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残る温もり

その年は数年振りの大雪だった。
空からは真っ白な雪がふわふわと舞い落ち、全てを包み込み、辺り一面を純白に染めていく。
「凄い雪ね……」
舞い落ちる雪は、女の手のひらにふわりと乗るとすぐに融けてしまう。それでも、すかさず新たな雪が女の手のひらに舞い落ちる。
「数十年振りの大雪らしいな、今年は」
「そうね、こんな大雪覚えてないもの」
「貴方達が覚えていないなら、本当に珍しい光景なんでしょうね」
女は二人に笑いかけると、両手に息をはきかけた。寒さで息は白くなっている。
「ここいらは冬っても、そんなに降らないからな~」
「降るだけでも珍しいのに、今年は量も馬鹿にならないわね」
うんざりしている二人とは対照的に、女は嬉しそうに雪を眺めている。
「何だか貴女は楽しそうね、舂葉希(ツバキ)」
「えぇ。貴方達は楽しくないの?」
舂葉希と呼ばれた女は、不思議そうに二人に訊いた。
「さすがにここまで降ると――楽しいとは言えないよな?咲羅(サクラ)」
「昔みたいに楽しむ余裕が無いのよ、私も眞葵(マキ)も」
「この調子だと、交通機関が麻痺しかねないしな~」
「仕方が無いわよ。普段あまり降らないから何の対策もしてないだろうし」
「そうだな……」
「ねぇ?」
「ん?――なっ」
呼びかけられ振り向いた眞葵に、舂葉希は雪玉を投げつけた。
「いきなり何すんだよ!?」
「舂葉希??」
驚いている二人を無視し、黙々と新たな雪玉を作っている舂葉希。
作り終わったソレを、今度は咲羅に投げつけた。
「えっ?――きゃっ」
「こんなに沢山あるんだから、遊ばなきゃ損でしょ?」
クスクスと笑う舂葉希につられて、眞葵と咲羅も笑いだした。
「だな。っしゃ~!とことんやってやる!!」
「っもう~!」
「ぼ~っとしてると危ないわよ?咲羅」
そう言いながら、舂葉希はまた咲羅に雪玉を投げた。
雪玉は咲羅のコートに中り、砕け散った。パラパラと落ちる雪の塊を見ながら、咲羅はゆっくりと顔を上げて言った。
「覚悟しなさいよ?お二人さん」
「咲羅?」
中り所が悪かったかと思い、咲羅に近づく舂葉希。だが、咲羅は舂葉希の顔が近くに来るとすかさず雪を顔にかけた。
「ちょっ……咲羅!?」
「仕返しよ、舂葉希」
悪戯っぽく笑む咲羅を見て、舂葉希は一瞬呆気に取られていたがすぐに笑顔になり、近くに積もっている雪を掴み雪玉を作り出した。
「徹底的にやる?舂葉希」
「もちろんよ、咲羅」
「え??ちょっと、二人とも――それは卑怯だろ!?」
「「関係なしっ!」」

夢中で雪合戦をしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。
素手で雪を掴んでいたため、舂葉希の両手は真っ赤になっていた。
「あらら……大丈夫なん?舂葉希」
「真っ赤になってるじゃない!?」
心配そうに訊く二人に、舂葉希はクスクスと笑いながら大丈夫、と答えた。
「綾芽には悪いけど、外に出たのは久しぶりだもの。羽目を外したくなったのよ」
「だからって……外しすぎだろ、その手はさぁ」
「何?私に楯突く気?眞葵」
「い……え、いや、そういう意味じゃなくて――」
凍り付くような微笑みを湛えた舂葉希を前に、眞葵はたじろいだ。
綾芽と違って、舂葉希には冗談も通じない。
「はいはい、二人ともそこまでよ」
見かねた咲羅が止めに入り、何とか二人を落ち着かせた。こんな寒い所で喧嘩に巻き込まれたくなどないから。
「まったく……私に意見しようなんて十年早いわよ、眞葵」
「さいですか……」
「何よ?文句でもあるっていうのかしら?」
「――何でもないです」
「舂葉希、いい加減にしなさい。そんな事ばっか言ってると、綾芽の評判悪くなるわよ?」
「……そうね」
「さ、もう帰ろうか?」
「えぇ……」

たとえ私が消え失せたとしても、あの子にはこんなに素敵な友達が側にいる。こんなにも優しい人達に恵まれている。
薄れゆく意識の中で、彼らの温もりだけがただ心に残るばかり――。
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