真紅と漆黒
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「何ですか?その顔は……」
「へ?」
「ニヤけてますよ?」
「何でもないよ。でも……ありがとね、セバスチャン」
「お礼を言われるような事はしてませんよ」
顔を見合わせ笑うと、作業に戻った。
やがてマダム・レッドの葬儀の日になった。
大勢の人間で埋め尽くされた教会。
鳴き声が漏れ聞こえるソコに、遅れて到着した小さな主とその従者。
教会のドアを開け主が一歩中に踏み入ると、先に集まっていた人間達がざわつき始めた。
そのざわつきに振り返るのは主の婚約者:エリザベス。
「シエル……!」
主であるシエルは、胸ポケットに真紅のバラを挿し、真っ赤なドレスを抱えて教会内を静かに歩いた。
周りのざわめく声など気にせず、マダム・レッドの棺まで辿り着くシエル。
棺には真っ白な服を着て、周りを白い花で囲まれたマダム・レッドの姿があった。
棺が置かれている台に腰を掛けると、シエルは持って来たドレスをマダム・レッドの上に掛けた。
「――貴女には白い花も地味な服も似合わないよ。貴女に似合うのは情熱の赤」
スッと胸ポケットにあったバラを彼女の髪に挿すシエル。
「地に燃えるリコリスの色だ、《アン叔母さん》」
シエルがマダム・レッドの額と自身の額を合わせると、何もない教会の入り口から無数の花びらが舞い込んできた。
ドアの外には大輪のバラを積み込んだ馬車。
その馬車の前にはシエルの従者とアンダーテイカーがいる。
「――あ」
とどまる事無く降り注ぐ赤い花びら。
「――おやすみ、マダム・レッド」
「切り裂きジャックの正体は女王に報告しないのかい?」
マダム・レッドの埋葬を終え、皆が帰った所で劉が口を開いた。
「――……する必要もないだろう。もう切り裂きジャックはロンドンにはいないのだから」
「――そうやって君は、どんどん泥沼に足を嵌めてゆくのだね」
「……?」
「たとえ引き返せぬ場所まで踏み込んだとしても、君は無様に泣き叫び助けを乞うような姿は決して人には見せないのだろう。誇り高き女王の狗。我も伯爵のお世話にならない様、せいぜい気をつけるよ」
「阿片は中毒性が問題になってきてる。英国で規制がかかるのも時間の問題だからな。そうなれば華僑(おまえら)の経営している阿片窟(アナグラ)もいずれ閉鎖せざるをえなくなるだろう」
「そうなったらまた別の商売を考えるさ。まだ我はこの国に興味がつきない。君にもね、伯爵」
風が吹き抜ける中、劉はシエルに近づき耳元で囁いた。
「まだまだ面白いものを見せてくれると、期待しているよ」
そう言うと劉は帰って行った。
「セバスチャン、ナマエ。少し寄る所がある。来い」
シエルに連れられ暫く歩くと、墓石に腰を掛けるアンダーテイカーの姿が見えた。
「――アンダーテイカー、終わったか」
「もちろん。小生がしっかり綺麗にして埋葬してあげたよ。ほら」
アンダーテイカーの手の先には真新しい墓石があった。
「切り裂きジャック事件最後の《お客さん》だよ」
その言葉にセバスチャンは目を見開いた。
「国外からの移民だったらしい。遺体の引き取り手が見つからなかった」
「だから優しい伯爵は名もない娼婦のお墓を建ててあげたんだよねェ~。ヒヒヒッ」
「優しくなどない」
背後から顔を覗き込んでくるアンダーテイカーにシエルは言い切り、杖を持っている手に力を込めた。
「……僕は《わかって》いたんだ。この女を助けてやれないということを。あの夜、この女の命を第一に考えるなら助ける方法はいくらでもあった。だが僕は《そう》しなかった。助かる可能性をわかっていながら、切り裂きジャックを捕らえることを優先した。僕は助けられないのを《わかってた》。わかっていて、見殺しにした。肉親さえ……」
