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短編集











「カァー!カァー!
無限列車ニテ任務中ノ煉獄杏寿郎ノ元ニ上弦ノ参ノ鬼ガ接近!
只今交戦中!シカシ状況ハ杏寿郎ノ圧倒的不利!
至急援護ヲ求厶!カァー!カァー!」


「……何ですって!?」


───任務中、睦からの伝達を聞いた朔耶は目を見開くと、襲い掛かってきた鬼を一刀の下に斬り捨て、高く跳躍しその場から退却した。


「無限列車が通る線路はこの近くの筈……!
お願い、間に合って……!」


杏寿郎の危機を知った朔耶は、祈る様な気持ちで睦の後を追い、杏寿郎の居る場所へと急行した。






「煉獄さん!!!!」




───現場に辿り着いた朔耶が目にしたものは、見るも耐え難い光景だった。


左目から血を流し、腹部に対峙している鬼の腕が貫通している杏寿郎の姿が其処にあり、離れた場所には深手を負った炭治郎が居り、杏寿郎の名を叫んでいた。


傍らに立つ伊之助は、杏寿郎の命令を受けたのか動きたくとも動けない様子だった。


───その光景を見た朔耶は驚愕に目を見開いていたが、その心の内を怒りと憎悪の念がじわじわと侵食していくのを感じ、日輪刀の柄を握る手に力を込めた。




「よくも……よくも杏ちゃんを……

───絶対に許さない、殺してやる」


朔耶は日輪刀を片手に、杏寿郎と上弦の参の鬼の元へと歩いていった。


「───満月の呼吸、終ノ型……刹姫月煌」


───朔耶がそう呟いた途端、普段は深い海の色をしている瞳は金色に染まってゆき、足元からは薄紫色の光が立ち上り、朔耶の全身を包んでいった。


怒りと憎悪に満ちたその瞳は、杏寿郎に致命傷を負わせた上弦の参の鬼ただ一人を真っ直ぐに見据えていた。






「死ぬ!死んでしまうぞ杏寿郎!」


上弦の参の鬼───猗窩座は腕を杏寿郎の腹部に貫通させたまま叫んでいた。




「……?
あれは……朔耶さん……?
どうして此処に……」


離れた場所で事の成り行きを見守る事しか出来なかった炭治郎は、新たな匂いを感じ取り、匂いのする方向に目をやると見覚えのある人物の姿を見つけ、怪訝そうな表情になった。


「どうした紋次ろ……ってアレ、朔耶じゃねェか。
でも何か……とてつもねェ気を纏ってやがる」


伊之助は蝶屋敷での療養中、頻繁に弁当を作って持ってきてくれていた朔耶の事を覚えていたが、此方に向かって歩いて来る朔耶が纏う気の強さに微かな恐怖を抱いていた。


「……ッ……!
朔、耶……」


杏寿郎も此方に向かってくる気配に気が付いた様で、ゆっくりと首を巡らせた先に自分の許嫁の姿を見つけ、残った右目を見開いた。


「……?
何だ、あの女は……」


猗窩座は杏寿郎の視線を追って朔耶の姿を見つけた様子で、訝しげに眉を顰めた。


───するとその直後、朔耶の姿は杏寿郎と猗窩座の目の前に有り、朔耶は無表情で杏寿郎の腹部を貫く猗窩座の腕を日輪刀で切り落とした。


「ッ!!ぐっ……!」


腕を切り落とされた猗窩座はよろめき、支えを失った杏寿郎はその場に膝を付いた。


「ッ……!かはっ……!」


切り離された腕が灰燼になった事で杏寿郎の傷口からは血が溢れ出したが、それは束の間の出来事で、杏寿郎は傷付いた自らの内蔵と折れた肋骨が忽ちに治癒していくのを感じていた。


「……ッ……!
これは……朔耶の十六夜か……?

……否、技を展開している様には見えん、第一十六夜を展開していれば周囲が幻境に包まれている筈……

ならば何故、俺の傷が治癒されているんだ……?」


杏寿郎はその場に膝を付いたまま、自分を護る様にして立つ朔耶の背中を見上げた。


朔耶は左手に携えた日輪刀の切っ先を天に向かって掲げ、再び呼吸を整えた。


「───満月の呼吸、漆ノ型……十六夜」


朔耶がそう呟くと周囲が深い藍色の星空の空間に閉ざされ、その星空に大きな満月が昇った瞬間、杏寿郎と炭治郎の足元から淡い紫色の光が立ち上り、二人の負った傷は忽ちに治癒されていった。


