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今日は家入、七海、伊地知という珍しい組み合わせで飲みに来ている。
最初は家入が七海を誘い、それならと七海が伊地知を誘ったのだった。
寂しがり屋で誘われないと後が恐いからと五条も誘おうとしたのだが、七海が断固として拒否したので三人でという事になったのだ。
緊張から伊地知はちびちびと飲んでいたのだが、相変わらず家入は強くビールに日本酒にワイン等々と酔いを感じさせない飲みっぷりである。
そして、七海もまた酒を好むらしく家入ほどでは無いが頬を赤くする程度には飲んでいた。
「七海、君はあまり変わらないんだな」
「……そういう貴女は変わらなさすぎかと思います」
「ははっ。伊地知は飲まなさすぎじゃないか?」
「そ、そうですかね」
「何かツマミでも追加しますか?」
「ええと、それじゃあ冷やしトマトを」
「私も熱燗追加で」
スッと手を上げて店員を呼ぶ七海を見て、やはり居酒屋よりバーが似合いそうな人だなと思いながら伊地知はハイボールを一口飲んだ。

追加された冷やしトマトをつまみながら、飲んでいると家入がジッとこちらを見つめてきている。
何か溢したのだろうかとネクタイやワイシャツを見ても、汚れは無かった。
「あの、家入さん何か?」
「ああいや、あれからどうなったのかと」
「あれから?」
「五条と付き合い出したんだろ?」
「へっ!?」
「ごふっ」
伊地知は持っていた箸を落としそうになったのだが、それよりも隣でビールを飲んでいた七海が吹き出し、大惨事になっていた。
「七海さん大丈夫ですか!?」
「家入さん。あの人、告白失敗してます」
「…………」
家入は無言でぽりぽりと胡瓜のたたきを食べ、熱燗をグイッと飲み干した。
「……ふむ、そろそろお開きにするか」
「ええっ!?このタイミングで!?」
「誤魔化せてませんよ」
「そもそも、あいつが悪い。いつまでも告白せずにウダウダとしているから、こうなるんだ」
「というか、あの五条さんが私に告白という時点で想像がつきません」
伊地知を一目見ればからかい、処理できるギリギリの仕事を持ち掛けたりと好意を持たれた素振りなど一ミリも感じるような言動をされた事など一度も無い。
勿論、そんな女性に対してするような言動をされても困るのだが告白されるなんて天変地異が起こらない限り無いと断言出来ると伊地知は思った。
「ふむ、鈍感とは聞いていたがここまでとはな」
「ええっ」
「まあ、あの人のする事なんて小学生男子がするようなレベルばかりですから」
「そうか?それなりにアピールしているようには見えたがな」
二人の会話から察するに五条が自分に好意を持っている事を知っているのだろう。
蚊帳の外で話がトントンと進んでいく様子に伊地知は夢でも見ているのだろうかとハイボールを飲み干した。
「で、ぶっちゃけどうなんだ?」
「はい?」
「五条の事さ」
「どうって、言われましても……」
確かにあの人には何かとお世話になっているにはなっている。
しかし、からかわれてるのも無理難題を押し付けられてるのもビンタだってされるのだ。
顔も間違いなく良いのは解るが、それは恋愛対象に感じる良さとは違う。
「ううん、上司であり先輩としか、思えません、ね」
「そう聞いて安心しました」
「えー面白くないだろ」
「面白いかどうかではありませんよ」
つまらないといった顔をする家入を嗜めながらメガネのズレを直した七海は吹き出して飲めなかったビールを改めて飲んだ。
「あの、本当に本当にあの五条さんが私を?」
「ええ、残念ながら」
「君も疑い深いな」
「そりゃ疑いますよ」
「あいつ、いつも君にしか頼み事しないだろ?」
ーーそれは逆らえないのを知っているからでは?
