったカステラ……この量は流石に私一人じゃ食べ切れないから、良かったら杏ちゃんも食べて……」
杏寿郎に腹部を擦って貰っている事と、満腹感で眠気を感じた朔耶はそれだけ言って目を閉じると、程無く寝息を立て始めた。
朔耶が穏やかな寝息を立てて眠った事を確認した杏寿郎は、朔耶を起こさない様に注意を払いながら彼女の身体を布団の上にそっと横たえた。
「……有難う、朔耶。
カステラは後程有難く頂こう。
……だがその前に……とっておきの甘味を頂くとしようか」
杏寿郎は眠る朔耶を見下ろしながら妖しげな笑みを浮かべ、軽く舌舐りをした。
───ぴちゃっ、ぴちゃ……
「──んっ……うぅん……」
部屋には厭らしい水音と、朔耶のくぐもった声が響いていた。
杏寿郎は眠る朔耶の脚の間に身体を割り込ませ、彼女の秘部に顔を埋めて滴る経血を舐めていた。
杏寿郎の口の周りは朔耶の血で紅く染まっていたが、夢中になっている杏寿郎はそんな事には頓着していない様子だった。
「んっ……あぁ……
朔耶の血は、矢張り甘くて美味い……
毎月月のものを迎える度、眠っているお前にこんな事をしていると知ったら……朔耶、お前はどんな顔をするのだろうな……」
杏寿郎は朔耶の太腿に口付けながら、朔耶の脚の間からすやすやと眠る彼女の寝顔を見上げた。
───杏寿郎は毎月朔耶が月のものを迎えると、彼女が眠った頃合を見計らい、こうして朔耶の経血を口にしていた。
自分でもかなり倒錯的な事をしているという自覚はあったが、幼少期から朔耶の血を口にしていた杏寿郎は彼女の血の味が癖になっており、朔耶と初めて契りを交わした後からずっとこの行為を密かに続けていた。
朔耶は杏寿郎のこの行為には気付いていない様子で、目が覚めた後も言及する事はこれまでに一度も無かった為、杏寿郎は朔耶が気付いていないのをいい事に、毎月朔耶が月のものを迎える度にこの行為に没頭していたのだった。
(あの日……朔耶と初めて契りを交わした日、朔耶の秘部から溢れ出す破瓜の血の味が忘れられなかった……
朔耶の秘部から滴る血は、他の身体の部位から味わう血とは異なり、格別に甘美な味がした……
朔耶の月のものの血は、破瓜の血の味と変わらず甘くて……俺を誘う厭らしい雌の匂いがするからな……)
杏寿郎は上体を起こし、口の周りを手の甲で拭うと、ベルトを緩めてズボンの中からそそり立つ自身を取り出し、朔耶の浴衣の前を寛げて乳房を露わにすると、彼女の乳房の間に自身を宛てがい、両手で乳房を寄せて自身を挟みゆっくりと腰を動かし始めた。
(本当ならばすぐにでも挿れたいが……この状態の朔耶に無理はさせられんからな……
許してくれ、朔耶……)
杏寿郎は心の中で朔耶に詫びると、彼女の乳房に挟んだ自身を扱く様に腰の動きを徐々に早めていった。
「ッ……あぁ……
朔耶……朔耶……!」
朔耶の乳房の感触が心地いいのか、杏寿郎は呼吸を荒らげながら腰を動かした。
「んっ……ん……」
当の朔耶は小さな声を漏らす事はすれど、目を覚ます様子は無くされるがままになっていた。
杏寿郎はいけない事をしていると自覚しつつも腰の動きを止める事は出来ず、眠る朔耶に情事の時に見る彼女の淫らな姿を重ね合わせながら行為に没頭していた。
「……ッ……!く……!
朔、耶……朔耶……!」
軈て杏寿郎は絶頂を迎えると、朔耶の胸部から顔に掛けて精をぶち撒けた。
「ん……むにゃ……」
朔耶は精を掛けられても尚目覚めず、胸部と顔を杏寿郎の精液で白く彩られたまま眠り続けていた。
「朔耶……
こんなにも我慢の利かない男で……本当に済まない……
お前に内緒でこんな事をして一人悦んでいる俺は、相当の変態だな……」
杏寿郎は朔耶の乳房から手を離すと、眠り続ける朔耶の頬に手を添え、彼女の頬を愛おしむ様に撫でながら彼女に詫びた。
「───うまい!うまい!」
「……ん……」
鼓膜に響く杏寿郎の声に、深く沈んでいた意識が呼び覚まされる感覚を覚えた朔耶はゆっくりと瞼を開け、声のする方に首を巡らせた。
其処には此方に背を向けて胡座をかいている杏寿郎が居り、蜜璃からの見舞い品であるカステラを頬張っていた。
どの位食べたのか、朔耶が眠る前に山積みにされていたカステラの包みの数は既に数える程になっていた。
「杏ちゃん、おはよ……
今何時……?」
朔耶は上体を起こしながら寝ぼけ眼を擦り、カステラを頬張る杏寿郎の背中に声を掛けた。
「む、おはよう朔耶!
