「佐原さん、俺は鬼頭生家に戻ります。陸のこと、よろしくお願いします」

「はい、話は麗二様から聞いていますから大丈夫ですよ。お任せください」

「郡司、本当にありがとう。透にもお礼言っておいて」

「ああ。じゃあな」


もえぎの元へと陸を送り届けて、休憩もそこそこに郡司は来た道を引き返していった。その背を見送って、姿が見えなくなっても陸はその場を動こうとはしなかった。
もえぎはそんな陸に、優しく声をかける。


「陸さん、私の部屋でお茶にしましょうか。おいしいクッキーがあるんですよ」

「……はい」



室内に入り、お茶とクッキーをご馳走になった陸だったが、正直味はよくわからなかった。『おいしい』ともえぎのお墨付きだっただけに、今の精神状態で食べるには勿体ないものだろう。

もえぎは普段通りに接してくれているが、このまま黙っていることは陸の方がいたたまれない。


「…………あの、もえぎさん」

「はい」

「さっき、郡司に『話は麗二先生から聞いてる』って言ってましたけど、どこまで聞いてるんですか？」


問いに、もえぎはお茶のカップを置いて陸を真っ直ぐ見つめる。


「私が麗二様から聞いたのは『陸さんお一人だけご帰宅されるので、よろしくお願いします』とだけですよ」

「え、それだけですか？」

「それだけです」


あまりの簡潔さに陸は目を丸くする。


「どうして私だけなのかとか、一切？」

「はい。……気にならないと言ったら嘘になりますが、無理に聞くこともありませんからゆっくりしていてくださいね」

「…………」


（きっと、私と光晴の間に何かあったことくらい気付いてる。それなのに、この人は――）