そう疑問を浮かべたのがバレたのか家入は「まあ、逆らわないのもあるがな」と笑った。
「それは他の呪術師が頼み事を出来ないようにするためさ。それと、スイーツ情報を調べさせるのもだ」
「ついでにってやつでは?」
「自分の好みを知って貰いたいからさ」
「ええー……」
解りづらいですよ、五条さん。
心の中でツッコミを入れてしまう。
七海がやれやれといった感じ溜め息をつきながら「あの人が一般的な成人の様なアピールを出来るとは思えないでしょう」と微かに眉間にシワを寄せた。
その意見には頷けるが、実感が湧く事が出来ない。

「僕を呼ばないとは良い度胸してるよね」
「ひいいいっ!!!!」
肩をポンッと叩かれて、伊地知は驚きの余り飛び上がる。
「ごごごご五条さん!!ななななぜ、こここここが!?」
「なんでだろうね。はい、七海はそっちいって」
七海のスーツの襟を子猫を持つように引っ張り上げたーーが、移動する気はないらしい。
大きな舌打ちをする五条にヒヤヒヤしながら伊地知は家入の隣を指差した。
「五条さん、そっち空いてますよ」
「なに?伊地知は僕が隣なの嫌なの」
「そ、そうは言ってません」
ぶんぶんと首を振って否定するも、機嫌は悪そうだ。
助けを求めるように家入を見ると、涼しい顔でいつの間にか頼んでいたカクテルを飲んでいる。
「五条。照れてるのさ、察してやれ」
「はあ?」
「伊地知はお前が隣に座るのが照れ臭いのさ」
「そ、それも違いま」
「なーんだよそれ」
そういいながらも機嫌が良くなったらしく大人しく家入の隣に座った。
だが、伊地知の正面に座りたいらしく家入を奥へと追いやる。
「全く。本当に子供だな」
「もう少し大人の余裕を持ったらどうです?」
「オイオイ七海。こんなにも大人の魅力を持った男どこにも居ないぜ?」
「いつまでも告白出来ない男に言われたくありませんね」
そう七海が返した瞬間、五条は食べようとした枝豆をポロリと落とした。
「な、に言ってんのさ七海」
「家入さんがバラしましたよ」
ギギギと錆びたからくり人形の様に五条は家入の方を向いた。
それに対して家入はペロリと舌を出して、すまんと頭を下げる。
一瞬の沈黙から、五条の白い肌が真っ赤になった。
「ーー僕がどれだけカッコ良く告白しようと思ってたの知ってたでしょ!?」
「知ってはいたさ。だが、こんなにもしないとは思っていない」
「はあ!?」
今にもつかみ合いになりそうな勢いの五条を見て、伊地知は「あ、この人、本当に告白しようとしていたんだ」と他人事の様に思った。
「伊地知、本当に聞いたの?」
「あっはい」
「どう思ったんだよ」
「ど、どうと言われましても」
強いて言うなら、混乱してます。
そう心の中で呟いたのが、顔に出ていたのか五条は無言で家入が飲んでいたカクテルを奪うと一気に飲み干した。
「ご、五条さん!?貴方、お酒飲めませんよね!?」
「……うるさい、伊地知」
ゴンッと大きな音を立てて、五条は机に突っ伏した。
絶対に痛かったであろう。
「僕、カッコ悪」
「へ?」
「そうやってる方がみっともないと思います」
「な、七海さん」
「七海の言う通りだ」
「家入さんまで!」
「と言うわけで、五条。告白してこい」
ーー告白してこい?
家入さんは何を言っているのだろう。
五条もまた痛みで涙目になりながら、不思議そうに顔を上げた。
「それが最善でしょう」
「ここは私と七海で払っておく」
にっこりと笑う家入は五条の背中を叩き、申し訳なさそうな顔をした七海が伊地知を帰りを促した。
「伊地知」
「はっはいいい!」
「僕の事、どう思ってる」
あ、これ返答間違えたら終わるな。
グルグルと思考を巡らせるも答えらしい答えは浮かばなかった。
「どうなの?」
「解りません」
「そう。じゃあ、行くぞ」
腕を掴んだ手は凄く熱く、じんわりと熱が移ってきそうだった。
「まずは僕がどれだけオマエを好きかを教えてやるよ」
「はあ、解りました」
「……本当に解ってんの?」
「この状況になっても、まだ信じられないので出来れば教えてください」
「ふぅん?ね、伊地知ん家って壁厚かったっけ」
「それなりかと思われますが、なぜ?」
振り返った五条は「熱く語るからさ」とただ、にんまり笑うだけだった。
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