食事後、片付けをしていると、クロロはふと思い立った様にナマエに声を掛けた。
「今でも、【向こう】に帰りたい？」
「は？急に何言い出すの」
「いや、気になってね」
「んー……」
ナマエは顎に手を当てて少し考える素振りをし、答える。
「今は帰りたいとは思ってないね。皆を置いて帰れない」
「【皆】、か……少し悔しいな」
「？」
「オレだけっていうのじゃないのが、少し悔しい」
「はは。なら、そういう風に思える様に頑張ってみたら？」
挑発する様にナマエは笑っていた。そんなナマエを見て、クロロも笑った。
「ああ、そうするよ。覚悟しておくんだね、ナマエ」
眼光鋭くなったクロロに、ナマエは獲物を見つけた捕食動物の様だと思い、先程の発言を後悔した。

夜になり、食器類の片付けを終えたナマエは1人考えていた。
（この後の展開……あやふやになってきたな…………）
物思いに耽っていると、背後に良く知った気配が現れる。
「クロロ、どうしたの？」
思考を中断し、気配の主に問いかける。
「やっぱり気付かれるな」
気配の主であるクロロは、苦笑を漏らしながらナマエに近付き、抱き付いた。
「【念】が使えないとここまで不便だとはな……」
「まぁ、使う事が当たり前の生活だったからね。そりゃ不便も感じるでしょ」
事も無げに言うナマエを、クロロは強く抱き締め直した。また、自分の不甲斐なさを恥じた。
「そんな顔したって、【除念】するまでは大人しく守られてるしか無いんだよ？」
『だからそんな顔しないで』とナマエが続ければ、クロロは儚く微笑んだ。
その後、久々にシャワーを浴びたナマエは髪を乾かしながら戻ってからの事を考えていた。出来れば早めに終わらせたい。クロロがこのまま、気弱になっているのは気分が良い物ではなかった。
「随分と難しい顔をしているね」
本を読んでいた筈のクロロが、いつの間にかナマエの正面に立っていた。その事に気付かない程、ナマエは思考に耽っていたのだ。
「心配事？」
「ん。大丈夫」
「1人で抱え込まないで、オレにも背負わせてよ」
「今のクロロには背負わせらんないよ」
苦笑しながら言うナマエを、クロロは抱き寄せた。
「それは、オレが決める事。前にも言ったと思うけど、もっとオレに甘えてよ」
「十分甘えてるんだけどね……」
『まだ甘えきれてない』とクロロは抱き締める腕に力を込める。
「なら、今以上に甘えてオレを頼ってよ」
泣きそうな顔で言うクロロに、ナマエは何も言い返せなかった。
その日は珍しくクロロに抱き締められたまま眠ったナマエ。翌日目覚めた時、クロロはまだ眠っていた。
（クロロって、寝ている時は幼い顔になるんだなぁ）
改めてマジマジと見つめたクロロの寝顔は、綺麗な物だった。
「オレの顔に何かついてるの？」
「……いつから起きてたのさ」
「ナマエが起きたちょっと後かな。で、オレの顔に何かついてるの？」
「いや。綺麗な顔してるなって思っただけ」
『特に意味は無い』と続けるナマエ。そんなナマエを愛おしそうに見つめながら、クロロは『おはよう』と触れるだけのキスを送った。

「クロロってさ、タラシだよね」
朝食の後、コーヒーを飲んでいる時にナマエがふと漏らした言葉。クロロは何の事か解らずに首を傾げている。
「女の扱いに慣れ過ぎてるっていうかさ」
「珍しい。ナマエがヤキモチ妬くとはね」
「そういうのじゃないって」
「じゃあ、どういう意味？」
ますます意味が解らないと首を傾げるクロロに、ナマエは言葉を選んで続ける。
「何て言うのかな……どうすれば女が喜ぶのか心得てるっていうか」
「うん」
「母性本能を擽る行動をするというか」