「坊っちゃん、本日もお手紙が届いておりますよ」
シエルへの講義を終え一息ついていたところに、大量の手紙を持ったセバスチャンがやって来た。
「もう社交期（シーズン）も終わるというのに暇人共め。くだらない舞踏会に夜遊びの相手捜し……ロンドンはロクなことがない」
うんざりした顔で言うシエルを横目に、ナマエはセバスチャンが淹れた紅茶を飲んでいた。
「ワーウィック伯爵。バース男爵。ガーランド伯爵夫人……」
差出人を読み上げながら、シエルはポイポイと手紙を投げていく。
「これは……」
そんな作業をしている途中、1通の手紙の封蝋（シーリングワックス）を見てその手は止まった。

イギリスの夏は短く、最も気候の良い5月～8月は《シーズン》と呼ばれ、地方の屋敷（マナーハウス）から貴族達はこぞってロンドンの町屋敷（タウンハウス）へ赴き社交に精を出す。
シエルもセバスチャンとナマエを連れて、ロンドンにあるタウンハウスへと来ていた。
「坊っちゃんがタウンハウスへいらっしゃるのは久しぶりですね」
「“あの手紙”さえなければ誰が……」
シエルがタウンハウスへ赴く事になったのは、例の封蝋がされていた手紙によるものだった。
「人が多すぎて満足に歩けもしない」
「たまにはお屋敷を離れるのもいい気分転換かもしれませんよ。あの4人もいないことですし、静かに過ごせそうじゃありませんか」
タウンハウスの中へと入り、リビングへの扉を開けるセバスチャン。
「まったく。この家はドコにお茶しまってんのかしら」
「見あたらないねぇー」
リビングは見事にごちゃごちゃになっており、3人は固まった。
「マダム・レッド！？劉！？何故ここに……」
いち早く我に返ったシエルが叫ぶと、リビングを荒らしていた3人がこちらに視線を寄越した。
「あらっ、早かったじゃない。可愛い甥っ子がロンドンに来るっていうから、顔を見に来てあげたんじゃない」
「やあ伯爵。我は何か面白そうなことがあると風の噂で聞いたものでね」
全身真っ赤なマダム・レッドと細目の中国人：劉。実物を間近に見ると、やはり美形揃いだ。
「これはこれは、お客様をお迎えもせず申し分けありません。すぐにお茶（イレブンジーズ）の用意を致しますので、少々お待ち下さい」
何事も無かったかの様に振る舞うセバスチャンは流石執事だといったところか。
数分でお茶の用意を整え、客人に振る舞う。
「いい香りだ。淹れ方がいいと格別だね」
「本日はジャクソンの《アールグレイ》をご用意致しました」
「同じアールグレイでも違うモンねぇ～。グレルもちょっとは見習いなさいよ」
「は……はぁ……」
マダム・レッドに叱責され、グレルと呼ばれた執事は力なく返答した。
「それにしても……何度見てもあんたイイ男ねー。田舎（マナーハウス）仕えなんか辞めてウチに来なさいよ！」
ぐふふ、と笑いながらマダム・レッドはセバスチャンのお尻を撫で上げた。
さすがのセバスチャンもこれには驚きを隠せず、ビクッと反応していた。
「それに……見ない顔だねぇ～、君」
劉がナマエを見据えて薄っすらと瞳を開ける。
「ご紹介が遅れまして申し分けございません。こちらはナマエ。坊っちゃんの新しい家庭教師でございます」
「お初にお目にかかります。ナマエと申します。以後お見知り置きを」
綺麗な笑みを浮かべながら恭しく礼をするナマエ。
そんな彼女を見て、劉は目を細めた。
「名前の響きからして東洋人だねぇ。どこの出身だい？」
「日本でございます、劉様」
「日本！？ヤマトナデシコってやつかしら？？」
「私（わたくし）自身は大和撫子とは言い難いと思います、マダム・レッド様」
「いや～ん！謙虚なところが素敵だわぁ！！」
「ゴホン！！マダム・レッド……」
「あっ、ごめん。思わず♡」
悪気はないと言いたげに、マダム・レッドは笑った。