「なっ!?何なんだコレ!?どうなってやがんだ!?」


「あ、あれ……?
俺の腹の傷、もう塞がってる……
それにヒノカミ神楽を使った所為で手足に力が入らなかったのに、もう普通に手足が動かせる……

これは一体……」


伊之助は突如として現れた空間に驚いて辺りを見渡し、炭治郎は腹部に違和感を覚えて隊服のボタンを外し、傷を確認したが其処には傷は無く、更にヒノカミ神楽の使用で疲弊していた手足が正常に動く事に戸惑い、伊之助と同じ様に辺りを見渡した。


「……左目……潰れてしまった筈なのに、普段と同じ様に見える……

何故朔耶が此処に来たのかは分からないが……何時もながら朔耶の力には感嘆させられる……」


杏寿郎は潰れてしまった左目の瞼を恐る恐る上げたが視力に異常は無く、すっかり傷が塞がった腹に手を当てながら感嘆の溜息を漏らした。


しかし目の前に立つ朔耶から殺気が消えない事を訝しんだ杏寿郎は、朔耶の名を呼ぼうとしたがそれは彼女の言葉により掻き消された。


「……お前か?
杏ちゃんをこんなに傷付けたのは……」


朔耶は普段の柔らかな口調と優しい声からは想像もつかない程の冷たい声色で、目の前に立つ猗窩座に問い掛けた。


それと同時に幻境は消え失せ、其処には傍らに脱線した無限列車と、線路と森の光景が広がった。


「素晴らしい……!
一瞬にして間合いを詰めて俺の腕を切り落とすその剣技、そして杏寿郎の致命傷を瞬く間に癒すその力!
ただの人間に出来る芸当では無い、お前も柱だな!?」


猗窩座は切り落とされた腕を再生させながら、興奮した口調で捲し立てた。


「………どのみち死ぬ奴に名乗っても無駄だと思うが、冥土の土産に教えてやる。

───鬼殺隊月柱、輝夜月朔耶。
此処に居る煉獄杏寿郎の許嫁だ」


朔耶の言葉を聞くと、猗窩座は面白そうな表情になった。


「輝夜月……そうか、お前が八年前に無惨様が殺した先代月柱の一人娘か。

そうか朔耶……お前が杏寿郎の許嫁……
分かるぞ、同じ強い闘気を持つ者同士、似合いの二人だ」


「………」


しかし朔耶は猗窩座の言葉には動じず、氷の様な冷たい眼差しで猗窩座を見据えていた。


そんな朔耶の視線を受け止めながら、猗窩座は朔耶に向かって腕を伸ばした。


「分かるぞ、お前の闘気は杏寿郎と肩を並べられる程に練り上げられている、同じ武人である俺にはお前の闘気が見える。
そしてお前のその闘気は、正に至高の領域に到達しようとしている。

故に朔耶、お前も杏寿郎と同じく、鬼になる資格がある者だ。

───俺の名は猗窩座。
朔耶、杏寿郎を連れて此方に来い。
杏寿郎と共に鬼になろう、朔耶。
そして俺と共に高めあお──」


「───満月の呼吸、陸ノ型……望月」




───猗窩座の言葉が終わる前に、猗窩座の身体は一瞬で懐に飛び込んできた朔耶の振り上げた日輪刀により空中に打ち上げられ、頭上に飛び上がった朔耶が振るった日輪刀の斬撃で地面に叩きつけられた。


