フェンリルが意識を取り戻したのは、あれから1週間後だった。
「ッ……げろ……逃げろ――ナマエッ！！」
叫びながら起き上がったフェンリルは、クラリと目眩に襲われた。
「お目覚めになりましたか、フェンリル様」
「……ゴトー？という事は――」
「はい。ここはゾルディック家の貴方様の私室でございます」
恭しく礼をするゴトーに、フェンリルは思考を巡らせた。
「直ぐにナマエ様を呼んでまいります。くれぐれも――くれぐれもそれ以上動かれませぬよう、お願い致します」
それだけ言い残し、ゴトーは部屋を出ていった。
（吾輩がここに居るという事は……“あの”【能力】を使ったのか？アイツ等の前で……）
フェンリルが思考に耽っていると、部屋の扉が勢いよく音を立てて開かれた。
「フェンリル！」
「ナマエか……もう少し静かに入って来られないのか？」
「心配させといてそんな言い方ないでしょ！？」
「なんだ、意外と元気そうだね」
「……イルミ」
「何？」
「吾輩が眠っている間に――ナマエに何かしてないだろうな？」
僅かに殺気を滲ませながら、フェンリルはイルミを睨みつけた。
「オレがナマエに？あり得ないよ。だって、ナマエとはとうの昔に終わってるんだし」
「お前がそう思っていても、お前のお母上はそうは思っておらんだろう？」
「……まぁ、否定は出来ないね」
「え？お母様まだ納得してないの？？」
「多分してないよ。だからナマエに自分の事“お母様”って呼ばせてるんだろうし」
「……マジか」
ガックリと項垂れるナマエを見ながら、フェンリルは呆れ返っていた。
「お前は人の“心”を揺さぶるクセに、読む事は相変わらず苦手なんだな」
「進歩してないよね、ナマエって。嘘吐いても直ぐにバレるし、そのうえ自分の事は後回しにするし」
「そこまで言うか？！」
「「本当の事だろ」」
2人に真顔で言われ、ナマエは何も言い返せなくなった。

フェンリルが医師から絶対安静を言い渡されてから1ヶ月。ナマエはゾルディック家の庭で【愛の葬列（ヴァルキリー）】を発動させていた。
「このままじゃあいつ等を殺せない……だから修行に付き合って」
ナマエの言葉に、その場に現れた8人の女は黙って頷いた。
女達の武器はそれぞれ違う。槍や長剣、弓矢に嫖（ひょう）等の暗器まで実に様々な物だった。
鈍い金属音を鳴らしながら、8人を相手に一歩も引けを取らないナマエ。
そんな彼女の姿を自室から眺めながら、イルミは改めて手放してしまった事を後悔していた。
（何で諦めちゃったんだろうな、オレ）
そんな視線に気付く事なく、ナマエは喚び出した自身の分身達を相手に奮闘していた。

どの位の時間が経ったのかは分からない。気付いた時には喚び出した分身達は消えており、ナマエは肩で息をしながら地面に寝転んでいた。
「いつまでもその様な所で寝ておると風邪を引くぞ」
声の方へと視線を動かすと、1人の老人がナマエを見下ろしていた。
「ゼノお爺様」
「精根尽き果てた様じゃな」
「ははっ……私もまだまだってところですよね」
「ふむ……以前会った時に比べたら、格段に強くなっておるようじゃがな」
「本当ですか？」
「ああ、本当じゃ。しかし……シルバから聞いたが、幻影旅団を相手にヤり合うつもりらしいな」
「……シルバ小父様から聞いてらしたんですね」
「そうじゃ。だが、今のままじゃおぬしにあやつ等の相手は無理じゃな」
顎髭を撫でながら、ゼノと呼ばれた老人は何かを考え始めた。
「止めるつもりはないが、かと言ってみすみす死なせるわけにもいかんしな……」
「？」
「おぬし、ワシ等の仕事を手伝う気はないか？」
「ゼノお爺様達の仕事？……って事は――」
「安心しろ。おぬしに“暗殺”の仕事は回さぬ」
ゼノの言葉にホッとするナマエだったが、次の瞬間その安心感は奪われた。