ミヤビがキッチンへと姿を消して数分後。家のドアをノックする音がリビングに鳴り響いた。
「はいはーい」
何の警戒心もなくドアを開けに行くナマエに対し、クロロ達は怪訝な顔をしていた。
「久しぶり、ハヤト！元気だった？」
「これはこれはお嬢様。本当にご帰宅されていらっしゃったんですねェ」
ナマエがハヤトと呼んだ青年は溢れんばかりの笑みを浮かべてそこに立っていた。
「“風”がお嬢様のご帰宅を噂しておりましたので、来てみれば……どうやらワタシの杞憂だったようですねェ」
「ははっ、私はそんな簡単に死なねぇよ」
軽く拳を付き合わせるナマエとハヤト。そんな2人の様子を見ているカゲロウの頬は緩んでいた。
「久しぶりだな、“ジン”――いや、ハヤト」
カゲロウもまた彼のことをハヤトと呼びながら2人に近づいた。
「相変わらず辛気臭い顔をしてますねェ、カゲロウは」
「吾輩の顔が辛気臭いだと？そういうお前はいつ見ても胡散臭い顔をしてるではないか」
笑いながら言い合うカゲロウとハヤトだが、2人の間には火花が散っていた。
「あらあら、ハヤト。お嬢様の前で物騒な事は起こさないでくださいませ」
「おやミヤビ。貴女はいつ見ても変わりないですねェ」
「私（わたくし）はこの“家”を守るのが責務ですもの。そうそう変わるわけにはまいりませんわ」
クスクスと笑っているミヤビだが、その瞳は冷たい光を宿していた。
「はいはい、喧嘩しないの！折角ハヤトが来たんだし、近況聞かせてくんない？」
「近況、ですかァ？」
「そ。私が留守にしてた間、この辺りで何か起こってないかとかなんでもいいから教えて」
「ふむ……」
ミヤビがお茶を配っている間ハヤトは暫く考え込んだ末に、ポツリと呟いた。
「……厄介なのは“魔女”、ですかねェ」
「“魔女”？」
「えェ。東の森に棲む“魔女”が、ここ最近人里に下りる事が増えている様で……お嬢様がお留守の間に棲み着き、“人間”に害を及ぼしているとか」
「ちょっと待て」
「何？」
「さっきから聞いていれば、“魔女”等お伽噺でもあるまい」
小馬鹿にしたように言うクロロに対し、ハヤトは面白いモノを見つけたかの様に笑った。
「クククッ。“人間”には信じられないかも知れませんがねェ、“魔女”は実在するんですよォ。先代やお嬢様と違い、本物の“魔女”ですがねェ」
「ほぅ……“魔法”でも使えるのか？」
「使いますよォ。質の悪い事に、“使い魔”もいますしねェ」
「厄介なのが棲み着いたな……」
「如何なさいますか？お嬢様」
ミヤビの問い掛けに暫し思考を巡らせたナマエは、1つの結論を出した。
「“人間”に害を為しているのであれば、“排除”するしかないね」
「かしこまりました。それでは外出のご準備を致しましょう」
「そうだな。しかし、ミヤビはここで待て」
「あら、カゲロウ。また私だけ除け者扱いされるのですか？」
「そうじゃない。お前がここを離れたら、誰が“家”を守るのだ？コヤツ等の世話もせんといかんのだしな」
「……オレは行くぞ」
ミヤビとカゲロウが言い合いを始めようとした時、クロロは呟いた。
「「は？」」
「今、何と仰いました？」
「オレは一緒に行く。“魔女”とやらをこの目で確かめたいからな」
「……“魔女”なら目の前にいるでしょ」
「お前は“魔女”じゃないとさっきそこの男が言ってただろ。それに、“魔法”も見てみたいしな」
ハヤトを見遣りながら、クロロはクツクツと笑った。
「どうする？ナマエ」
「……ハヤト、もちろん協力してくれるんだよな？」
カゲロウの問いに、ナマエはハヤトに視線を向けると確認した。
「はてさて……お嬢様がワタシとお付き合い下さるなら構いませんがねェ」
「その話は以前から断ってるだろ」
「ゾルディックとの話は白紙に戻ったと“風”から聞いてますからねェ。誰ともお付き合いされてないのであれば、問題ないかと思いますが？」