「ぐはっ!!」


猗窩座が叩きつけられた地面は大きく凹み、衝撃を受けた猗窩座は口から血を吐いた。


猗窩座が体勢を立て直す隙を与えず、朔耶は猗窩座の腹部に着地すると、片足で猗窩座の顔を踏みつけた。


「うぐっ……!」


「気安く私や杏ちゃんの名を呼ぶな、下等生物。

さっきから黙って聞いていれば、ベラベラと喧しい口だ……
死なない限り閉じないならば殺すまで」


朔耶は猗窩座の顔面スレスレに日輪刀の刀身を突き立てると、日輪刀に自分の気を注ぎ込んだ。


「───満月の呼吸、玖ノ型……暁月・冥」


「ぐッ!?
がッ、あぁぁぁぁぁッ!!」


朔耶が呟いた直後、彼女と猗窩座の居る地面に赤く光る方陣が出現したかと思うと、猗窩座はその方陣に反応しているのか苦しみ悶え始めた。


「な……何なんだあれは……
あれが、朔耶さんの力……?
生身の人間が使うにしてはあまりにも常人離れし過ぎてる……」


「よく分かんねぇけど……何か……俺には絶対真似出来ねぇ事だけは分かったぜ、身体の芯がビリビリ震えてやがる」


傷が癒えた炭治郎と伊之助は杏寿郎の側に駆け寄り、杏寿郎の身体を支えながら朔耶の使う技の数々に驚愕していた。


「───朔耶の使う呼吸は、俺達の扱うどの呼吸にも属さない特殊な呼吸、『満月の呼吸』だ。

この呼吸は竹取物語に伝わる天女、輝夜姫が扱っていた『天術』を雛形にしている故、輝夜姫の血を受け継ぐ者───即ち輝夜月家の人間にしか扱えない特殊な呼吸なんだ。

故に朔耶は他者の傷を癒したり、鬼の血鬼術を封じる等、他の柱には扱えない技を使える。
今朔耶が使っている『暁月・冥』は相手の血鬼術を封じる技だ」


炭治郎と伊之助の疑問に応える様に、杏寿郎は朔耶を真っ直ぐに見つめながらそう教えてやった。


「は?タケノコ物語?かぶら姫?何だソレ」


「か、輝夜姫って……御伽噺の中の人物であって、架空の人物じゃないんですか!?」


伊之助は杏寿郎の言葉に首を捻り、炭治郎は信じられないといった表情で杏寿郎を振り返った。


杏寿郎は視線を朔耶から外さないまま、ゆっくりと首を横に振った。


「輝夜姫は架空の人物では無い。
実際に千年前、地上に降り立ち人間との間に子を為している。
その子供が興した一族が、現在の輝夜月家だ。

俺も幼い頃、輝夜月家に伝わる書物で輝夜月家の成り立ちを読んだ事があるから確かな事実だ」


「そんな……じゃあ煉獄さん、朔耶さんは本当に輝夜姫の子孫なんですか?」


「ああ。
輝夜月家には五百年に一度、輝夜姫の血が特に濃い子供が生まれるらしく、朔耶はこれに該当する。
故に朔耶の扱う技の威力と性能は、他の柱より遥かに抜きん出ているんだ」


「そんな……色々突飛過ぎて、頭の中で整理が出来ない……」


杏寿郎の口から語られた、あまりにも非現実的な話に、炭治郎は脳内でパニックを起こしていた。




そんな三人には構わず、朔耶は猗窩座の腹の上から跳び退り、日輪刀の切っ先を猗窩座に向けていた。


「さて、これで今のお前は赤子同然……安心して殺されに来るといい」


猗窩座は横たわったまま喉の奥でクツクツと嗤っていたが、すぐに飛び起きると体術の構えを取った。


「素晴らしい……!素晴らしいぞ朔耶!
いいぞ、戦おう朔耶!その身朽ちるま──ッ!?」


猗窩座は構えを取りながら血鬼術の術式を展開しようとしたが、身体の内側から見えない力で押さえつけられているかの様に、術式が発動出来ない事に愕然とした表情になった。


「ッ!?ば……馬鹿な……!
術式が展開出来ないだと……!?

朔耶、もしや今の技で……!?」


「……頭は悪くない様だな、その通り。
さっき発動した方陣は鬼の血鬼術を封じる為のもの。
そしてこの術は私の意思でしか解術は出来ない。

だから言っただろう?『今のお前は赤子同然だ』……と。

……杏ちゃんを傷付けた罪を贖って貰うには、これ位しないとなぁ?」


朔耶は其処まで言うと凶悪な笑みを唇に浮かべ、印を切る様に日輪刀の切っ先を振った。


「さぁ鬼……幕引きの時間だ。
杏ちゃんが味わった苦痛……その身で存分に味わい、苦しみながら死んで行け」


───その言葉の後、辺りが再び幻境世界に覆われていくのと同時に、朔耶の髪が毛先から銀色に染まり始めた。




「ッ!!いかん!
竈門少年、猪頭少年!絶対に此処を動かない様に!待機命令!」


朔耶の様子を見た杏寿郎の顔からは血の気が引いていき、杏寿郎は立ち上がって傍らに控える炭治郎と伊之助に待機命令を下すと、離れた場所に立つ朔耶を止める為駆け出した。


「あっ!煉獄さん!」


「ギョロギョロ目ん玉!」


炭治郎と伊之助は杏寿郎を呼び止めようとしたが、杏寿郎の耳には二人の声は届いていない様子だった。






「ぐほッ……!がはッ……!」


「どうだ鬼?
何度も肋骨を折られ、臓腑を潰され、左目を潰され、どてっ腹に風穴を開けられる気分は?
幾ら鬼とは云え痛いだろう?苦しいだろう?