今は夕方の五時だな!よく眠れたか?」
朔耶の声に気付いた杏寿郎は、カステラを頬張りながら振り返り、部屋の柱に掛けてある振り子時計を見上げながら現時刻を朔耶に伝えた。
「やだ、もう夕方……?
結構眠っちゃってたね、ごめんね……」
「気にするな。
それより朔耶、調子はどうだ?
少しは楽になったか?」
申し訳無さそうな表情をする朔耶に、杏寿郎は気にしていないという様に笑いながら、朔耶の体調を気遣った。
「うん、寝てたからかだいぶ楽になったよ!
有難う杏ちゃん、杏ちゃんのお陰でよく休めたよ!」
朔耶の返答を聞くと、杏寿郎は安心した様に微笑みながら頷いた。
「そうか、それならば良かった!
甘露寺から貰ったというカステラがあまりにも美味くて、朔耶が眠っている間に殆ど食べてしまったが、大丈夫か?」
「全然いいよ、有難う杏ちゃん!
この位の量だったら私でも食べ切れるから」
残り僅かになったカステラの包みを横目で見遣りながら、申し訳無さそうな表情をする杏寿郎に、朔耶は柔らかく微笑みながら消費に協力してくれた事に感謝した。
杏寿郎はそれを聞くと「うむ!」と頷き、座を立った。
「もうすぐ夕食の時間だな、今日は俺が作ろう!
月のものの時にはさつまいもがいいらしいぞ、身体の冷えを防止してくれる効果があるらしい!
朔耶の為に、さつまいもをたっぷり入れた芋粥を作ってくるから待っていてくれ!」
「あ……有難う杏ちゃん!
でも火加減には注意してね……」
朔耶は以前、風邪を引いて寝込んだ時に杏寿郎が「粥を作る」と台所を借りた結果、火加減を間違えて小火騒ぎを起こした事を思い出し、内心冷や冷やしながら台所に向かう杏寿郎の背中に向かって声を掛けたが、彼は羽織を脱いでさっさと台所に向かって行ってしまった。
───杏寿郎が去った後、朔耶は溜息を一つ吐き、自分の下腹部に掌を当てた。
「……ごめんね杏ちゃん、最初から気付いてたんだ。
杏ちゃんが、私が月のものを迎える度に、私の月のものの血を飲んでいた事……
……眠かったのは本当。
だけど何時も途中から目が覚めちゃって、後は終わるまで狸寝入りしてたんだ」
朔耶はそう呟くと、頬を赤らめながら庭先を見つめた。
「普通の人なら、こんな事をされてたら気持ち悪がるだろうけど、私は全然そんな風には思わない……
寧ろ、もっとして欲しいって思っちゃう……
ああ……
こんな風に思う私って、やっぱり相当の変態なんだな……
杏ちゃん……私もかなりの変態だから、謝らなくていいからね……」
───茜色に染まる空をぼんやりと眺めながらそう呟いていた朔耶だったが、廊下から焦げ臭い匂いが漂ってきた事を鼻で感じ取るなり、朔耶は重い身体に鞭を打って布団から立ち上がり、「だから火加減には気を付けろって言っただろーがァァ!!」と叫びながら台所に駆け付けた。
案の定、杏寿郎は火加減を間違えて小火を起こしていた為、朔耶は風呂場の浴槽から桶に水を汲み、尚も竈の前にしゃがんで火に息を送り続けていた杏寿郎の背後から水をぶち撒けて火を消し止めた。
「いい加減にしてよ杏ちゃん!!
あれだけ火加減には気を付けてって言ったのに!!
何回ウチを火事にさせかけるつもり!?
私何かした!?
もう杏ちゃん、台所出禁だから!!
次台所入ったら婚約解消するからね!!」
「よっ……よもや……」
背後から水を掛けられてずぶ濡れになった杏寿郎は、月のものの影響で短気になっている朔耶からみっちり説教を受け、しょんぼりしながら要を呼び寄せ、朔耶の為に握り飯を作ってきて欲しいと千寿郎への伝言を託し、煉獄邸に飛ばしたのだった。
了
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