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第二章 試練の刻

トンッと背中に何かが当たる感触がした。
恐る恐る後ろを振り向くと、巨大な木が行く手を阻んでいた。ヤバい……コレじゃ逃げられない――前を向くと、すぐソコまで二人の手が伸びてきていた。綾芽の脳裏には、この時代に生きていた頃、『おじさん』によって幾度となく生死の境を彷徨っていた記憶が甦る。
「イヤーーーーーッ!!」

仕方がなく雅季の頭から手を離した涼は、自分が着ていたシャツを脱ぐと静紅に渡した。
雅季達は勝ち目がないと判ると、悪態を吐きながら逃げていった。
「そんな格好じゃ、帰れないだろ?」
その顔は、さっきまでの悪意に満ちた顔ではなく、静紅への愛情で満ち溢れていた。
「ありがと、やっぱり涼は優しいわね」
「は?」
「こうやって私を心配してくれて、気遣ってくれてるもの」
「誰にでもってワケじゃねぇよ……」
「フフ……本当にありがとう。でも、ごめんね……」
「何言ってんだよ?」
「私のせいでこんな事になったから……」
「気にするな。悪いのは俺を本気で怒らせた雅季達だ」
「でも……ごめんなさい……」
「だから――」
涼が振り返ると、ソコには静紅の姿はなかった。
どこか苦しげな息遣いが足元から、微かに聞こえてくる。
「シ……ズク?」
その音を頼りに、恐る恐る足元に目をやると、ソコにはおびただしい量の血を手首から流した静紅が倒れていた。
「静紅!?」
慌てて止血しようとする涼を振り払い、笑顔で何かを告げようとする静紅。そんな彼女を抱き寄せ、何とか助けようとしていた。
「前は……ODで自殺したんだよね……」
「静紅……?」
「あの時は……涼に最後を看取って貰えなかったけど……今日は……ちゃんと看取ってね?」
「お前な……『看取る』の意味違うぞ?」
「あら……そうだったかしら?」
「あのな……ふざけるのもいい加減に――」
「ふざけてないわよ?私の願いはただ一つ……涼、貴方に私の死を受け入れて欲しい……それだけなのよ」
「な……んでそんなこと……」
自分の手を静紅の血で染めながらも、涼は傷口を必死に押さえていた。
「そんなことしても無駄よ……血管を思いっきり切ったから……ね」
静紅の体がどんどん冷たくなっていく。このままだと死なせてしまう。あの頃の様に――
「あの……頃?――何の事だ??クソッ!こんな時に限って!!」
地面を思いっきり殴り、混乱した思考を消し去ろうとした。
「ごめんね、涼……私、最後まで貴方の……足手まといにしか……なれなかったわね」
「もういい……もういいから、それ以上喋るな……」
「私ね……初めて涼を見た時からずっと……気になってたの……」
「お願いだ……もう喋らないでくれ……」
「貴方の瞳……いつも寂しそうだったわ……周りに何人人がいようと……それだけは決して変わらなかった……」
「喋るな……」
「まるで……家を追い出された様な……そんな子供の目をしていたわ」
「静紅――」
静紅はそこまで言うと、涼の顔に切っていない方の手を添えた。
涼も、その手を上から温かく包む様に手を添えた。
「私と居る時もそうだった……貴方の瞳には……やっぱり孤独がついて回ってた……でも……今は違うわ……私が居なくても……貴方は大丈夫よ……」
「頼む……俺を――独りにしないでくれ!!」
添えている静紅の手を強く握ると、自分の頬を涙が伝うのを感じた。
「大丈夫よ……貴方はもう独りなんかじゃないわ……貴方を待っている……必要としてくれてる人達が……いるわ……」
「そんなの……俺にはいない……」
「まだ気づかないの?――バカね……涼、私の事はもう忘れて?――そして、貴方の帰りを……待ちわびている人達の許へ……行きなさい……」
「嫌だ……俺は……静紅を置いてなんか……行けない」
「涼……いつまでも……過去に縛られるのは……止めなさい?貴方には……未来があるのよ……私の分まで……生きて……」
「静紅――!!!」
静紅の腕がパタン、と崩れ落ち、涼の涙が静紅の顔に零れ落ちる。
安らかな顔で眠る静紅を見ていられず、涼は空に叫んだ。
するとその瞬間に空間は捩れ、また何もない、真っ暗な空間に投げ出されていた。
 さっきまで抱きしめていた静紅の姿も消え、彼女の温もりだけが両腕に残っていた。
頬を伝い、零れ落ちる涙は、床であろう部分に音もなく、ただ小さな水たまりを作っていく。
「静……紅……」

綾芽が恐怖のあまりに叫ぶと、いきなり周りに風が吹き荒れた。
「な……に、コレ??」
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