それが出来るのが私のこの奥義、拾ノ型……鏡花水月。

月は太陽の光を跳ね返して輝く天体……この奥義は月の性質を元に編み出されている。
更に私の意思により受けた分以上の血鬼術の効果を相手に跳ね返す事が出来る……つまりお前は自分で自分の首を絞めていただけだという事だ、愚かな事よ」


朔耶は狂気じみた笑みを浮かべながら奥義『鏡花水月』で猗窩座が杏寿郎に与えた攻撃を跳ね返し、猗窩座を甚振っていた。


───その髪は既に、半分近く銀色に染まっていた。


(何なんだ……何者なんだこの女!
身体は再生するとは云え、血鬼術は封じられて使えない……!

周囲もこの女の創り出した空間の所為で状況が分からない……
杏寿郎と対峙した時は夜明けが近かった、早く逃れなければ不味い……!

何よりこの女からは、底知れない恐怖と得体の知れない力を感じる……!
俺が上弦とは云え、この女には勝てる気はしない……!)


朔耶の攻撃を為す術なく受け続けながら、猗窩座は必死にこの場から逃げ出す事を考えていた。


そんな猗窩座の心中を見透かしているかの様に、朔耶は猗窩座の顔に自分の顔を近付けながら歪に嗤って見せた。


「そうだな……お前が考えている通り、間も無く夜が明ける。

陽が昇った瞬間に幻境を打ち消し、お前が大嫌いな陽の光でじわじわと炙るのもいいかもなぁ?

くくっ………うふふふ………あっはっはっはっはっは!!」


「ッ……!」


髪を振り乱し、狂った様に高笑いする朔耶の姿を見、猗窩座は今までに感じた事の無い恐怖に身体を支配され、思わず息を呑んだ。




───その時だった。




「朔耶!!
もういい、やめろ!!」


その声と共に、朔耶の身体は猗窩座から引き離された。


───朔耶の身体を引き離したのは、杏寿郎その人だった。


「離せ!!離せぇぇぇ!!」


「離さない!!」


杏寿郎は半狂乱になって暴れている朔耶の身体を背中から抱き締め、必死にその動きを封じていた。


「人を傷付ける醜い鬼は殲滅する、それが鬼殺隊の仕事だ!!
私の邪魔をするなぁぁ!!」


「その通りだ朔耶!
だが朔耶、お前が自我を崩壊させてまで鬼を滅する事を、俺は望んでいない!!」


「……ッ……!」


杏寿郎のその言葉が届いたのか、朔耶の動きがピタリと止まった。


それを見た杏寿郎は朔耶の両肩を掴んで彼女の身体を自分の方に向かせると、ふわりと包む様に抱き締めながら、あやす様に朔耶の髪を撫でた。


「朔耶……朔耶……
良い子だから、俺の言葉を聞いてくれ……

朔耶……俺は、幾ら俺の為と云えど、お前が傷付く様を見たくない……
俺にとって、愛するお前が傷付く事は、何より辛い事なんだ……」


「……ッ……!!

杏、ちゃ……
わたし……私は……」


杏寿郎の言葉は、朔耶の胸に染み渡った様で、朔耶の瞳に涙が滲むと同時に、猗窩座を攻撃する為に創られた幻境世界に罅が入り始めた。


「……いい、それ以上はもう、言わないでくれ」


杏寿郎は朔耶の唇を塞ぐ様に、彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。




「ッ!!」


「あ?
ギョロギョロ目ん玉、何で朔耶の口に自分の口くっつけてんだ?」


遠目から二人の様子を見ていた炭治郎は忽ちに赤面し、伊之助は訳が分からない様子で首を傾げた。




───暫しの口付けの後、杏寿郎は唇を離し、朔耶に向かって微笑んで見せた。


「───朔耶のお陰で傷は完治した、もう何ともないから安心してくれ。

俺が朔耶を護ると誓ったのに……結局何時もお前に護られてばかりだな。

こんな不甲斐ない俺を護ってくれて有難う、朔耶。
だがこれからは必ず、俺がお前を護るから……どうかずっと、俺の隣で笑っていて欲しい。
俺は、朔耶の笑顔が一番好きなんだ。

