第二章 試練の刻
「おいっ!!居たぞ!!あんな所に隠れてやがった!!!」
その声に反応して、綾芽は目を開けて集中力を欠いてしまった。その途端、綾芽の体は重力に逆らえずに落ち始めた。
「キャーーーーーッ!?」
「危ない!!」
間一髪で女が何やら呪文らしきモノを唱え、綾芽は風に救われた。
風は綾芽を女の許へと運ぶと消え去ったが、当の綾芽は気が動転して周りが見えなくなっていた。
「綾芽、大丈夫よ」
「あ……い……イヤーーーッ!!!」
綾芽が叫ぶと、女は綾芽にピシャリと平手を打ち、目を見て説いた。
「もっと自分を信じなさい!ココでは、私以外はみんなお母さんとおじさんに変わってしまうのよ?自分を見失ったら、負けなんじゃなかったの??貴女には助けたい人がいるんじゃなかったの!?」
「あ……う……」
「いい?綾芽、貴女には乗り越えなきゃならない『試練』なのよ、コレは。とりあえず、ここは危ないわ。『移動』するからしっかり掴まってて」
綾芽に有無を言わせずに女はまた呪文らしきモノを唱え、自分と綾芽を風で包むと風と共にその場から消え去った。
跡形も無く、何の痕跡も残さずに――
「チッ……綾芽のヤツ――あの女を覚醒させたか……」
「私は舂葉希(ツバキ)。本当は産まれてくるハズだった、貴女の双子の姉よ」
「私の…双子の姉??」
「そうよ。実際は産まれることなく、貴女に吸収されたんだけどね」
どこか寂しそうな顔で舂葉希は話し始めた。
「私達がお腹に居た頃から、お母さんは『おじさん』と付き合ってたわ。最初は暴力の矛先はお母さんだった。もちろん、胎内に居た私達にも影響は出たわ。貴女が暴力に耐えきれずに、瀕死の状態になっていたの。私に出来ることは唯一つ、貴女に吸収されて貴女を見えない所から支えていく事。だから、私は自ら望んで貴女の『糧』となったわ。だけど、『現実』には貴女の嫌がる事はほとんど私がやってきた」
「どういう……事なの??」
「簡単よ。綾芽、貴女記憶が曖昧でしょ?」
「なんで……なんでその事知ってるの?!」
舂葉希が言う通り、綾芽の記憶は曖昧だった。幼い頃より、何故かたまに記憶が無くなっていた。
そんな事を言ったら、虐められると直感した綾芽は誰にもその事を言わずに、ただひたすら隠してきた。
ここ数年はそんな事が無かったので油断していてすっかり忘れ去っていたが、今日ココでお母さんとおじさんに会って思い出した。
「言ったでしょ?『貴女が嫌がる事は私がやってきた』って。だから、私が『表』に出ている時の記憶は貴女には無いのよ」
「そ……んなのって――」
「受け入れろとは言わないわ。でも、コレだけは『理解』して。『私』は『貴女』であり、『貴女』は『私』なの。『2人』で『1人』なのよ、私達は」
「多……重……人格なの?私??」
「厳密に言えば違うけど――そう思ってもいいわ。けど、私は貴女が望んだ時以外は『表』に出ていない。今までも、そしてこれからもそれは変わらないわ」
「悲しく……ないの?」
「何がかしら?私は自分の『一番大切なモノ』を、この手で護れるんだから何の不満もないわ。だから悲しくなんかないの。むしろ嬉しいわ。それに、自分で選んだ『道』だもの。責任こそあれ後悔は無いわ。そういう貴女はどうなの?綾芽」
「え……私?」
「そう、貴女よ。私が邪魔なら、貴女の途切れている『記憶』も返すし、このままココで朽ち逝くわ」
「そん……な……私は――」
「さぁ、決めなさい。『時間の流れ』は違えど、時間が無い事に変わりは無いのよ」
果たして自分独りで、あの『おじさん』達に勝てるかどうか――この体格差が一番の問題だ。これさえどうにか出来ればあるいは――
しかし、その前に舂葉希の問題があった。彼女から記憶を取り返し、消滅させるか、それともこのまま一緒に居る事を選ぶか、それは綾芽に課せられたもう一つの試練の様に思えた。
初めて会った『姉』という人物。
双子の姉――今では双子といえば、先に産まれたほうが姉と呼ばれているが、昔は違った。
今とは正反対で、後から産まれたほうが姉だった。理由は至って簡単。『後始末をしてから産まれてくる』ただそれだけだ。
それがいつしか、先に産まれたほうが姉となった。それを思えば、産まれてくることの無かった舂葉希はそういう意味では本当に『姉』なのかもしれない。こうやって『後始末』をしようとしてくれている。
「あの――舂葉希……さん」
「舂葉希でいいわよ。貴女に“さん”付けされるのは……なんだか不思議な気分だもの」
「じゃあ……舂葉希、どうして貴女はその姿なの?私は『あの頃』の姿なのに、どうして産まれていない貴女は――」
