「私の“トラウマ”は、大袈裟に言えば男性恐怖症。それが一番酷かったのは中学の始めのころ。女子校なんだけど、男の先生もいて……その授業は全然出られなかった。話すことも、見ることさえどうしようもなく怖くて――それでも、ひとりだけ例外はいた」


陸は昔を懐かしむように、静かに話し始めた。


「中１の冬に、相談に乗ってもらってた生徒相談室の先生が産休を取ることになって……その後任の『各務（かがみ）』って若い男性。まあ“若い”って言っても自称だし、顔も見たことないけど」

「え？」


驚く神無に苦笑してから陸は続ける。


「そう。前任の先生から生徒の話は引き継がれてるから、私のことも知ってた。……しばらく行けなかったんだけど、手紙で何度も来るよう促されて、行ってみたらしっかり間仕切りしてあって。頑なに拒絶する私にも、先生はちゃんと向き合ってくれた」



「なあ神楽、男ってのは馬鹿なんだよ。ちょっとしたことで自制がきかなくなって、やらかした後で悔やむ。その繰り返しだ」

「神楽に手を出したヤツのこと怖いと思うのは仕方ないかもしれない。だけど全部拒絶してかかるんじゃなくて、まず――目を見てみないか？」

「……各務先生の目は見なくていいの？」

「俺はダメ！　いきなりのイケメンは刺激が強すぎるからね」

「……」




「だんだん私の心も解れて、男の先生の授業も出られるようになって――中３の夏頃にはほぼ緩和されてたかな。でも先生、『神楽には顔見せない』って変な意地張っちゃって。で、そのまま卒業しちゃって」

「写真とか、ないんですか？」

「ん？　卒業アルバムならあるけど、写真だけじゃ本人かどうかわからないし……今となってはそれも手元にないし」



「陸。懐かしんでるとこ悪いけど、話ズレてる」

「あ、ああ……ごめん。これじゃただの思い出話だね」


杏に指摘されて、ふるふると頭を振った。


（そうだ。今話すべきなのは、これじゃない――）