「ねえねえ、神楽さんは彼氏に何を用意したの？」

「え、用意って？」

「あれっ知らないの？　男子には内緒なんだけどね――」


女生徒の中で密かに受け継がれてきたことを知った翌日。

今日は学校中が飾りで花やぎ、生徒たちの声で賑わう日。――そう、文化祭。
日程は二日間あり、今日はその初日である。



登校した生徒たちは各クラスでホームルームを終えた後、バラバラに移動を開始する。


「陸っ！　プログラム見た？」

「見たよー。ブラスバンドの演奏会、やっぱり昼からだったね」

「う゛っ。去年は午後だったけど、今年は午前って噂できいてたのに！」

「午後は当番あるんだから諦めてね。さ、行こう」

「はあい」


クラスの出し物の接客は当番制だ。陸は二日目に光晴と回る約束をしていたので初日にしたのだが、勘違いによって出鼻をくじかれることとなった。


「あ、ほら。茶道部のお茶会、和菓子出るって」

「和菓子！　行きたい！」

（……単純だなあ）


すぐさま立ち直った杏とともに茶道部のお茶会やバルーンアート体験、美術部の展示など見て回り、次は模擬店巡りをしようという話になったときに通りがかったのは保健室。
普段は麗二目当ての女子でごった返しているにもかかわらず、今日は静寂に包まれている。


「ねえ、杏」

「ん？」

「保健室って何やってるんだっけ？」


ぺらりとプログラムをめくった杏が、若干の間をおいて返答した。


「……絵本の読み聞かせ」

「なるほどね。あ、ここ少し開いてる」

「ほんと？　見たい！」


音を立てないよう、そーっと室内を覗き……顔を引き攣らせた二人はすぐさまそこから離れた。


「なにいまのピンクな空間！？　息詰まるよ」

「でもまあ、さすが高槻先生。キマってたね」

「もしかして、読み聞かせ行きたかった？　チケットは……もう無理そうだけど」


時間はすでに１０時をまわっている。“あの”麗人の読み聞かせとなれば、朝一での混乱が想像に難（かた）くない。きれいに保健室内に収まっているのを見ると、他の女子たちは予約などを済ませているのだろう。


「チケットなんていらないよ、ファンじゃないし。私だってあんな空間居られない」

「だよね。じゃ、模擬店行こっか！　１組のケーキ屋は絶対行かないとだし」

「５組の創作たい焼きは？　面白そうだよ」

「創作？　何入ってんの？」

「えっと、ピザ、カレー、もちチーズ他ってあるけど」

「へー。それお昼ごはんにできそう！　最後にそこ行って教室戻ろっか」

「うん！」


目的地が決まるや否や、陸と杏は小走りでそこへ向かった。