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君と恋する大晦日


鬼に年末年始などない。

奴らは時期など関係なく、
思うがままに人を喰う。

いやむしろ。
人々が浮き立っているこんな年の瀬にこそ、
生じる隙を狙って襲いかかってきたりする。

故に。
鬼を狩る鬼殺隊士達にも、
無論、年末年始などない。

それは末端の隊士であっても、
隠であっても、
柱であっても同様だ。

けれども、どんな状況を生きていようと、
新たな年を迎える時のように、
眩い光は、心にちゃんとやって来る。


◇◇◇


夜が明ければ、新しい年が来るーー。

そんな大晦日の晩のこと。

鬼殺隊士の私は、普段と何も変わらず任務に呼ばれ、とある山の麓の村で徒党を組んで人を襲う鬼の首を斬っていた。

多勢に無勢、実は一人で苦戦していたのだが、途中、何と偶然通りかかった柱が戦いに加わり、その幸運のお陰であっという間に鬼を討伐する事が出来たのだった。

それでももうすぐ日付が変わる程、大晦日の夜は深くなっていた。

こうして無事に任務が終わり、一息ついていた私の元に、事後処理のために来ていた隠の一人がやって来た。

「鬼殺の事後処理は滞りなく終わりました。それをご報告したいのですが…、炎柱様はどちらに?」


ーーそう言えば先程から、助けに来てくれた彼の姿が見えない。


今回の私の任務に、偶然力を貸してくれたのは炎柱の彼だった。


◇◇◇


炎柱、煉獄杏寿郎様と私は、実は面識がある。

私が普段鬼殺で使っている剣を振るう為の力
は、炎を型どった『炎の呼吸』だ。
鬼殺隊に入ると決めた時から、私は育手に教えを乞い、それを習得した。

「炎の呼吸」は大地をしっかりと踏みしめて技を繰り出す必要があり、そのため強靭さが必要と言われ、男性の使い手が殆どで、女性で使う者は珍しいという事だった。

特に私は、身体がすごぶる小さくて細く、とてもそれを使いこなせないだろう、と育手や周囲の者から言われた。
しかし、いざ訓練を始めてみれば意外や意外、それは水を吸うかの如く、するすると我が身は基本を覚えていったのだった。

そしてその熱き呼吸を磨きながら、今、こうしてここに在る。

「炎柱様」はそんな炎の呼吸の使い手の中で、最も高いところにいる方だ。

その強さも技術も志も、全てに秀で、鬼殺隊を誰より支える特別な人。普通なら余程の事がないと末端の隊士が会う事もなかなか出来ない存在らしい。

しかし彼、炎柱の煉獄杏寿郎様は、私が身が小さく、しかも女だてらに炎の呼吸を使うというのをどこからか伝え聞いてきたのか、

たまに私に稽古をつけに現れた。

当時私は、まだ階級が一番下の癸で、育手の元で稽古を続けている最中だった。
彼はそこにたまにふらりと現れては、私に技や呼吸のコツを教えてくれるのだった。

「呼吸とは、身体の大きさや強靭さが全てではない」

彼はそう言って、炎の呼吸の極意とも言える詳しい内容まで未熟な私にも惜しみなく教えてくれた。

同じ呼吸を使っているとは言え「炎柱様」は話をするなど畏れ多い程の存在の筈…。

勿論私もそれを知っていたのだが、しかし彼は、驚く程気さくな、そして実に爽やかな青年だった。
屈託なく、壁を作らず、私のような末端の隊士にも彼はとても優しく熱心だった。

そんな炎柱様に、初めの頃から私は、
同じ呼吸を使う者として尊敬と憧れの念を抱いていた。


けれども。
私のそれは、恥ずかしながら、
次第にやましく変化した。


技のあれこれを教わる時、彼は私に優しく触れる。型を直したり、力の入れ方を指導する、そんな時に。

その時の、彼の手や指は燃えるように熱く、そして間近に迫る彼の横顔の、あまりに男らしく美しいのに、ある時気がついた瞬間、私は目を、心を、彼に全て奪われてしまったのだ。

ああ、この人は。
なんてなんて素敵な男の人なのだろう。

当然、私は彼に恋をした。

でも私は、そんな想いに無理やり頭をふり、自分の心をひた隠しにした。

彼は鬼を滅する為だけに私を指導しているのだ。鬼のいる世を無くす事こそ、私達の大義。
それなのに、こんな不埒な想いを抱くなど。

こんな事、いけない。
ああ。でも私は貴方が好き。

しかし彼に幻滅されるのだけは嫌だった。

だからこそ私は彼に習った剣技に力を尽くし、それを磨くのに邁進した。そしてその甲斐あって私はどんどん強くなり、ここまで来た。

一人での任務も多く任されるようになった。

すると、炎柱様と稽古出来る機会は殆どなくなり、彼に任務で偶然会えたり、見かけられたら良い、という位になってしまった。

そして最後に彼に会ったのは、いつの事だっただろう。もう覚えていない。

けれども、今年が終わるという今日。

私はこうして彼と再会したのだった。


◇◇◇


姿が見えない炎柱様を探して、私が村を出て少しだけ山中に入ると、ふと気配がした。

暗がりの中に目を凝らして見れば、彼の人は高い木の枝の上に立っているようだった。

私は彼がいる木を見上げた。
何故そんなところに?