「へ?」
「ニヤけてますよ?」
「何でもないよ。でも……ありがとね、セバスチャン」
「お礼を言われるような事はしてませんよ」
顔を見合わせ笑うと、作業に戻った。
やがてマダム・レッドの葬儀の日になった。
大勢の人間で埋め尽くされた教会。
鳴き声が漏れ聞こえるソコに、遅れて到着した小さな主とその従者。
教会のドアを開け主が一歩中に踏み入ると、先に集まっていた人間達がざわつき始めた。
そのざわつきに振り返るのは主の婚約者:エリザベス。
「シエル……!」
主であるシエルは、胸ポケットに真紅のバラを挿し、真っ赤なドレスを抱えて教会内を静かに歩いた。
周りのざわめく声など気にせず、マダム・レッドの棺まで辿り着くシエル。
棺には真っ白な服を着て、周りを白い花で囲まれたマダム・レッドの姿があった。
棺が置かれている台に腰を掛けると、シエルは持って来たドレスをマダム・レッドの上に掛けた。
「――貴女には白い花も地味な服も似合わないよ。貴女に似合うのは情熱の赤」
スッと胸ポケットにあったバラを彼女の髪に挿すシエル。
「地に燃えるリコリスの色だ、《アン叔母さん》」
シエルがマダム・レッドの額と自身の額を合わせると、何もない教会の入り口から無数の花びらが舞い込んできた。
ドアの外には大輪のバラを積み込んだ馬車。
その馬車の前にはシエルの従者とアンダーテイカーがいる。
「――あ」
とどまる事無く降り注ぐ赤い花びら。
「――おやすみ、マダム・レッド」
「切り裂きジャックの正体は女王に報告しないのかい?」
マダム・レッドの埋葬を終え、皆が帰った所で劉が口を開いた。
「――……する必要もないだろう。もう切り裂きジャックはロンドンにはいないのだから」
「――そうやって君は、どんどん泥沼に足を嵌めてゆくのだね」
「……?」
「たとえ引き返せぬ場所まで踏み込んだとしても、君は無様に泣き叫び助けを乞うような姿は決して人には見せないのだろう。誇り高き女王の狗。我も伯爵のお世話にならない様、せいぜい気をつけるよ」
「阿片は中毒性が問題になってきてる。英国で規制がかかるのも時間の問題だからな。そうなれば華僑(おまえら)の経営している阿片窟(アナグラ)もいずれ閉鎖せざるをえなくなるだろう」
「そうなったらまた別の商売を考えるさ。まだ我はこの国に興味がつきない。君にもね、伯爵」
風が吹き抜ける中、劉はシエルに近づき耳元で囁いた。
「まだまだ面白いものを見せてくれると、期待しているよ」
そう言うと劉は帰って行った。
「セバスチャン、ナマエ。少し寄る所がある。来い」
シエルに連れられ暫く歩くと、墓石に腰を掛けるアンダーテイカーの姿が見えた。
「――アンダーテイカー、終わったか」
「もちろん。小生がしっかり綺麗にして埋葬してあげたよ。ほら」
アンダーテイカーの手の先には真新しい墓石があった。
「切り裂きジャック事件最後の《お客さん》だよ」
その言葉にセバスチャンは目を見開いた。
「国外からの移民だったらしい。遺体の引き取り手が見つからなかった」
「だから優しい伯爵は名もない娼婦のお墓を建ててあげたんだよねェ~。ヒヒヒッ」
「優しくなどない」
背後から顔を覗き込んでくるアンダーテイカーにシエルは言い切り、杖を持っている手に力を込めた。
「……僕は《わかって》いたんだ。この女を助けてやれないということを。あの夜、この女の命を第一に考えるなら助ける方法はいくらでもあった。だが僕は《そう》しなかった。助かる可能性をわかっていながら、切り裂きジャックを捕らえることを優先した。僕は助けられないのを《わかってた》。わかっていて、見殺しにした。肉親さえ……」