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雨が降る

しとしとと、ソレは空から舞い落ちていた。人の心を憂鬱にさえさせるソレは、無くなったら困るのが現実だが――何度消滅を願ったであろうか。
もう何年経つのだろう……あの日、弟がこの世を去ってから。
何度弟に会いたいと願い、あの笑顔を見たいと、そう望んだことか。その時から『雨』が嫌いになっていた。

弟が旅立ってから、色々ありすぎて時間の感覚すらが麻痺していた。時には早く、時には遅く流れゆく時間。時折疼く傷跡。それだけが、私に『時の経過・季節』を教えてくれる。気温が下がり、雨が降りそうになる度に疼きだす両目の傷が。

自分が所謂『普通』ではないと気づいたのは、高校生の時だった。『何か』が違う。そんな感覚だけが、私を包み込んでいた。『自分』が解らない。視覚を失ってから、初めて立ち塞がる恐怖の壁。今まで逃げに逃げていた報いなのか――どんなに振り払おうとしても、恐怖は頭の中に住み続けた。形も無く姿も無い、感覚だけの恐怖。
当時、初めてまともに相手をしてくれた人間との出会いは、私の唯一の救いであり、楽しみでもあった。彼・冬夜だけは、私の生い立ちや視力が無い事など一切気にせず、普通の人間として接してくれた。
「閑那(カンナ)ってさ、何でいつも下向いてんの?」
常に下を向いているのがとても気になったのか、冬夜は私に疑問をぶつけてきた。
しばらく沈黙が続き、冬夜は不味い――と思ったらしい。気配がいつもと違っていたのだ。クスクスと笑いながら、私はポツリと呟いていた。
「……空」
「え?」
「空が眩しすぎるから」
「今日みたいに天気がいい日なら分かるけどさ……そんなの関係なく下向いてるだろ?」
私に空は眩しすぎる。例え曇っていても関係無いんだ。何故なら――私が見た最後の空は、一片の雲もない、透き通るような青空だったのだから。
「今日は寄り道しない方がいいよ、冬夜」
「は?何だよ、いきなり」
「傷がね、疼くんだ……」
目に触れながら言うと、冬夜はボヤいていた。遊びたい盛りなのだから、仕方がないんだろう。
「ソレさ、当たんのか?」
「ソレ……って?」
「傷が疼く、ってヤツだよ」
「あぁ~……今まで外れた事がないと思うよ」
「ったく……しゃーねぇ、今日は諦めるか」
嫌々ながらも、冬夜は私の言う事を信じてくれた。知り合ってまだ間もない、盲目の私の事を。

それから幾日かが経ち、放課後冬夜から初めて誘われた。なんでも、会わせたい友達がいるらしい。冬夜曰く『俺より信頼出来るヤツ』なのだが――どうせこの目を見た途端に態度が変わるだろう。今まで出会ってきた他の人間の様に――。

冬夜に連れられ、学校近くの喫茶店へと入った。いろんな匂いが混じり合い、何とも言えぬ不快感に覆われた。
「大丈夫か?顔色悪いぞ……」
「大丈夫、すぐに慣れるよ」
冬夜は私の顔を覗き込み、すぐに奥の禁煙席へと連れて行ってくれた。
「ここならまだマシだろ?」
「あぁ、悪いね」
「気にすんなよ。それよか――」
「ん?」
「閑那は何なら飲める?」
「何でも飲めるけど?」
「いや、そうじゃなくて」
どうやら、冬夜が言っているのは『好き・嫌い』ではなく『こういう場で飲める物』という意味だったみたいだ。
「そういう心配はしなくていいよ?慣れてるから、さ」
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