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撫でる風

今年もやってきた、思い出したくもない――否、認めたくない出来事が起こった日。あれから何年経ったのだろう……何年経とうとも、涼は『この日』が近づくといつになく不機嫌になる。涼と付き合いの長い人間は、『暗黙の了解』として『その日』が近づくと必要以上に絡まなくなるのだが――

「ねぇねぇ、格好いいお兄さん、名前なんての?なんて呼べばいい??」
何も知らない新参者は、不機嫌な涼に気後れすることなく話しかける。
涼は一瞥する事もなく席を立とうとするが、新参者はそれを許さなかった。
「チョット、こんな美人が話しかけてるのに、ソレはないんじゃない?!」
仕方が無くその女の方を見る。確かに美人の部類なんだろうが――。
「ウルセー……俺はナルが一番嫌いなんだよ……」
冷たく女の目を見据えて、飲みかけのグラスを手に取ると女の頭上へソレを移動させる。
「さっさと消えな」
言葉と共に、グラスの中身を女の頭へと降り注いだ。女がなにやらギャーギャー騒いでいるのを尻目に、涼は無言で店を出た。
地上への階段を上がり、空を見上げた。都会独特の、星が陰り、ビルの室内灯や広告のネオンなどの灯りが広がっている。冷たい秋風が涼の頬を撫でた。

「涼、お前またやったんだってな?」
壁に寄りかかり、煙草を吸いながら空を眺めていると、通りの向こうから冬夜が歩いて来た。
「仕方がないだろ……」
冬夜は、涼が問題を起こすと必ずやってくる。誰かが冬夜を呼んでいるらしい。
「何がお前をそうしているのかは知らないけど……あんまり問題起こすなよ?」
「アンタには関係ないだろ……」
「ん~……関係あるんだな、コレが」
「……ねぇだろ」
「お前は俺の『ダチ』だから、関係あるんだよ」
悪戯っぽく笑いながら、涼の隣で煙草に火を点ける冬夜。涼が怪訝な顔をしていると、冬夜は続けた。
「お前がこの街に来たばかりの時も、こんな風が吹いてたよな」
涼がこの街に来たのは三年前。
それまで暮らしていた土地とは『近くもなく、遠くもない』距離のこの街へ、涼は逃げるように越してきた。とにかく逃げたかったのだ。あの土地にいるのは辛すぎた。が、遠くに行くには未練があった。『いつでも会いに行ける』そんな距離に居たかったのかも知れない。
「そうだな……」
「涼がなんでここに来たのかは知らないけどさ、たまには実家に帰ったらどうだ?」
何をいきなり……それに、あそこには近付きたくなかった。今の俺には――アイツに会わす顔がない。

冬夜は、いつも涼を気遣っている。例えどんな些細な事であっても、涼が自分から話さない限りは訊いてこない。それが心地よくて、涼は冬夜とだけは普通に話している。あの『暗黙の了解』も、冬夜が周りに広めていったらしい。
「どうした?」
涼が黙ってしまったのを気にして、冬夜が心配そうな顔をしていた。
「なんでもねぇよ」
「そうか?ならいいけどよ……独りで全部を背負い込むなよ?」
「あぁ……分かってるよ」
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