その声に反応して、綾芽は目を開けて集中力を欠いてしまった。その途端、綾芽の体は重力に逆らえずに落ち始めた。
「キャーーーーーッ!?」
「危ない!!」
間一髪で女が何やら呪文らしきモノを唱え、綾芽は風に救われた。
風は綾芽を女の許へと運ぶと消え去ったが、当の綾芽は気が動転して周りが見えなくなっていた。
「綾芽、大丈夫よ」
「あ……い……イヤーーーッ!!!」
綾芽が叫ぶと、女は綾芽にピシャリと平手を打ち、目を見て説いた。
「もっと自分を信じなさい!ココでは、私以外はみんなお母さんとおじさんに変わってしまうのよ?自分を見失ったら、負けなんじゃなかったの??貴女には助けたい人がいるんじゃなかったの!?」
「あ……う……」
「いい?綾芽、貴女には乗り越えなきゃならない『試練』なのよ、コレは。とりあえず、ここは危ないわ。『移動』するからしっかり掴まってて」
綾芽に有無を言わせずに女はまた呪文らしきモノを唱え、自分と綾芽を風で包むと風と共にその場から消え去った。
跡形も無く、何の痕跡も残さずに――
「チッ……綾芽のヤツ――あの女を覚醒させたか……」
「私は舂葉希(ツバキ)。本当は産まれてくるハズだった、貴女の双子の姉よ」
「私の…双子の姉??」
「そうよ。実際は産まれることなく、貴女に吸収されたんだけどね」
どこか寂しそうな顔で舂葉希は話し始めた。
「私達がお腹に居た頃から、お母さんは『おじさん』と付き合ってたわ。最初は暴力の矛先はお母さんだった。もちろん、胎内に居た私達にも影響は出たわ。貴女が暴力に耐えきれずに、瀕死の状態になっていたの。私に出来ることは唯一つ、貴女に吸収されて貴女を見えない所から支えていく事。だから、私は自ら望んで貴女の『糧』となったわ。だけど、『現実』には貴女の嫌がる事はほとんど私がやってきた」
「どういう……事なの??」
「簡単よ。綾芽、貴女記憶が曖昧でしょ?」
「なんで……なんでその事知ってるの?!」
舂葉希が言う通り、綾芽の記憶は曖昧だった。幼い頃より、何故かたまに記憶が無くなっていた。
そんな事を言ったら、虐められると直感した綾芽は誰にもその事を言わずに、ただひたすら隠してきた。
ここ数年はそんな事が無かったので油断していてすっかり忘れ去っていたが、今日ココでお母さんとおじさんに会って思い出した。
「言ったでしょ?『貴女が嫌がる事は私がやってきた』って。だから、私が『表』に出ている時の記憶は貴女には無いのよ」
「そ……んなのって――」
「受け入れろとは言わないわ。でも、コレだけは『理解』して。『私』は『貴女』であり、『貴女』は『私』なの。『2人』で『1人』なのよ、私達は」
「多……重……人格なの?私??」
「厳密に言えば違うけど――そう思ってもいいわ。けど、私は貴女が望んだ時以外は『表』に出ていない。今までも、そしてこれからもそれは変わらないわ」
「悲しく……ないの?」
「何がかしら?私は自分の『一番大切なモノ』を、この手で護れるんだから何の不満もないわ。だから悲しくなんかないの。むしろ嬉しいわ。それに、自分で選んだ『道』だもの。責任こそあれ後悔は無いわ。そういう貴女はどうなの?綾芽」
「え……私?」
「そう、貴女よ。私が邪魔なら、貴女の途切れている『記憶』も返すし、このままココで朽ち逝くわ」
「そん……な……私は――」
「さぁ、決めなさい。『時間の流れ』は違えど、時間が無い事に変わりは無いのよ」
果たして自分独りで、あの『おじさん』達に勝てるかどうか――この体格差が一番の問題だ。これさえどうにか出来ればあるいは――
しかし、その前に舂葉希の問題があった。彼女から記憶を取り返し、消滅させるか、それともこのまま一緒に居る事を選ぶか、それは綾芽に課せられたもう一つの試練の様に思えた。
初めて会った『姉』という人物。
双子の姉――今では双子といえば、先に産まれたほうが姉と呼ばれているが、昔は違った。
今とは正反対で、後から産まれたほうが姉だった。理由は至って簡単。『後始末をしてから産まれてくる』ただそれだけだ。
それがいつしか、先に産まれたほうが姉となった。それを思えば、産まれてくることの無かった舂葉希はそういう意味では本当に『姉』なのかもしれない。こうやって『後始末』をしようとしてくれている。
「あの――舂葉希……さん」
「舂葉希でいいわよ。貴女に“さん”付けされるのは……なんだか不思議な気分だもの」
「じゃあ……舂葉希、どうして貴女はその姿なの?私は『あの頃』の姿なのに、どうして産まれていない貴女は――」