「無理？何もせずに決めつけるのは何故か？余は汝が申した“【人間】の可能性”とやらがある限りは、可能な事だと思っておる」
ナマエの小さな呟きに対し、【桜希】は不思議そうに表情を変えた。
「汝は【人】であって【人間】ではない。故に我等は汝の“可能性”に賭けてみたいとも思った。【人間】を変えるのが不可能であるのであれば、【人】である汝が【神子】としてまずは変わる事から始めるが良い」
「【神子】として？どういう意味なの？」
「余は森羅万象を司る【神霊】。汝を“この世”に“引き寄せた”と先程言ったが、汝は“この世”に生を受けたのではない。“別の世界”から“引き寄せた”のだ」
「“別の世界”だって？どういう事なのか、詳しく説明してくれ♠」
「主であるナマエは――“別の世界”で生を受けることなく旅立った。その“魂”を余が掬い上げ“この世界”へと転生させた」
「転生だと？！」
「“輪廻転生”……それが【黄龍】様にのみ扱える【力】じゃ」
「だからか♦」
「何か知ってるのか？ヒソカ」
妙に納得しているヒソカを見て、クロロは疑問を持った。ヒソカが何かを知っているという事だけは判ったクロロは、素直にその疑問を問うた。
「ウヴォーギンとパクノダの事だよ♣」
「2人がどうしたっていうんだ？」
「本当は死ぬはずだったのを、ナマエが助けたんだよ♠」
「ますます意味が解らんな」
「ウヴォーさんは貴方が鎖野郎と呼んでいる人に、パクノダさんは自らの意思でそれぞれが命を失ったんだよ……それを私が強制的に“呼び戻した”」
「“呼び戻した”だと？」
「うん……原理は解らないけど、昔から自然の中であればその【力】を使ってそういう事が出来たんだ。まさか【桜希】の【力】だとは思ってなかったけど…………」
「余の【力】はあらゆる“生命力”に通ずるモノがある。森を媒介とし【力】を使う分には代償は見逃してきた。しかし、【神子】が余の【力】を欲した時には代償を頂いていた。これも試練の一つよ」
「それでパクノダの時はナマエの右脚を奪った、という訳か♦」
「そうだ。多くの【神子】候補は代償と己の欲にて身を滅ぼす。だが我が主は違った。我等の【力】を使い分け、【人間】を護る事を選んだのだ。パクノダとかいう女の時は、その身を犠牲にしてまで理を覆した」
ナマエを見ながら、【桜希】はいつの間にか漆黒に戻っていた瞳を細めた。
「私はただ……死んで欲しくなかった。生きて犯した罪を償って欲しかった……ただそれだけ。自己満足に過ぎないよ」
「自己満足と思うのであれば、それも良かろう。しかし、汝のとった行動で理が覆ったのは事実だ。余は汝が望みを叶え、それによって己が望みを叶える道標となった。ただそれだけの事よ」
「なら、怪我の治りが異様に早いのもキミ達の【力】なのかい？」
「そうだな……我等は【人間】と刻の流れが違う。その影響を強く受けているのだから、当然の事よ」
一つ一つ明らかになっていくナマエさえ知らない事実。
当の本人はあまりの話の早さに思考がついて行けず、一人戸惑っていた。
そんなナマエの代わりに、ヒソカはずっと思っていた疑問を【桜希】に投げかけている。
「刻の流れが違うっていうのはどういう意味なんだい？」
「そのままの意味だ。我等は【人間】よりも早い刻の中で生きている。しかし、見た目だけはそれに比例しない。余は既に5000年以上生きておるが、【人間】でいうとまだ若い姿であろう？【十六夜】はあの見た目で500年は生きておる」
確かに【十六夜】の見た目は4～5歳にしか見えない。それでも500年生きているというのだから、ますます謎が深まっていく。
「我等が【人間】の言葉を話せる様になるのは、1000年を過ぎた辺りからだ。そして我等が棲まう【聖域】とは正に何者にも侵されぬ聖なる場所……そこに棲まう【霊獣】の安息の地だ。余はそこでナマエを【神子】となるべく育てさせた。【神子】とは我等の希望なのだ」