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風呂から上がると趙が集中して何かをしているのが見えた。
「何してんだ?」
「ん~?」
後ろから覗き込むと、「これだよ」と左手を見せてきた。
そこにはいつもなら全て漆黒に彩られている爪が中途半端に親指から中指までしか塗られていなかった。
「おお、塗り直してんのか」
「そーそー。どうしても剥がれるからね」
「ふぅん、そういうもんか」
「そうなんだよねぇ」

再び趙は爪に意識を向け、丁寧に丁寧に塗っていく。
器用なものであっという間に左手は見慣れた漆黒に変わる。
「器用なもんだなぁ」
「まあ、慣れもあるよ」
「そうかぁ?俺がやったら一生おわんねぇと思うぜ?」
「ははっ確かに春日君はこういう細かいの苦手そうだよね」
そう話してる間にも、どんどん右手も塗り進められていく。
春日からしたら魔法のようである。

なんだか、じっと見つめているのも何だか照れ臭いのでテーブルに乗っているマニキュアボトルを見ると黒のマニキュアだけではなく、なぜか赤紫色の物も隣に並んでいた。
ん?と思い、改めて趙の手を見ても、やはりどちらの手も黒く塗りつぶされている。
「なぁ、趙」
「なぁに春日君?」
「これ。なんで赤いのもあんだ?」
「ああ~それね。それはこっち」
そう言って趙が指差す方を見ると、足の爪が同じように赤紫色に彩られていた。
「足も塗ってんのか!?」
「ペディキュアって言うんだけど、こっちは最近になってからだよ」
「最近?なんでまた……」
「これ、ワインレッドって色なんだけどさぁ」
「ほうほう」
「春日君のスーツと同じ色なんだよね」
いたずらっ子の様に笑う趙に、春日はポカンとして口を開けたまま固まる。

俺のスーツと同じ色。
その言葉を脳内で反芻する。

やっとその言葉の意味を飲み込めば顔がジワジワと赤くなり、風呂から上がってもう熱も冷めてきたというのに、また熱くなってしまった。
「趙、お前……。よくそんなこっぱずかしい事を考えれるな」
「嬉しいくせにぃ!」
「うるせー」
「ふふっ。でも、良いでしょ!この見えないけど春日君は俺のですアピール!!」
満足そうに足をグッと前に出して見せてくる。

確かに悪い気はしない。
なんなら、ちょっと嬉しいし、趙の足に良く…いや、滅茶苦茶似合っている。
これは愛する人だからという贔屓目ではない。本当に似合うのだ、そういうのが。

「似合ってるよ」
「でしょ~」
「それにしても、足まで塗るとは器用さが増すな」
「そうでもないよ?利き手で塗れるし……あ!」
ぷらぷらと右手を振ってみせると突然、何かを閃いた顔をした。
なんとなく悪い予感がする。
「そうだ!春日君も塗ろうよ!」
「却下」
「早くなぁい?」
「俺は似合わねぇよ」
そう言って顔を歪める春日に趙は、「足なら良いじゃん!」と春日の足を掴んだ。
「これなら普段は見えないでしょ?他の皆に何か言われる事もないし」
「いやいや、確かに見られるリスクは減るけどよぉ……」
「嫌なの?俺とお揃い」
「嫌っていうか、こっぱずかしいというか……」
「ねぇ、春日くぅんお願い!」
顔を反らす春日に下から覗き込むように上目遣いでうるうると懇願してくる。
こうすれば春日がちょっと甘くなるのも計算済みでやってくる。
仲間に甘い男なので恋人なら尚更、甘くなるのだ。

まだ悩む春日に追い討ちをかけるように手を握って、良いでしょ?似合うよ?俺とお揃いだよ?等々、ポンポンと言葉を投げ掛けていく。
もう、こうなったら頷くまで止めないだろう。
「ああもう!解ったよ!解ったから!!」
「やったぁ!!春日君、大好き!!」
全く現金な奴だ。また、その言葉で喜んでしまう自分も現金な人間だ。
「じゃあ、右足からね」
「はいよ」
右足を出し、優しく手を添えられ擽ったくて少し身じろぐ。
「動かないでね。はみ出ちゃうから」
「お、おう」
そう釘を刺され、ピシッと固まる。
そんな春日を見て趙は、「そんな石みたいにはならなくて大丈夫だよ」と笑うが、やはり緊張してしまうものだ。

笑いが治まると集中し出したのか無言になり、丁寧に塗り始める。
自分の武骨な足の爪が漆黒に彩られていく様はなんだか不思議な光景だ。
悪い事をしている訳でもないのに、なぜか背徳感の様なものを感じる。
「黒なんだな」
「ん?……ああ、そうだよ。俺は春日君の色で、春日君には俺の色を塗った方が良いじゃない?」
「……そーかよ」
黒く塗りつぶされていく爪を見ると身も心も完全に趙のものだと実感させられていくようでゾクゾクしてくる。
勿論、とっくに彼のものではあるが視覚的に与えられる情報により、それが増したのだろう。
今の顔を趙に見られたらどんな反応をするだろうか。そう思うが、塗ることに集中しているため全くこちらを見る様子はなく安心した。

「次は左ね」
「……おう」
左足を持ち上げられると、少し震えてしまう。
気付かれてないのか、気にせず塗っていく趙になんだか焦れったくも思うし、見られたくないとも思う。

「よし、終わり!後は乾くまで我慢してね」
そんなやきもきしてる内にあっという間に塗り終わって趙は満足そうに顔を上げて笑った、と思えばこちらを見て今度は趙が石のように固まった。
「どうかしたか?」
「いや……どうもこうもないでしょ、春日君」
「あ?」
「そんな物欲しそうな顔してたら襲っちゃうよ?」
そう言った趙の顔は完全に獲物を見つけた顔をしていた。
ぐっと距離を縮めてこようとする趙に手を突きだし、牽制する。

「ちょっ、ちょっと待て!!」
「なに?」
「か、乾かさなきゃいけないんだろ!?」
これ!と足を指差せば、盛大な舌打ちが聞こえた。
危なかった……と胸を撫で下ろしたのも束の間で先に塗った右足を持ち上げられベロリと指の間をじっくり舐められる。
「お、おい!」
「……春日君」
「ひっ……うっ……」
「乾いたら覚えておいてね」

爪が乾くまで、どれくらいだろうか。
その後はどうなるんだろうかと考えながら、どうか少しでも心の準備が出来るまで乾かないでくれと願った。
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