───俺に何時もの笑顔を見せてくれ、朔耶」


「うっ……うぅぅぅぅ……
杏ちゃぁぁぁぁん!!」


朔耶は其処で堪え切れず泣き崩れ、手に握っていた日輪刀を取り落とすと杏寿郎にしがみついた。


───その瞬間、罅が入っていた幻境世界はガラスが割れる時の様な音を立てながら崩れ去り、朔耶の髪と瞳も元の色に戻り始めた。


「ごめんなさい杏ちゃん……!
ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


「もういい……もういいんだ、朔耶。
俺こそ済まなかった、お前に辛い思いをさせてしまって……」


杏寿郎は泣きじゃくる朔耶の頭を撫でてやりながら、耳元で優しく囁いた。




「───おい、杏寿郎。
俺に情けを掛けたつもりか?」


すると其処に朔耶の攻撃から解放された猗窩座が歩み寄り、憮然とした表情で杏寿郎に問い掛けた。


「───断じて違う。
俺は君の所為で、心優しい朔耶が人の心を失いそうになっていた所を止めただけだ、断じて君の為では無い」


杏寿郎は泣きじゃくる朔耶を護る様に抱き締めながら、猗窩座を真っ直ぐに見据えて断言した。


猗窩座はそんな杏寿郎と朔耶を交互に見て溜息を吐いた後、明るみ始めている東の空に目を遣り、踵を返した。


「───今日の所は痛み分けという事にしておこう。

だが杏寿郎、次に会う時こそは鬼になって貰うぞ。
勿論其処に居る朔耶も、だ。
朔耶の力と本質を人間のまま終わらせるのは実に惜しい、鬼になってこそ朔耶の力と本質は真に輝く」


「何度でも断る、俺達は鬼にはならない。
共に生き、最期まで人としての生を全うする。

───それが俺達の誇りであり、生きる意味だ」


「………」


杏寿郎の言葉に、猗窩座は返答せず森の奥に姿を消した。


───「馬鹿野郎!馬鹿野郎!」「一昨日来やがれ!」と猗窩座が去っていった森の方に石礫を投げる炭治郎と伊之助を、杏寿郎は「もう構わなくていい」と諭し、二人に善逸と合流し、負傷した無限列車の乗客達の救助に当たる様指示を出した。




「………朔耶、涙は落ち着いたか?」


陽が昇り、炭治郎と伊之助が去った後、杏寿郎は自分の胸に顔を埋めている朔耶の髪を撫でた。


「ッ……うん……」


朔耶は鼻を啜りながら、泣き腫らした目で杏寿郎を見上げ、杏寿郎はそんな朔耶の頬に手を添えながら、優しく微笑んだ。


「心配を掛けてしまって済まなかった、朔耶。
お前のお陰で俺と竈門少年の傷は治癒したし、大事は無い。

───乗客達の救助が終わったら、皆で鬼殺隊本部に帰ろう。

帰ったらまた、さつまいもの味噌汁を作ってくれないか?」


杏寿郎の優しい笑顔と言葉に、朔耶は安堵感と愛おしさが溢れるのを感じ、杏寿郎の頬に両手を添えて微笑んだ。


「───勿論だよ、杏ちゃん!
その為にも、早く乗客の皆さんを助けてあげなくちゃ!

怪我してる人が居るなら治療するから、私に任せて!」


杏寿郎は陽光に照らされる朔耶の笑顔を眩しそうに見つめながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「朔耶……
……ようやっと、笑ってくれたな」




───その後、杏寿郎と朔耶達は手分けして乗客達の救助と治療に当たり、その様子を見ていた要と睦は鬼殺隊に伝達を届ける為、空へと飛び立った。




「無限列車にて出没した下弦の壱の鬼を撃破。
二百人の乗客乗員は全員無事。
途中上弦の参の鬼が闖入するも、途中合流した輝夜月朔耶の援護もあり、煉獄杏寿郎、竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助の五名の隊士も無事。
現在乗客乗員達の救護活動中」




───この伝達は他の鬼殺隊士達の元にも届けられ、反応は様々だったが皆、無事の任務遂行を喜んでいた。




「───死にかけていた杏寿郎を救ったのは、朔耶だったんだね。

自分の任務を放り出してまで杏寿郎を救った朔耶……本当に心から杏寿郎の事を愛しているんだね、朔耶は本当に良い子だ。
そして、そんな朔耶の暴走を止めた杏寿郎もまた然り……

私の可愛い子供達……
苦難は多かれど、その未来に幸あらん事を」


産屋敷邸の庭園にて、妻であるあまねに支えて貰いながら伝達を聞いた耀哉は、穏やかな微笑みを浮かべながら杏寿郎と朔耶達の帰りを待ち侘びるかの様に遠くを見つめた。







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