そう思いながらも、私は地面を蹴り、彼のいる枝へと飛んだ。

木の上の彼は、その枝の根元の幹に静かに寄りかかり、腕組みをしながら、そこから遠くに見える街の灯りをぼんやりと眺めているのだった。

夜空には微かに欠けた月が昇っていて、ほのかに彼の横顔を照らしていた。

彼は枝に降りたった私に気付くと少し驚いたように目を開き、それから、やあ、と言った。

「炎柱様、ここにおいででしたか。今、隠から事後処理が終わったので報告したいと話がありました」

私の言葉に彼は、

「そうか。うむ、わかった。ありがとう!」

と頷いた。
しかし彼はすぐに枝から降りるでもなく、相変わらずそのまま遠くを見つめている。
私はその横顔を密かにじっと見た。

ああ。相変わらず、貴方は素敵なのね。

そのうち彼は私に、

「今日、久々に君の剣を見たが、ずいぶん腕を上げたな。見事だった」

と言った。

今度は私が驚きで目を開き、暗がりの中、嬉しさのあまり、密かに顔を紅潮させた。それに気がついるのかいないのか、彼は静かに微笑した。

「君は、階級は何になったのだったか」

「乙になりました」

「そうか。もう、そこまで来たのか」

「はい」

ああ、強くなったんだな、と彼は噛みしめるように言った。


その時、どこからか深い鐘の音が、ごーんと辺りに鳴り響いた。

ああ、そうだった。今日は…。

「ああ、除夜の鐘が鳴り始めましたね」

私がそう言うと、彼はちょっとため息をついて苦笑した。

「ああ、もうそんな時間になったか。今年もやはり大晦日のうちに家に帰れなかった!」

「きっと、ご家族も待っていたでしょうね」

「うーん、まあ皆、事情はわかってはいるんだが、弟は待ちわびていただろうなあ。しかし今から急いで走って帰っても、除夜の鐘の百八つ、鳴り終わるまでは帰れまい。帰り着くのは初日の出と同じくらいだろうか」

暫し二人は枝の上で、間隔を開けて鳴り響く、そんな除夜の鐘の音に静かに耳をすませた。

「除夜の鐘の百八つとは、確か…煩悩の数だったな。君にも何か煩悩というのはあるのか?」

彼が不意に私に聞いた。

「私に、煩悩ですか?」

彼は少しいたずらめいた顔をして、そう、と答えた。

そうですね、と私は首を傾げ考える。

すぐに思いつくものと言えば…。

「例えば、兄弟に横取りされずに思い切りお饅頭を一人で食べたいと思っている、ですとか…」

彼はそれを聞くなり吹き出した。

「はは!何と、それが君の煩悩か!」

「私は弟妹が多いものですから。どうしても長女は満足が…」

私が少しばつの悪い顔をすると、彼は一層明るく楽しそうに笑うのだった。
そんな彼の姿を、私は改めて、ああ、彼は本当に清々しく素敵だ、と思うのだった。

「炎柱様は、煩悩には縁がなさそうですね」

「俺が?…そう見えるか?」

「はい」

私の言葉に、彼は少し意外そうな表情を浮かべた。そしてそれから、薄灯りの中で何故だか意味深な瞳で私をじっと見るのだった。

何かを変えてしまいそうなそれに、私は少しだけ怯んだ。するとその刹那、

「そんな事はない!俺にもある。…例えば、」

そう深い声で言った彼は、私の手をグイと引き寄せた。そして私の唇に口づけした。そしてゆっくり離れゆく唇で、

「こんな煩悩など」

と囁いたのだった。

突然の出来事に私は言葉を出せず、ただ呆然と彼の顔を見つめた。炎柱様はそれにちょっと苦笑して、それからその胸の中に私を抱きしめた。

「…君には、本当は違う煩悩があるんじゃないのか?俺は…ずっと君のそれに気がついていた。何故なら、」

「俺もずっとそうだったから」

彼の言葉に私は驚愕して腕の中で顔を上げた。

それは。まさか、それは。

炎柱様はそんな私を優しく見下ろした。

「その様子では、君は俺の気持ちを全く知らなかったか。伊黒や他の柱達から、任務の時の俺と君の振るまいが、どうにもあからさま過ぎるとからかわれていたのでなあ。君にももう、十分伝わっていると思っていた。しかし…実はそうでもないのか」

まあ致し方ない、と彼は照れ隠しのように目をくるりとさせた。

「しかし、こうして想いを伝えたからには。来年からは少しだけ俺を男として見てはくれまいか」

今もここでずっと君の事を考えていた。

そう言うと彼は、今度は私の額に優しく口づけた。

「この続きは、また来年」

そんな彼の囁きの言葉の後ろで、除夜の鐘が再び深く響いた。

ああ、もうすぐ年が明ける。
でも。

新たな年のその光の前にあって、
私の煩悩は消えるどころか一層深まるばかりなのだった。

私の胸は今、鐘の如く深く鳴る。
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