「私は常に貴女と共に成長しているのよ。だから『実際の貴女と同じ』姿なの。それに、この試練を受けるのは『貴女』であって『私』じゃない。だから貴女にはそれなりのハンデがつけられた。けれども、私の事は誤算だったみたいね」
「え……？」
「貴女が私を覚醒させるとは、露ほども思ってなかったみたいよ？まぁ、お陰で勝算も見えてきたけどね」
舂葉希は綾芽とまったく違う感じで笑った。全てを包み込んでくれる様な、そんな優しい微笑みだった。
「どうしたの？『おじさん』に勝つ見込みが出たのに嬉しくないの？？」
「そういうのじゃなくて……なんか――」
「クスッ……不思議でしょ？自分と同じ顔の人間が目の前で笑ってるのは」
「うん……でも、何で同じ顔なの？？」
「あぁ……私達はね、一卵性の双子になる予定だったのよ。『おじさん』が暴力を振るわなきゃね」
「一卵性――」
「そうよ。二卵性とは違って、元は一つだから姿形、色んな所が似ちゃうのよ。二卵性なら、ココに立っている私は全く別の姿をしているわ」
「そうだよ……ね」
「今すぐに全てを理解する必要はないわ。貴女が今すべき事、それはお母さんを『赦してあげる事』よ」
「お母さんを『赦す』？なんで？だってあの人は――」
「自分の子供を本当に憎むなんて事、そう簡単には出来ない事よ？」
「でも！」
「本当はお母さんは貴女を愛してるのよ。けれど――『おじさん』には逆らえないの。悪いと思っても……逆らえないのよ――『暴力』という卑劣なチカラに抑制されてしまっているから……」
「暴……力？」
「えぇ、お母さんも被害者なのよ。『おじさん』は暴力でお母さんを操り人形にしてしまった。お母さんの心もまた、貴女と同じく――いいえ、貴女以上に傷ついてるのよ」
お母さんが私以上に傷ついてる？そんな事――だって、あの人はおじさんと一緒に私を虐待してたじゃないの！？
「嘘だ……だったら……だったら何で私を助けてくれなかったの？？ねぇ、舂葉希、どうして！？」
「逆らえなかったのよ……時に見せる優しさにすがり、ソレしか頭に無くなった。ソレ以外には我慢してたのよ。逆らうなんて自殺に近い行為、あの人に出来ると思う？たった1人の我が子を護る為には――逆らうなんて出来ないのよ」
悲しげな顔をして、舂葉希は続けた。
舂葉希も苦しんでいるのだ。例え身代わりになっていたとしても、それは一時的でしかなかった。全ての暴力からは護りきれなかった。
しかし、綾芽が苦しみ、傷ついてるのと同時に、母もまたそれ以上に苦しみ傷ついてる姿を見てきたのだ。
「ＤＶ――そこがドメスティック・バイオレンスの恐ろしい所でもあるのよ……周りが救いの手を差し伸べてあげなきゃ、抜け出ることが困難な蟻地獄の様な、そんな行為なのよ。あの男がやっている事は――」
舂葉希は涙を堪えて、歯を食いしばっていた。
赦せなかった。『おじさん』の行為も、ソレから母を救うことも出来ない『自分』も、赦すことが出来ずに悔しかった。
そんな舂葉希を見た綾芽は、微かな記憶に残る母との楽しい思い出を思い出していた。
「お母さんを救えるのは『私』じゃないわ。『実体』のある『綾芽』だけなのよ」
「……どうすれば――」
「え……？」
「どうすれば――お母さんを救えるの？」
「綾芽――」
「ねぇ、舂葉希なら知ってるんでしょ！？お願い！！私……お母さんも助けたい！」
綾芽のその言葉に、舂葉希は堪えていた涙を零した。まるで何かの呪縛から解放された様な、そんな気分だった。
「舂……葉希？」
「ごめん……なんでもないよ」
涙を拭き、顔を上げた舂葉希は確かな決意を目に窺わせた。この子が妹で良かった。この子なら――この子なら母を必ず救ってくれる。
「綾芽、一緒にお母さんを助けようね！」
「うん！！」

「……でね、私が『おじさん』の足止めをしているうちに綾芽は――」
「うん……解った。私、やるよ！」
「いい？チャンスは一度きりよ。貴女があの男の『恐怖』に負けたら、もうココからは出られないわ」
「大丈夫だよ。私には舂葉希と――それにお母さんも友達もついているんだから！」
「フフフ……そうね、じゃあ行きましょうか？」
「うん！お母さんを助けてあげなきゃ！！」